【国立科学博物館】トウキョウサンショウウオ北部集団を「イワキサンショウウオ」 として新種記載 ―日本産小型サンショウウオ類の種多様性の全容解明とさらなる保全対策に向けて―

文化庁

  • 概要
 京都大学松井正文 名誉教授、京都大学大学院 地球環境学堂 西川完途 准教授(兼:人間・環境学研究科 准教授)、国立科学博物館 吉川夏彦 研究員らの共同研究グループは、種の保存法指定種であるトウキョウサンショウウオの種内変異を詳細に調べた結果、分布北部の個体群が未記載種であることを示して、新種「イワキサンショウウオ」として発表しました。

 トウキョウサンショウウオは2020年に種の保存法の特定第二種に指定され、商業目的の捕獲や販売が禁じられていますが、種内に大きな遺伝的・形態的変異を含んでいることは以前から知られていました。本研究では、特に遺伝的に大きく異なることが知られていた分布域の北東部の集団(茨城県および福島県)と他の地域の集団との間の関係を核DNAの分析および外部形態の解析により比較しました。その結果、北東部の集団は遺伝的、形態的に真のトウキョウサンショウウオとは別種レベルで異なることが明らかとなり、これをイワキサンショウウオ(Hynobius sengokui)として新種記載(命名)しました。

 さらに本研究では核DNAを用いた分子系統解析により、(広義の)トウキョウサンショウウオが東日本でトウホクサンショウウオから種分化した後、現在東海地方に分布する近縁種(ヤマトサンショウウオ)と過去に交雑を起こした可能性も明らかにしました。このことは長年の謎であったトウキョウサンショウウオの系統的位置と分布の問題を解決するとともに、日本列島における小型サンショウウオの進化史の一端を明らかにするものです。

 イワキサンショウウオも含めた広義のトウキョウサンショウウオは、以前から生息場所となる里山の湿地環境の劣化やアライグマ等の外来種による捕食の影響の他、飼育・販売目的の乱獲により生息が脅かされてきました。本研究により広義のトウキョウサンショウウオが2種に分割されたことで、今後は両種の絶滅リスクの再評価と保全に向けた活動求められます。

 本研究成果は、2022年7月 21 日に国際学術誌「Zootaxa」にオンライン掲載されました。

写真 イワキサンショウウオの写真(国立科学博物館所蔵のパラタイプ)写真 イワキサンショウウオの写真(国立科学博物館所蔵のパラタイプ)

 
  • 1.背景
 トウキョウサンショウウオ(Hynobius tokyoensis)は関東平野周辺の丘陵地帯から福島県南東部にかけて広く分布する止水産卵性の小型サンショウウオで、もっともよく知られた小型サンショウウオの一つです。本種は先行研究により、北部集団(福島県南東部、茨城県、栃木県東部)と南部集団(栃木県南部、埼玉県、東京都、神奈川県、千葉県)という、大きく遺伝的に分化した2つの集団に分けられることが知られていました。これらの集団の分類学的地位の問題に加えて、酵素タンパク質とミトコンドリアDNAという2つの異なる遺伝マーカーを用いた研究の間でトウキョウサンショウウオの系統的な位置が異なるという矛盾があることが知られていました。
 
  • 2.研究手法・成果
本研究グループは長年に渡る野外調査を続けるとともに、過去に採集され国立科学博物館に収蔵されていた標本も活用し、北部集団41個体、南部集団62個体の標本を計測し、外部形態の比較をおこないました。同時に各集団の遺伝的関係を調べるため、一部の個体についてMIG-seq法※1を用いて核ゲノムの塩基配列を取得し、集団遺伝構造および分子系統の解析をおこないました。

 本研究の結果、広義のトウキョウサンショウウオの内部は先行研究と同様に遺伝的に大きく分化した北部集団と南部集団にはっきりと分かれることが確認されました。(図1)

図1 MIG-seq法による核ゲノム配列の系統樹.図1 MIG-seq法による核ゲノム配列の系統樹.

 形態比較の結果、北部集団と南部集団の間では腋窩-鼠蹊部間距離、胴長、鋤骨歯列の深さなどに違いがみられ、形態的にも識別可能であることが明らかになりました。これら遺伝的、形態的な証拠に基づき、本研究では北部集団をイワキサンショウウオ(Hynobius sengokui)として新種記載しました。種小名は日本における爬虫類・両生類の普及活動に大きな功績のあった故・千石正一氏に献名したものです。
 また、核ゲノムの情報に基づく分子系統解析では、トウキョウサンショウウオとイワキサンショウウオに最も近縁なのは分布が隣接する東北日本産のトウホクサンショウウオ(H. lichenatus)でした。ミトコンドリアDNAに基づく先行研究では最近縁種は分布域が大きく離れている東海・近畿地方産のヤマトサンショウウオ(H. vandenburghi)とされてきましたが、この核DNAとミトコンドリアDNAの結果の矛盾は過去に広義のトウキョウサンショウウオの祖先がトウホクサンショウウオから種分化した後に、ヤマトサンショウウオの祖先との間で交雑とミトコンドリアDNAの置き換わりが生じたことを示すものと推定されます。
 
  • 3.波及効果、今後の予定
 今回の分類学的変更により、広義のトウキョウサンショウウオはイワキサンショウウオと狭義のトウキョウサンショウウオという2種に分割され、それぞれ、より絶滅リスクの高い種となりました。以前から生息場所となる里山の湿地環境の劣化やアライグマ等の外来種による捕食の影響の他、飼育・販売目的の乱獲により生息が脅かされてきた広義のトウキョウサンショウウオですが、今後は両種の絶滅リスクの再評価とさらなる保全に向けた活動が求められます。なお、種の保存法におけるトウキョウサンショウウオの規制範囲について、本論文の発表をもって直ちに規制範囲が変わるものではなく、新種イワキサンショウウオも引き続き規制対象となる見込みです。
 また、本研究で明らかになったトウキョウサンショウウオおよびイワキサンショウウオの系統関係と進化史は、移動能力が低いとされてきた小型サンショウウオも過去には遠く離れた種と分布が接し、交雑したことがあることを示すものです。これは日本列島のサンショウウオ類の進化史の全容解明につながることが期待されます。
 
  • 4.研究プロジェクトについて
 本研究は、環境再生保全機構・環境研究総合推進費(JPMEERF20204002)および日本学術振興会・学術研究助成基金助成金(科研費)(JSPS: 11640697, 20510215, 23510294, 22K06365)の助成ならびに国立科学博物館・館長支援経費(「日本産サンショウウオ類の分類および系統地理学的研究のスタートアップ支援」)により行われました。

 
<用語解説>
※1 MIG-seq法:核ゲノム中の単純反復配列に挟まれた領域(inter-simple sequence repeat, ISSR)をPCR法により増幅し、次世代シーケンサーで分析、塩基配列の取得をおこなう手法(Multiplexed ISSR Genotyping by sequencing)。微量あるいは断片化したDNAサンプルからでも簡便・安価に大量のDNA情報の分析が可能。


<研究者のコメント>
この論文で新種となったイワキサンショウウオは茨城県中部以北からいわき市にかけての丘陵地に分布し、里山の象徴ともいえる動物です。しかし生息環境が悪化してきていることは近年の調査を通じて強く感じています。特に北限に近い福島県では震災後の土地利用の変化の影響を強く受けているようです。本種の積極的な保全に向けた活動が進むことが望まれます。(国立科学博物館 吉川夏彦)


<論文タイトルと著者>
タイトル:Taxonomic reappraisal of Hynobius tokyoensis, with description of a new species from northeastern Honshu, Japan (Amphibia: Caudata)(トウキョウサンショウウオの分類学的再検討と本州北東部からの一新種の記載)
著  者:Masafumi Matsui, Yasuchika Misawa, Natsuhiko Yoshikawa, Kanto Nishikawa
松井正文(京都大学 名誉教授)・見澤康充(建設環境研究所)・吉川夏彦(国立科学博物館 動物研究部 研究員)・西川完途(京都大学大学院 地球環境学堂(併任:人間・環境学研究科) 准教授)
掲 載 誌:Zootaxa DOI:https://doi.org/10.11646/zootaxa.5168.2.7
 




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◆国立科学博物館 筑波研究施設:https://www.kahaku.go.jp/institution/tsukuba/

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1968年06月