前立腺がんにおけるアミノ酸トランスポーター4F2hcの機能を解明 新たな腫瘍マーカーとして期待
千葉大学大学院医学研究院泌尿器科学 市川智彦 教授、坂本信一 講師、腫瘍病理学 池原譲 教授、メイフーラン メイメイティ 特任研究員、分子腫瘍学 金田篤志 教授、薬理学 安西尚彦 教授らの研究グループは、アミノ酸を運ぶ役割を持つタンパク質(アミノ酸トランスポーター)である4F2抗原重鎖(4F2hc)が前立腺においてがんに特異的に発現し、がんの転移や再発に関わることを解明しました。本研究成果により、4F2hcが前立腺がんの早期発見に役立つ新しい腫瘍マーカー(注1)ならびに治療標的となり、新規治療法の確立につながる可能性が期待されます。
この研究成果は、科学誌Scientific Reportsに2021年6月1日にオンライン公開されました。
この研究成果は、科学誌Scientific Reportsに2021年6月1日にオンライン公開されました。
- 研究の背景
日本での前立腺がんの罹患数は2017年時点で91,215人、すべての男性がんの15.9%を占め、高齢化の進む日本において急速に増加しています。主な治療法はホルモン療法であり、男性ホルモンを抑制することにより前立腺がんの進行を抑制します。しかし、男性ホルモンを抑制してもがん組織が増殖する場合があります。これを去勢抵抗性前立腺がんと呼びます。
4F2hcは、2020年に本研究グループが、去勢抵抗性前立腺がんの原因となるアンドロゲン受容体Splicing Variant(注2)を活性化させる原因として同定した分子です。
4F2hcは、がん特異的アミノ酸トランスポーター(注3)のLAT1(注4)と強固に結合する際、必須アミノ酸を多く取り込むことで、がん細胞増殖のシグナルをコントロールし、がん細胞の増殖を促進することがわかっています(図1)。
- 研究の結果
研究グループは、4F2hcのさらなる研究を進めた結果、以下について解明しました。
①前立腺がん患者における4F2hcとの臨床関連性を解明
千葉大学医学部附属病院における前立腺全摘標本を用いて、前立腺がんに対する4F2hc染色スコアリングと臨床データを解析した結果、4F2hc発現の低い患者の無再発生存期間は、59.5ヶ月に対して、高い患者の無再発生存期間は、43.4ヶ月と有意に再発までの期間が短いことが明らかとなりました(図2:左HE染色、右4F2hc免疫染色、図3)。以上から、4F2hcの発現が予後に関わることが明らかとなりました。
②4F2hcによるがん細胞増殖にかかわるもう一つの分子を同定
また、網羅的RNAシークエンス(注5)により、4F2hcの下流にSKP-2という新たな標的分子を同定しました。4F2hcは、この分子を通して細胞の増殖をコントロールすることが明らかとなりました。
- 論文情報
雑誌名:Scientific Reports
DOI:https://doi.org/10.1038/s41598-021-90748-9
- 用語解説
(注2)Splicing Variant:DNAからの転写過程において特定の分子配列を除去し、残りを結合させることである。
(注3)アミノ酸トランスポーター:アミノ酸は、生体を構成するタンパク質の構成要素であるとともに、生体反応を制御するシグナルとしての働きを持つことが近年明らかになってきている。アミノ酸トランスポーターは、アミノ酸の細胞膜透過を可能にする膜タンパク質である。
(注4)LAT1(SLC7A5):腫瘍細胞に高発現するアミノ酸トランスポーター。腫瘍選択的な発現と広い基質選択性を示し、がんへの薬物送達の標的トランスポーターとしての性質を有している。LAT1 は、抗腫瘍薬メルファランやホウ素中性子捕捉療法に用いるL-p-ボロノフェニルアラニンの腫瘍細胞に供給する他、PET検査等のイメージングプローブの送達を担う。
(注5)網羅的RNAシークエンス:次世代シークエンスを用いて取得したDNAの断片の情報(生データ)をデータ解析することで、遺伝子の発現量が解析できる手法。
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