オートファジーに重要な新しいリソソーム輸送機構の発見
~ パーキンソン病創薬へ繋がる可能性~
順天堂大学大学院医学研究科老人性疾患病態・治療研究センターの吉川(笹澤)有紀子特任助教、神経学講座の斉木臣二先任准教授、服部信孝教授らの共同研究グループは、パーキンソン病患者の血液中で毒性アルデヒドであるアクロレイン*1が増加していることを発見し、アクロレインに対する防御応答としてリソソーム*2の分布変化を特徴とするオートファジー*3が働くことを発見しました。このアクロレインによってリソソームの配置が変化するメカニズムは、活性酸素による生体反応でも認められ、なおかつ新規の固有な仕組みを持つことがわかりました。この仕組みはパーキンソン病の薬剤開発における標的となる可能性があります。本論文は欧州分子生物学機構(EMBO)公式ジャーナルである「The EMBO Journal」のオンライン版に2022年10月11日付で公開されました。
本研究成果のポイント
背景
パーキンソン病はわが国で2番目に多い神経変性疾患で、根治薬がなく厚生労働省により難病に指定されています。運動障害(手足・首が震える、手足がこわばる)が生じ、徐々に進行しますが、発症のメカニズムは未解明な部分も多く残されています。細胞には不要になったタンパク質や傷ついたオルガネラをリソソームの分解酵素によって分解・再利用する「オートファジー」と呼ばれるシステムが存在しますが、近年、そのシステムの破綻とパーキンソン病の関連が徐々に分かってきました。
研究グループは、健常者とパーキンソン病患者の血清成分を比較し、パーキンソン病患者で増加している毒性成分としてアクロレインを突き止めました。そこで「アクロレインにさらされた細胞では何が起こるのか?」という疑問を明らかにするため研究に着手しました。
内容
研究グループは、健常者とパーキンソン病患者の血清成分を比較し、酸化ストレス*4を誘導する毒性物質アクロレインがパーキンソン病患者群で増加することを見出しました(図1)。
研究グループはJIP4がアクロレインにより、リン酸化と呼ばれるタンパク質の翻訳後修飾を受けることに気づき、このリン酸化がJIP4の働きに重要なのではないかと考えました。そこでリン酸化酵素阻害剤ライブラリを用いて、JIP4のリン酸化酵素を探索した結果、カルシウム/カルモジュリン依存性キナーゼの一つであるCaMK2GがJIP4のリン酸化酵素であることが分かりました。CaMK2Gの働きを阻害する薬剤を処理すると、アクロレインによるJIP4のリン酸化が阻害され、リソソームの分布変化もオートファジーも阻害されました。このことは、JIP4のリン酸化がアクロレインによるリソソーム分布変化とオートファジーに必要な因子であることを示しています。さらに、このJIP4はリソソーム膜タンパク質であるTRPML1とALG2と複合体を形成することでモータータンパク質によるリソソーム輸送に関わることが分かりました。また、JIP4をノックアウト*8した細胞では、アクロレインによってダメージを受けやすくなっていたことから、JIP4によるリソソーム分布変化を介したオートファジーはアクロレインから生体を守るシステムであることが分かりました (図3)。
リソソームがMTOCに集められると効率よくオートファジーが進行します。今回、研究グループはオートファジーに重要な新しいリソソーム分布変化機構を発見し、これが酸化ストレスから生体を守るシステムであることを発見しました。パーキンソン病の患者さんではこのシステムが破綻している可能性が考えられます。今後は、パーキンソン病患者さんで今回発見した経路の遺伝子異常があるかを調べるとともに、今回同定したシステムを活性化できる薬剤を探し、新しいパーキンソン病の治療薬候補を同定していきたいと考えています。
用語解説
*1 アクロレイン : 不飽和アルデヒドで排気ガスやタバコの煙に含まれる。
*2 リソソーム: 様々な消化酵素を含む細胞内小器官で、細胞内外から運ばれてきた分子や細胞内小器官などを分解する。
*3 オートファジー : タンパク質などの細胞成分をリソソームで分解する機構である。 オートファゴソームと呼ばれる二重膜構造によって、細胞成分を取り囲み、リソソームへ送って分解する。生体の恒常性維持に必須な生命現象である。
*4 酸化ストレス: 活性酸素種による有害作用が、生体が有する解毒作用を上回った状態のことを示す。
*5 微小管形成中心(MTOC):細胞内小器官の一つで中心体とも呼ばれる。細胞骨格である微小管 *6の形成の場である。
*6 微小管: 細胞骨格を形成するチューブリンと呼ばれるタンパク質の重合体である。細胞内の物質輸送のレールとして機能する。
*7 モータータンパク質:ATPの加水分解エネルギーを使って細胞の運動を発生させるタンパク質で、代表的なものに微小管上をMTOC方向(細胞の中心)に向かって滑走するダイニンと、細胞辺縁部に向かって滑走するキネシンがある。細胞内の様々な物質輸送を行う。
*8 ノックアウト細胞:ゲノム編集技術により特定のタンパク質が発現しない細胞。
原著論文
本研究はThe EMBO Journal誌のオンライン版で(2022年10月11日付)公開されました。
タイトル: Oxidative stress-induced phosphorylation of JIP4 regulates lysosomal positioning in coordination with TRPML1 and ALG2
タイトル(日本語訳):酸化ストレスにより誘導されたJIP4のリン酸化はTRPMl1、ALG2とともにリソソーム分布を制御する
著者: Yukiko Sasazawa1,2, Sanae Souma3, Norihiko Furuya2,3, Yoshiki Miura4, Saiko Kazuno4, Soichiro Kakuta4, Ayami Suzuki3, Ryota Hashimoto4, Hiroko Hirawake-Mogi3, Yuki Date3,5, Masaya Imoto2, Takashi Ueno4, Tetsushi Kataura6, Viktor I. Korolchuk6, Taiji Tsunemi3, Nobutaka Hattori1,2,3,7*, Shinji Saiki2,3*
著者(日本語表記): 笹澤有紀子1)2)、相馬早苗3)、古屋徳彦2)3)、三浦芳樹4)、數野彩子4)、角田宗一郎4) 鈴木絢未3)、橋本良太4)、平訳-茂木浩子3)、伊達悠起3)5)、井本正哉2)、上野隆4)、片浦哲志6)、 Viktor I. Korolchuk6)、常深泰司3)、服部信孝1)2)3)7)、斉木臣二2)3)
著者所属:1)順天堂大学大学院医学研究科老人性疾患病態・治療研究センター、2)順天堂大学大学院医学研究科共同研究講座「オートファジー調節化合物探索研究講座」 、3)順天堂大学大学院医学研究科神経学 4)順天堂大学大学院医学研究科研究基盤センター、5)千葉大学融合理工学府生物学、6) Biosciences Institute, Faculty of Medical Sciences, Newcastle University、 7)独立行政法人理化学研究所脳神経科学研究センター神経変性疾患連携研究チーム
DOI: 10.15252/embj.2022111476
本研究JSPS科研費(研究代表者 笹澤有紀子:18K15464、 21K07425、研究代表者 斉木臣二: 18KK0242、18KT0027、 22H02986)、文部科学省科研費 (研究代表者笹澤有紀子: 20H05340)、内藤記念科学振興財団、および文部科学省 新学術領域研究 先端モデル動物支援プラットフォーム・分子プロファイリング支援活動班の支援を受け他施設との共同研究の基に実施されました。
なお、本研究にご協力頂きました患者さんのご厚意に深謝いたします。
- パーキンソン病患者血清中でアクロレインが増加することを発見
- アクロレインはリソソームの細胞内分布変化によるオートファジーを誘導することを発見
- 同定したオートファジー誘導機構はパーキンソン病創薬ターゲットになる
背景
パーキンソン病はわが国で2番目に多い神経変性疾患で、根治薬がなく厚生労働省により難病に指定されています。運動障害(手足・首が震える、手足がこわばる)が生じ、徐々に進行しますが、発症のメカニズムは未解明な部分も多く残されています。細胞には不要になったタンパク質や傷ついたオルガネラをリソソームの分解酵素によって分解・再利用する「オートファジー」と呼ばれるシステムが存在しますが、近年、そのシステムの破綻とパーキンソン病の関連が徐々に分かってきました。
研究グループは、健常者とパーキンソン病患者の血清成分を比較し、パーキンソン病患者で増加している毒性成分としてアクロレインを突き止めました。そこで「アクロレインにさらされた細胞では何が起こるのか?」という疑問を明らかにするため研究に着手しました。
内容
研究グループは、健常者とパーキンソン病患者の血清成分を比較し、酸化ストレス*4を誘導する毒性物質アクロレインがパーキンソン病患者群で増加することを見出しました(図1)。
さらに、培養細胞を用いた実験でアクロレインは「リソソームを微小管形成中心(MTOC)*5周辺に集め、オートファジーを誘導する」という興味深い活性を発見しました(図2)。
リソソームは微小管*6と呼ばれるレールの上をモータータンパク質*7の働きによって動きます。リソソームとモータータンパク質をつなぐタンパク質は様々な種類が報告されています。そこで、研究グループがアクロレインによるリソソーム分布の変化に関わるタンパク質を調べたところ、JNK-interacting protein 4 (JIP4) が重要な役割を果たすことを突き止めました。過去の報告では、JIP4はリソソーム膜タンパク質TMEM55Bと結合しリソソームの動きに関与することが分かっていましたが、アクロレインによるリソソーム分布にはJIP4とTMEM55Bの結合は関与していませんでした。このことから新しいリソソーム輸送機構が存在することが分かりました。
研究グループはJIP4がアクロレインにより、リン酸化と呼ばれるタンパク質の翻訳後修飾を受けることに気づき、このリン酸化がJIP4の働きに重要なのではないかと考えました。そこでリン酸化酵素阻害剤ライブラリを用いて、JIP4のリン酸化酵素を探索した結果、カルシウム/カルモジュリン依存性キナーゼの一つであるCaMK2GがJIP4のリン酸化酵素であることが分かりました。CaMK2Gの働きを阻害する薬剤を処理すると、アクロレインによるJIP4のリン酸化が阻害され、リソソームの分布変化もオートファジーも阻害されました。このことは、JIP4のリン酸化がアクロレインによるリソソーム分布変化とオートファジーに必要な因子であることを示しています。さらに、このJIP4はリソソーム膜タンパク質であるTRPML1とALG2と複合体を形成することでモータータンパク質によるリソソーム輸送に関わることが分かりました。また、JIP4をノックアウト*8した細胞では、アクロレインによってダメージを受けやすくなっていたことから、JIP4によるリソソーム分布変化を介したオートファジーはアクロレインから生体を守るシステムであることが分かりました (図3)。
今後の展開
リソソームがMTOCに集められると効率よくオートファジーが進行します。今回、研究グループはオートファジーに重要な新しいリソソーム分布変化機構を発見し、これが酸化ストレスから生体を守るシステムであることを発見しました。パーキンソン病の患者さんではこのシステムが破綻している可能性が考えられます。今後は、パーキンソン病患者さんで今回発見した経路の遺伝子異常があるかを調べるとともに、今回同定したシステムを活性化できる薬剤を探し、新しいパーキンソン病の治療薬候補を同定していきたいと考えています。
用語解説
*1 アクロレイン : 不飽和アルデヒドで排気ガスやタバコの煙に含まれる。
*2 リソソーム: 様々な消化酵素を含む細胞内小器官で、細胞内外から運ばれてきた分子や細胞内小器官などを分解する。
*3 オートファジー : タンパク質などの細胞成分をリソソームで分解する機構である。 オートファゴソームと呼ばれる二重膜構造によって、細胞成分を取り囲み、リソソームへ送って分解する。生体の恒常性維持に必須な生命現象である。
*4 酸化ストレス: 活性酸素種による有害作用が、生体が有する解毒作用を上回った状態のことを示す。
*5 微小管形成中心(MTOC):細胞内小器官の一つで中心体とも呼ばれる。細胞骨格である微小管 *6の形成の場である。
*6 微小管: 細胞骨格を形成するチューブリンと呼ばれるタンパク質の重合体である。細胞内の物質輸送のレールとして機能する。
*7 モータータンパク質:ATPの加水分解エネルギーを使って細胞の運動を発生させるタンパク質で、代表的なものに微小管上をMTOC方向(細胞の中心)に向かって滑走するダイニンと、細胞辺縁部に向かって滑走するキネシンがある。細胞内の様々な物質輸送を行う。
*8 ノックアウト細胞:ゲノム編集技術により特定のタンパク質が発現しない細胞。
原著論文
本研究はThe EMBO Journal誌のオンライン版で(2022年10月11日付)公開されました。
タイトル: Oxidative stress-induced phosphorylation of JIP4 regulates lysosomal positioning in coordination with TRPML1 and ALG2
タイトル(日本語訳):酸化ストレスにより誘導されたJIP4のリン酸化はTRPMl1、ALG2とともにリソソーム分布を制御する
著者: Yukiko Sasazawa1,2, Sanae Souma3, Norihiko Furuya2,3, Yoshiki Miura4, Saiko Kazuno4, Soichiro Kakuta4, Ayami Suzuki3, Ryota Hashimoto4, Hiroko Hirawake-Mogi3, Yuki Date3,5, Masaya Imoto2, Takashi Ueno4, Tetsushi Kataura6, Viktor I. Korolchuk6, Taiji Tsunemi3, Nobutaka Hattori1,2,3,7*, Shinji Saiki2,3*
著者(日本語表記): 笹澤有紀子1)2)、相馬早苗3)、古屋徳彦2)3)、三浦芳樹4)、數野彩子4)、角田宗一郎4) 鈴木絢未3)、橋本良太4)、平訳-茂木浩子3)、伊達悠起3)5)、井本正哉2)、上野隆4)、片浦哲志6)、 Viktor I. Korolchuk6)、常深泰司3)、服部信孝1)2)3)7)、斉木臣二2)3)
著者所属:1)順天堂大学大学院医学研究科老人性疾患病態・治療研究センター、2)順天堂大学大学院医学研究科共同研究講座「オートファジー調節化合物探索研究講座」 、3)順天堂大学大学院医学研究科神経学 4)順天堂大学大学院医学研究科研究基盤センター、5)千葉大学融合理工学府生物学、6) Biosciences Institute, Faculty of Medical Sciences, Newcastle University、 7)独立行政法人理化学研究所脳神経科学研究センター神経変性疾患連携研究チーム
DOI: 10.15252/embj.2022111476
本研究JSPS科研費(研究代表者 笹澤有紀子:18K15464、 21K07425、研究代表者 斉木臣二: 18KK0242、18KT0027、 22H02986)、文部科学省科研費 (研究代表者笹澤有紀子: 20H05340)、内藤記念科学振興財団、および文部科学省 新学術領域研究 先端モデル動物支援プラットフォーム・分子プロファイリング支援活動班の支援を受け他施設との共同研究の基に実施されました。
なお、本研究にご協力頂きました患者さんのご厚意に深謝いたします。
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