骨格筋の超高速カルシウムイオン遊離システムの再現に成功

― 難治性筋疾患の発症機構解明・治療薬開発に向けて ―

学校法人 順天堂

順天堂大学大学院医学研究科細胞・分子薬理学の村山尚 先任准教授、呉林なごみ 客員准教授、小林琢也 助教らの研究グループは、信州大学および東京医科歯科大学との共同研究により、骨格筋で見られる超高速カルシウムイオン(Ca2+)遊離システムである脱分極誘発性カルシウム遊離 (DICR) を非筋細胞で効率的に再現することに成功しました。DICRを担う構成因子の遺伝子に突然変異が起こると、先天性ミオパチー(*1)や悪性高熱症(*2)等の筋疾患の原因になりますが、DICRを再現して評価できる実験系が存在せず、筋疾患発症機構の解明や薬剤探索の壁となっていました。
そこで、研究グループは改変バキュロウイルス(*3)を用いた遺伝子導入法により構成因子をHEK293細胞に再構成することでDICRを再現し、疾患変異の表現系解析および薬物スクリーニングに有効であることを示しました。本成果により、DICR関連難治性筋疾患の発症機構の解明および治療薬開発が加速することが期待されます。本論文はJournal of General Physiology誌のオンライン版に2022年11月1日付で公開されました。
本研究成果のポイント
  • 改変バキュロウイルス法によりDICRを非筋細胞で効率的に再現
  • この再現系は、疾患関連因子の表現系解析および薬物スクリーニングに有効
  • 難治性筋疾患の発症機構の解明および治療薬開発へ

背景
骨格筋は速い収縮のために高度に特殊化された器官です。DICRでは横行小管(T管)*4膜の脱分極によりジヒドロピリジン受容体(DHPR)Cav1.1サブユニットが活性化して、筋小胞体膜の1型リアノジン受容体(RyR1)を開口させCa2+を素早く細胞質に遊離します(図1左)。この超高速Ca2+遊離システムの構造基盤はCav1.1とRyR1が他のDICR構成因子(β1a、Stac3、JP2)と共に形成するDICR複合体です(図1右)。
最近、これらの構成因子の変異が、先天性ミオパチーや悪性高熱症等の難治性の筋疾患に関連することが分かってきました。しかしながら、変異による疾患発症機構はよく分かっておらず治療薬も存在しません。その理由として骨格筋細胞を用いた薬物スクリーニング系の構築が困難なことがあげられ、DICR構成因子を非筋細胞で再構成させて、DICRを再現できる実験系が望まれていました。この課題に対して研究グループは、構成因子の遺伝子導入法に大きな改良を加え、効率的なDICR再現系の開発を目指しました。

図1.DICR再構成系構築による難治性筋疾患治療薬開発の流れ図1.DICR再構成系構築による難治性筋疾患治療薬開発の流れ

 

内容
研究グループはRyR1を安定発現するHEK293細胞を樹立して、RyR1阻害薬の開発を行ってきました(注1)。本研究では、RyR1と蛍光小胞体内Ca2+インジケータのR-CEPIA1er発現細胞を用いて、DICRの構成因子を改変バキュロウイルスベクターにより遺伝子導入し、DICRの再現を試みました(図2A)。まず、第一段階の結果として、ほとんど全ての細胞にDICR構成因子を導入することに成功しました。

図2.DICR再現系の構築と検証図2.DICR再現系の構築と検証

この細胞に対して高カリウム溶液で刺激してDICRを起こすと、Ca2+遊離により小胞体内Ca2+が減少し、赤色のR-CEPIA1er蛍光が低下します(図2A,B)。構成因子を導入した細胞ではカリウム濃度に依存してR-CEPIA1er蛍光が低下したのに対して、導入しなかった細胞では全く変化しませんでした(図2C)。以上の結果から、HEK293細胞においてDICRを再現できたことが分かりました。
続いて、この再現系を用いて疾患変異の評価や薬物スクリーニングに利用できるかどうかを、既報の疾患変異体と薬物を用いて調べました。先天性ミオパチーの原因となるCav1.1変異体(P742Q)ではカリウム濃度依存性が大きく低下して、DICRが抑制されていました(図2D)。また、単収縮促進薬の過塩素酸(ClO4-)はDICRを促進しました(図2E)。以上の結果は既報とよく一致しており、本再現系が疾患変異体の評価や薬物スクリーニングに利用できることを示しています。
注1:順天堂大学プレスリリース「悪性高熱症および重度熱中症に対する新規治療薬候補を創出 ~より安全な悪性高熱症治療へ向けて~」https://www.juntendo.ac.jp/news/20210713-01.html

 

今後の展開
今回、研究グループは、現在、治療法がなく発症機構も不明な点が多いDICR関連筋疾患に対して、非筋細胞を用いたDICR再現系を開発しました。本再現系は非常に簡便で再現性も高いため、遺伝子変異による発症機構の解明や薬物スクリーニングのプラットフォームとして極めて有用です。当研究グループはDICR関連難治性ミオパチーに対する治療薬探索を既に開始しており、既にいくつかの候補化合物を得ています。これらの化合物を検証することで、難治性筋疾患の新たな治療薬開発が進展することが期待されます(図1)。

用語解説
*1 先天性ミオパチー: 生まれながら筋組織の異常があり、筋力低下をみとめる疾患。さまざまな原因によって起こる。
*2 悪性高熱症: 外科手術時の吸入麻酔により筋の持続収縮(筋硬直)が起こり高熱を発する重篤な疾患。
*3 改変バキュロウイルス: 外被に水疱性口内炎ウイルスGタンパク質(VSVG)を発現するシュードタイプウイルス。哺乳類細胞への感染効率が高い。
*4 横行小管(T管): 細胞膜が陥入した管状構造。活動電位を筋細胞内部に素早く伝える役割を持つ。

研究者のコメント
DICRは多くの構成因子を含む超分子複合体で起こるため、骨格筋以外で実際に再現できるとは信じられませんでした。半信半疑で実験して再現が上手くいった時のことは、今でも鮮明に覚えています。それからは夢中で今回の実験を進めました。本再構成系は簡便で非常に効率が高いのが利点です。難治性筋疾患の治療に少しでも貢献できれば幸いです。(村山 尚)

原著論文
本研究はJournal of General Physiology誌のオンライン版に2022年11月1日付で公開されました。
タイトル: A reconstituted depolarization-induced Ca2+ release platform for validation of skeletal muscle disease mutations and drug discovery.
タイトル(日本語訳):疾患変異解析および薬物開発のための骨格筋脱分極誘発性Ca2+遊離の再構成
著者:Takashi Murayama1), Nagomi Kurebayashi1), Takuro Numaga-Tomita2), Takuya Kobayashi1), Satoru Okazaki1), Kyosuke Yamashiro1), Tsutomu Nakada2), Shuichi Mori3), Ryosuke Ishida3), Hiroyuki Kagechika3), Mitsuhiko Yamada2), Takashi Sakurai1)
著者(日本語表記): 村山尚1)、呉林なごみ1)、冨田(沼賀)拓郎2)、小林琢也1)、岡﨑愉1)、山代暁介1)、中田勉2)、森修一3)、石田良典3)、影近弘之3)、山田充彦2)、櫻井隆1)
著者所属:1)順天堂大学医学部学薬理学講座、2)信州大学医学部分子薬理学教室、3)東京医科歯科大学生体材料工学研究所
DOI: 10.1085/jgp.202213230
本研究はJSPS科研費(19H03404, 22H02805, 19K07105, 22K06652, 20K11368)、AMED創薬等先端技術支援基盤プラットフォーム(BINDS)(JP20am0101080, JP20am0101098)、車両競技公益資金記念財団(6237, 6303)をはじめとした支援を受け多施設との共同研究の基に実施されました。本研究にご協力いただきました皆様に深謝いたします。

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URL
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業種
教育・学習支援業
本社所在地
東京都文京区本郷2-1-1
電話番号
03-3813-3111
代表者名
小川 秀興
上場
未上場
資本金
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設立
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