1960年に予測された素粒子の標準理論「Glashow共鳴」を世界初検出 IceCube実験による宇宙ニュートリノ観測が架けた素粒子と宇宙の新しい橋

 千葉大学ハドロン宇宙国際研究センターが参画するIceCube(アイスキューブ)実験(注1)は、2016年12月に宇宙から飛来した高エネルギーニュートリノ(注2)の観測から、1960年に予測されたGlashow共鳴という現象を初検出しました。この検出により、素粒子物理学の標準理論を、人工的な加速器ではなく宇宙で加速された粒子で検証することが可能であることが実証されました。
 さらに本研究では、これまで難しいとされていた高エネルギー宇宙ニュートリノの粒子と反粒子(注3)の区別を初めて可能としました。この識別手法が宇宙ニュートリノ発生機構の解明に新たな知見をもたらし、今後のニュートリノ天文学で重要な役割を果たすことが期待されています。本研究の主要な部分は2015年から2020年まで千葉大学ハドロン宇宙国際研究センターの特任研究員であったLu研究員(現ウィスコンシン大学マディソン校 Assistant Professor)によって行われました。
 この研究成果は、総合学術雑誌 Nature の3月11日発行号に掲載されます。
  • 研究成果のポイント
  • 1960年に予測された素粒子物理学の標準理論を宇宙ニュートリノによって実証
  • 世界で初めて高エネルギー宇宙ニュートリノの中に反粒子が含まれることを実証
  • このニュートリノ・反ニュートリノ識別技術は宇宙ニュートリノ発生機構の解明に新たな知見をもたらす。今後、より測定精度を高めた観測によってニュートリノ天文学に新たな展開が期待される。

図1図1

図1:IceCubeニュートリノ望遠鏡によって記録された、2016年12月の高エネルギーニュートリノ検出(イベント)を視覚化したもの。詳細なデータ解析により、このときにGlashow共鳴がおきたことが判明した。色付きの球体は、このときに反応したIceCubeのセンサーを示し、早くに反応したものを赤、時間が経ってから反応したものを青で示す。このイベントは円状に広がる形から「アジサイ」の愛称で呼ばれている。命名は千葉大学石原教授による。
  • 研究の背景
 1979年のノーベル物理学賞受賞者であるSheldon Glashow氏は、もし反電子ニュートリノ(ニュートリノの反粒子)がちょうどよいエネルギーを持って電子と衝突したら、当時まだ発見されていなかった粒子(Wボソン)を生成すると予測した論文を1960年に発表しました。この現象は「Glashow共鳴」と名づけられました。その後1983年にWボソンがようやく発見されましたが、1960年当時に予想されていたものよりはるかに重い質量を持つことが判明しました。そこから、Glashow共鳴を起こすには6.3PeV(注4)もの高いエネルギーを持つニュートリノを必要とすることが分かりましたが、現在、そして現在計画中の地球上の人工粒子加速器をもってしても、このような高いエネルギーを持つニュートリノを作り出すことは不可能であるため、Glashow共鳴を実証できませんでした。
 一方で、銀河の中心にある超大質量ブラックホールからの巨大な放射エネルギーや、遠方宇宙の大質量星の終焉爆発といった極端な現象は、地球上の人工加速器では作り出すことが不可能な高いエネルギーを持った粒子を作り出す可能性があると考えられていました。
  • 研究成果

図2:IceCubeによって観測されたGlashow共鳴を示すファインマン図。電子と反ニュートリノが相互作用してWボソンを生成し、それらが後に荷電粒子に分解される。図2:IceCubeによって観測されたGlashow共鳴を示すファインマン図。電子と反ニュートリノが相互作用してWボソンを生成し、それらが後に荷電粒子に分解される。

 本研究の成果は、このような広い宇宙の中に自然に存在する加速器から飛来した粒子を捉えることでGlashow共鳴を検出し、その存在を実証したことです。
 2016年12月6日、反電子ニュートリノが、ほとんど光速に近い速度で宇宙から地球に飛来しました。この反ニュートリノが地球の内部にまで到達し、地球を作る電子と激突したことで、たくさんの二次粒子(粒子のシャワー)を生成しました(図1)。この現象は南極の氷に埋められた巨大なIceCubeニュートリノ望遠鏡によって捉えられており、その後の詳細なデータ解析により、この現象こそがGlashow共鳴であったことが明らかになりました。

 

 IceCubeニュートリノ望遠鏡による観測結果は、反ニュートリノと電子の間の衝突が6.3 PeVという非常に高いエネルギーで起きたことを示しており、このエネルギー値はGlashow共鳴が起きたことを示す明確な指標です。IceCube実験のニュートリノエネルギー測定精度の高さが今回の観測を可能としたと言えます。
 さらに、このGlashow共鳴は反電子ニュートリノにのみ関わる反応であることから、高エネルギー宇宙ニュートリノの中に反粒子が含まれることを世界で初めて実証する結果となりました。ニュートリノと反ニュートリノの性質のわずかな違いを検出するには特別な精密測定が必要で、宇宙からの極めて稀な信号である高エネルギーニュートリノに反ニュートリノが含まれることを示すことは不可能と思われていました。今回の成果はこの困難を克服し、宇宙観測に反電子ニュートリノの量という全く新しい情報軸を加える最初の一歩です。

図3:本イベントを引き起こした反電子ニュートリノが何億光年も彼方の天体から長い距離を旅して地球内部に到達するまでの模式図。青い点線が辿った経路を示す。図3:本イベントを引き起こした反電子ニュートリノが何億光年も彼方の天体から長い距離を旅して地球内部に到達するまでの模式図。青い点線が辿った経路を示す。

  • 今後の展望
 ニュートリノと反ニュートリノを区別して観測することを可能と示したこの成果は、素粒子物理学の理論実証に加え、ニュートリノ天文学の新たな展開としても重要な意味を持ちます。巨大ブラックホールや大質量星爆発といった環境下で、どこでどのように高エネルギー粒子が生成されているかは、未だに謎の多い研究テーマですが、今後、ニュートリノと反ニュートリノの比率(注5)から、物理的サイズや磁場強度など直接測定が難しい天体の特性を調べることができるようになることが期待されています。
  • 研究者からのコメント
千葉大学グループ在籍時に今回の発見を導いたウィスコンシン大学マディソン校 Assistant Professor Lu Lu 研究員(2015年~2020年 千葉大学ハドロン宇宙国際研究センター 特任研究員):
「宇宙ニュートリノは6PeVよりさらに高いエネルギーを持つものも存在していることはすでに分かっています。重要なのは、より多くのGlashow共鳴事象を検出し、これらの反ニュートリノがどのように生成されたのか、そのメカニズムを特定することです。 IceCube-Gen2(注1)は、統計的により有意な測定を行うための鍵となるでしょう。」
日本グループを率いる千葉大学ハドロン宇宙国際研究センター 吉田教授:
「2010年12月のIceCubeの完成以来、IceCubeニュートリノ望遠鏡は、2013年の世界初の宇宙ニュートリノの発見や、2018年の最初の高エネルギー宇宙ニュートリノ発生源の特定など、素粒子天体物理学における多くの画期的な研究成果を発表しています。2002年のプロジェクト開始以来、日本から唯一参画してきた千葉大学IceCube研究グループは、これらの主要な成果を主導してきました。この発見は日本グループが成し遂げてきた一連の成果の仕上げとして位置付けられるでしょう。この続きは次世代実験IceCube-Gen2 の出番です。」
次世代観測プロジェクトIceCube-Gen2 実験の日本グループリーダーである千葉大学ハドロン宇宙国際研究センター 石原教授:
「これまでの発見を礎に、ニュートリノ放射機構の解明にむけて私たちはIceCube実験装置を拡張する計画を持っています。例えば、ニュートリノと反ニュートリノの比率を決定的に測定するために、より多くのGlashow共鳴事象を観測したいと考えています。それを実現するのがIceCube検出器の拡張計画であるIceCube-Gen2実験です。
12か国53の研究機関による国際共同実験であるIceCubeでは、現在、IceCube-Gen2への第一歩であるIceCube検出器のアップグレードを進めています。2023年頃の完成を見込むアップグレード計画において千葉大学グループは、主要な光検出器の一つである新型光検出器D-Egg300台のデザイン・製造を任され、現在その大規模製造及び詳細な性能評価を行っています。」
  • 研究プロジェクトについて
本研究は、アメリカ国立科学財団、日本学術振興会科学研究費助成事業等の支援により行われました。
  • 論文情報
論文タイトル:” Detection of a particle shower at the Glashow resonance with IceCube”
雑誌名:Nature
DOI:https://dx.doi.org/10.1038/s41586-021-03256-1 
  • 用語解説
注1:IceCube実験 南極点直下の氷中1500 mから2500 mの深さに、直径約33cmの耐圧ガラス球内に光検出器を格納したモジュールを5,160 個埋め込んで宇宙から飛来する高エネルギーニュートリノを観測する国際共同プロジェクト。今後、2022年にアップグレード計画、2026年には現在のおよそ8倍の広さに検出器を埋設する次世代実験の「IceCube-Gen2(アイスキューブ ジェンツー)」の建設が予定されています。
参考サイト:千葉大学ハドロン宇宙国際研究センターウェブサイト「IceCube実験」http://www.icehap.chiba-u.jp/icecube/icecube.html

図4:(左)氷中のセンサーのデータ収集を担う南極のIceCube観測所。 (右)IceCubeの氷内部分の概略図。図4:(左)氷中のセンサーのデータ収集を担う南極のIceCube観測所。 (右)IceCubeの氷内部分の概略図。

注2:ニュートリノ これ以上小さく分けることができないと考えられている素粒子の一つです。電子の100万分の1以下の重さしかもたないとても軽い粒子で、電気を帯びていません。 そのため他の物質とほとんど反応せず、観測が非常に難しい粒子です。電子型(電子ニュートリノ)、ミュー型(ミューニュートリノ)、タウ型(タウニュートリノ)と呼ばれる3種類が存在するとわかっています。
注3:反粒子 素粒子には、質量や寿命は同じで、電気的に反対の性質を持つ反粒子とよばれるパートナーが存在します。例えば、例えば、電子の反粒子は陽電子、ニュートリノの反粒子は反ニュートリノ(その中でも電子ニュートリノの反粒子は反電子ニュートリノ)と呼ばれます。
注4:6.3PeV 現在の世界最大規模の大型ハドロン衝突型加速器では、陽子を最大13TeVまで加速することが出来ます。6.3PeVは、その世界最大の加速器で加速可能なエネルギーの約500倍に相当します。PeVはペタ電子ボルトと呼び、1000兆電子ボルトに相当します。1電子ボルトとは電子が電圧1ボルトを印加されて得られる運動エネルギーに相当します。
注5:ニュートリノと反ニュートリノの比率  宇宙加速器と目される巨大ブラックホールなどの天体において、粒子の加速場所に満ちている光やガスの量や、磁場はどのくらい強いのかという情報をこの比率は語ることができます。これは宇宙がどのように陽子などのミクロな粒子に巨大なエネルギーを加えているのか、その過程を探る重要な知見です。加速場所の多くはガスや塵などに遮られ、可視光や赤外線などの光では直接探査することができないため、ニュートリノ観測は人類にとって唯一可能な探査手段なのです。
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