日本の積雪の中に生息する未知のクマムシを発見~雪中で食物連鎖を形成する特殊な生態系~

 千葉大学大学院理学研究院の竹内望 教授および大学院融合理工学府博士前期課程 2 年の小野誠仁 氏らの研究グループは、山形県にある月山の積雪中に生息する、新種である可能性が高いクマムシを発見しました。クマムシ(注1)は、極限環境(注2)に耐性があることで知られる微小動物(注3)ですが、積雪中で活発に活動するクマムシが日本で発見されたのは初めてのことで、日本の積雪中に多様な生物で構成される特殊な生態系が存在することが示されました。
 本研究成果は、2021 年 3 月 16 日に、Scientific Report よりオンライン公開されました。
  • 研究の背景
 極地や高山というような雪に覆われた寒冷な環境は、生物が生息できない場所だと長らく考えられてきました。しかしながら、近年、氷河のような雪氷環境にも、微生物や昆虫をはじめとする低温環境に適応した特殊な生物が生息していることが明らかになってきました。そのような生物を、雪氷生物と呼んでいます。クマムシは北極圏の氷河を中心に生息が報告されている体長0.1-1.0mmほどの雪氷生物の一種であり、極限環境耐性を持つことが知られています。体を小さな樽のように縮ませて無代謝状態(乾眠状態)になることで、高温や低温、高圧、放射線などに耐えることが可能で、氷河のような寒冷環境だけでなく様々な極限環境に生息する種が報告されています。その耐性の生理学的な仕組みの解明は、動物の細胞や組織の乾燥保存といった、医療や産業への応用が期待されています。

図1 積雪中のクマムシを発見した山形県月山のブナ樹林帯(a:4月、b:5月)。 調査時には、4月でおよそ160cm、5月でおよそ90cmの積雪が残っていた。図1 積雪中のクマムシを発見した山形県月山のブナ樹林帯(a:4月、b:5月)。 調査時には、4月でおよそ160cm、5月でおよそ90cmの積雪が残っていた。

 日本列島は、世界有数の豪雪地帯です。季節風の影響で、日本海側の山岳地域では毎冬3mを超える積雪があります。日本の積雪中にも、融雪期には雪氷藻類という光合成微生物やセッケイカワゲラといった昆虫など、積雪環境で繁殖する特殊な生物種が存在することは知られていました。しかし、日本の雪氷生物の情報はまだ限られており、特にクマムシなどの微小動物に関する報告はほとんどありませんでした。
 山形県の月山は毎年大量の積雪のある山岳地帯で、4月から6月の融雪期には積雪中に雪氷藻類が繁殖することが知られています。そこで研究グループは、この月山の積雪中には、藻類の他にも様々な微小動物が生息しているのではないかと考え、積雪中の微小動物の個体密度や生活史、他の生物種との関係を明らかにすること、さらに積雪中の生態系を解明することを目的に調査を行いました。
  • 研究成果
 山形県月山の地蔵沼周辺のブナ樹林帯(標高750 m、図1)において、融雪期の2018年4月、5月と2019年5月に調査を行いました。 採取した積雪表面のサンプルを顕微鏡で観察した結果、ヤマクマムシ属のクマムシが多数含まれていることが明らかになりました(図2)。形態を基に同定を試みた結果、少なくとも2種のクマムシが含まれており、そのうちの1種は、体の表面に突起のような構造が見られるなど既知の種とは異なる特徴を持つことから、新種である可能性が極めて高いことがわかりました。さらに積雪中には、ワムシ(輪形動物)(注4)という微小動物も多数活発に活動していることが明らかになりました。

図2 月山の積雪中から発見された(a)クマムシ、(b)ワムシ。右下のスケールは50 µm(マイクロメートル)。 クマムシの体内には、緑色をした藻類の葉緑素が透けて見える。図2 月山の積雪中から発見された(a)クマムシ、(b)ワムシ。右下のスケールは50 µm(マイクロメートル)。 クマムシの体内には、緑色をした藻類の葉緑素が透けて見える。

発見されたクマムシの動く姿発見されたクマムシの動く姿

 日本で一般的にクマムシが生息するとされる場所である積雪周辺の樹木のコケを調べた結果、複数の既知のクマムシが観察されましたが、積雪中で見られたクマムシとは全く異なる種でした。つまり、この積雪中のクマムシは、森林環境に生息するクマムシとは異なり、積極的に積雪中を生息場所とする種であると考えられます。積雪中のクマムシの個体密度(一定面積あたりの同種生物の数)を調べた結果、緑雪と呼ばれる雪氷藻類が大量に繁殖している雪では、雪1L当たり平均7,100個体も含まれているのに対し、藻類の少ない白雪や、別の種の藻類が繁殖するオレンジ雪や黄色雪では、平均10個体未満と、積雪でも特定の場所に集中することがわかりました(図3右グラフ:(上)各色の雪の葉緑素濃度(藻類量を示す)と(下)クマムシの個体密度の比較。(a)の緑雪にクマムシが集中していることがわかる)。さらに、クマムシの体内には緑色の物質が透けて見えたことから、藻類を食べていることがわかりました(図2)。このことから、クマムシは雪氷藻類の中でも特に緑雪を構成する種(緑藻クロロモナス属)を好んで食べ、その藻類が大量に繁殖した緑雪に集まることがわかりました。さらに、観察されたクマムシの脱皮殻には卵が産み付けられていたことから、緑雪の中でクマムシは成長、繁殖をしていることもわかりました。
 以上のことから、月山の積雪中には、藻類やクマムシを含む多様な生物が食物連鎖を形成し、藻類が大量繁殖する緑雪を中心とした特別な生態系が存在することが明らかになりました。

図3 左:月山の積雪上に見られた雪氷藻類によって着色した積雪。(a)緑藻クロロモナス属藻類が繁殖した緑雪(b)緑藻の休眠胞子で構成されるオレンジ雪(c)黄金藻が繁殖した黄色雪(d)藻類はほとんど含まれない白雪図3 左:月山の積雪上に見られた雪氷藻類によって着色した積雪。(a)緑藻クロロモナス属藻類が繁殖した緑雪(b)緑藻の休眠胞子で構成されるオレンジ雪(c)黄金藻が繁殖した黄色雪(d)藻類はほとんど含まれない白雪

  • 今後の展望
 本研究により、日本の積雪中が、極地の氷河と同様に多様な雪氷生物の生息場所となっていることが明らかになりました。一方で、日本の積雪は地球温暖化の影響で将来大きく減少することが予測されています。つまり、積雪中という環境に生息するこのような微小な生物は、地球温暖化による絶滅リスクが国内で最も高い生物であるということができます。しかしながら、日本の積雪上の雪氷生物および生態系については、まだほとんど理解が進んでいません。
 このような雪氷生物は、積雪を通して森林生態系や河川生態系との相互作用をもち、豪雪地帯特有の自然環境に対する役割を持っているはずであり、この未知の生態系が失われる前に、日本各地の雪氷生物の実態を解明することが急務です。
  • 用語解説
(注1)クマムシ:緩歩動物門に分類される微小な無脊椎動物。4対の肢をもち、ゆっくりと歩く動きが特徴的。
(注2)極限環境:一般の生物が生きていけないような温度、圧力vpHの環境のこと。積雪中は温度が常に0℃付近であり、一般の生物(最適温度:+25~+35℃)には低温すぎて生息することはできない。
(注3)微小動物:肉眼では観察できない小さな微生物の中で、自ら動いて有機物を食べて栄養をとる多細胞生物。
(注4)ワムシ:輪形動物門に分類される微小な無脊椎動物。卵形の体形が特徴的で、自らの身体を伸縮させて移動する。
  • 論文情報
論文タイトル:Snow algae blooms are beneficial for microinvertebrates assemblages (Tardigrada and Rotifera) on seasonal snow patches in Japan
著者:Masato Ono、Nozomu Takeuchi、Krzysztof Zawierucha
雑誌名:Scientific Reports
DOI: https://doi.org/10.1038/s41598-021-85462-5
オンライン掲載場所:http://www.nature.com/articles/s41598-021-85462-5 
  • 研究資金について
 本研究は、日本学術振興会科学研究費助成事業(基盤研究A、19H01143)、北極域研究推進プロジェクト(ArCS)若手人材海外派遣プログラム、および北極域研究加速プロジェクト(ArCS II:Arctic Challenge for Sustainability II)の助成を受けて行いました。
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