糖転移酵素Fut8が筋発生に重要な因子であることを発見
― 糖鎖修飾がもたらす新たな筋発生―
順天堂大学大学院医学研究科ゲノム再生医療センターの林地のぞみ特任助教、老人性疾患病態治療研究センターの平澤恵理教授、東京医科大学病態生理学の川原玄理准教授、林由起子主任教授、東北医科薬科大学薬学部細胞制御学の顧建国教授らの研究グループは、糖転移酵素(*1)のひとつであるα(1,6)-Fucosyltransferase:Fut8(*2)がゼブラフィッシュ(*3)の筋発生および筋分化に重要な因子であることを哺乳類の骨格筋細胞を用いて確認しました。本研究成果は、糖鎖修飾と骨格筋の新たな知見を得ただけでなく、骨格筋関連疾患の原因・治療に対して糖鎖修飾という新たな視点を提案するものです。本論文はCellsのオンライン版に2022年12月29日付で公開されました。
本研究成果のポイント
背景
糖鎖修飾とは、タンパク質に糖を付加することで多様な機能を与える翻訳後修飾(*4)です。糖鎖はグルコースなどの糖が鎖状に連なったもので血液型、ガンやウイルス感染症など様々な生命活動に深く関与しています。このため糖鎖を解明することは、新たな治療法の開発などに対してブレイクスルーとなる可能性を秘めています。しかし、糖鎖の機能は多岐に渡り、非常に複雑であるため解析が非常に難しいことが課題でした。
Fut8は、糖転移酵素のひとつでコアフコース(*5)と呼ばれる糖鎖をタンパク質に付加する機能を持ちます。Fut8によりコアフコースが付加されたタンパク質は様々な生理機能や疾患に関与していることが明らかになっていますが、骨格筋に対する作用は不明でした。しかし、Fut8に異常がある個体は、著しい発育不全、脊椎の彎曲、筋緊張低下など筋疾患に類似した症状が現れることに注目し、我々は骨格筋におけるFut8の機能をゼブラフィッシュを用いて解明しました。
内容
本研究では、ゼブラフィッシュと呼ばれる小型の魚類を用いて、骨格筋の発生におけるFut8の機能を解析しました。ゼブラフィッシュは、胚が透明であり発生の観察が容易であること、モルフォリノアンチセンスオリゴ*6と呼ばれる物質を受精卵に注射することで容易に遺伝子の発現抑制を行うことが可能であるため発生の研究に広く使用されています。
fut8に対するモルフォリノを受精卵に注射したところ、fut8の発現が低下したゼブラフィッシュは低濃度のモルフォリノでも背骨が彎曲するなど骨格に異常がおこりました。また、稚魚の多くが受精後48時間の孵化するタイミングで死亡するなど非常に重篤な表現型を示しました。形態を解析すると、fut8 のモルフォリノが注入された個体の体躯は哺乳類の腱に相当するマイオセプタにおいて器官に断裂がおこり、サルコメアと呼ばれる筋肉の最小単位の配列が乱れていました。次に、C2C12細胞と呼ばれる株化骨格筋前駆細胞を筋分化させるとFut8の遺伝子の発現が上昇し、コアフコースが付加されたタンパク質が急激に増加することを明らかとしました。最後に、筋分化におけるFut8の重要性を示すために、タンパク質へのフコース修飾の阻害剤である2-Fluorofucose(2FF)を添加した状態で筋分化を誘導すると、筋分化が有意に抑制されました。以上の結果は、筋発生および筋分化にFut8が重要な因子であることを示しています。
今後の展開
今回、我々の研究グループは Fut8が骨格筋の発生に重要であることを初めて明らかにしました。骨格筋量の維持は健康寿命と正の相関があるため、サルコペニアといった筋肉が萎縮する疾患に対する治療法の開発が急がれています。骨格筋の発生は再生と過程が似ているため、本研究を将来さらに発展させることで筋萎縮を示す疾患や筋損傷がおこる疾患に対する治療法の開発に繋がることが期待されます。
研究者のコメント
近年、健康志向の高まりにより筋肉が注目されています。筋肉は、人体の臓器の中で一番の大きさをもち、運動だけでなくエネルギーの貯蔵など様々側面と機能をもつ重要な器官です。私は筋肉を解明することで社会が健康でより豊かになることを目指しています。
コアフコースをもつ糖タンパク質は、肝がん腫瘍マーカーが有名です。また免疫グロブリンのひとつであるIgGのコアフコースを除去すると、抗体依存性細胞障害活性が50-100倍に増加するため抗がん治療用抗体に応用されています。他にもCOVID-19の重症化などにも関与していると言われており今後さらに注目される領域です。今後は骨格筋に対しても注目されるように頑張ります。
用語解説
*1 糖転移酵素: 糖鎖付加に関与する酵素。200種類以上の糖転移酵素が存在する。
*2 Fut8:N結合型糖鎖の根本のN-アセチルグルコサミンの6位にフコースを1つ付加させる糖転移酵素。
注)文中の表記の違いについて、Fut8はゼブラフィッシュのタンパク質、Fut8はマウスの遺伝子、fut8はゼブラフィッシュの遺伝子を示す。
*3 ゼブラフィッシュ:インド原産の小型魚類。発生の研究によく使用される。
*4 翻訳後修飾:翻訳後のタンパク質が、糖鎖・リン酸・メチル期などの付加を受けること。
*5 コアフコース:タンパク質に結合した糖鎖の根本にあるフコース。哺乳動物においてコアフコースはα1.6のみをさす。
*6 モルフォリノアンチセンスオリゴ:モルフォリノ環が付加されたオリゴDNA。マイクロインジェクションを用いて受精卵に導入することで特定の遺伝子の発現を特異的に阻害できる。
原著論文
本研究はCells誌のオンライン版で(2022年12月29日付)先行公開されました。
タイトル:α-1,6-Fucosyltransferase Is Essential for Myogenesis in Zebrafish
タイトル(日本語訳):α-1,6-Fucosyltransferaseはゼブラフィッシュの筋発生に重要である
著者:林地のぞみ 1)*、川原玄理 2)*、徐興 3)、福田友彦 3), オレリアン・ケレベール 4)、顧建国 3)、林由起子 2)+、平澤恵理 4)+ *equally contributed first +責任著者
著者所属:1)順天堂大学大学院医学研究科ゲノム再生医療センター、2)東京医科大学病態生理学分野、3)東北医科薬科大学薬学部細胞制御学、4)順天堂大学大学院医学研究科老人性疾患病態治療研究センター
DOI: 10.3390/cells12010144.
本研究はJSPS科研費18K15130,22K17785,および文部科学省卓越研究員事業の支援を受け多施設との共同研究の基に実施されました。
- ゼブラフィッシュを用いてFut8が筋発生に重要な因子であることを世界で初めて証明した
- 株化骨格筋前駆細胞であるC2C12細胞を用いて、筋管形成におけるフコース修飾の重要性を確認した
- 将来Fut8を介した疾患の治療法開発が期待される
背景
糖鎖修飾とは、タンパク質に糖を付加することで多様な機能を与える翻訳後修飾(*4)です。糖鎖はグルコースなどの糖が鎖状に連なったもので血液型、ガンやウイルス感染症など様々な生命活動に深く関与しています。このため糖鎖を解明することは、新たな治療法の開発などに対してブレイクスルーとなる可能性を秘めています。しかし、糖鎖の機能は多岐に渡り、非常に複雑であるため解析が非常に難しいことが課題でした。
Fut8は、糖転移酵素のひとつでコアフコース(*5)と呼ばれる糖鎖をタンパク質に付加する機能を持ちます。Fut8によりコアフコースが付加されたタンパク質は様々な生理機能や疾患に関与していることが明らかになっていますが、骨格筋に対する作用は不明でした。しかし、Fut8に異常がある個体は、著しい発育不全、脊椎の彎曲、筋緊張低下など筋疾患に類似した症状が現れることに注目し、我々は骨格筋におけるFut8の機能をゼブラフィッシュを用いて解明しました。
内容
本研究では、ゼブラフィッシュと呼ばれる小型の魚類を用いて、骨格筋の発生におけるFut8の機能を解析しました。ゼブラフィッシュは、胚が透明であり発生の観察が容易であること、モルフォリノアンチセンスオリゴ*6と呼ばれる物質を受精卵に注射することで容易に遺伝子の発現抑制を行うことが可能であるため発生の研究に広く使用されています。
fut8に対するモルフォリノを受精卵に注射したところ、fut8の発現が低下したゼブラフィッシュは低濃度のモルフォリノでも背骨が彎曲するなど骨格に異常がおこりました。また、稚魚の多くが受精後48時間の孵化するタイミングで死亡するなど非常に重篤な表現型を示しました。形態を解析すると、fut8 のモルフォリノが注入された個体の体躯は哺乳類の腱に相当するマイオセプタにおいて器官に断裂がおこり、サルコメアと呼ばれる筋肉の最小単位の配列が乱れていました。次に、C2C12細胞と呼ばれる株化骨格筋前駆細胞を筋分化させるとFut8の遺伝子の発現が上昇し、コアフコースが付加されたタンパク質が急激に増加することを明らかとしました。最後に、筋分化におけるFut8の重要性を示すために、タンパク質へのフコース修飾の阻害剤である2-Fluorofucose(2FF)を添加した状態で筋分化を誘導すると、筋分化が有意に抑制されました。以上の結果は、筋発生および筋分化にFut8が重要な因子であることを示しています。
今後の展開
今回、我々の研究グループは Fut8が骨格筋の発生に重要であることを初めて明らかにしました。骨格筋量の維持は健康寿命と正の相関があるため、サルコペニアといった筋肉が萎縮する疾患に対する治療法の開発が急がれています。骨格筋の発生は再生と過程が似ているため、本研究を将来さらに発展させることで筋萎縮を示す疾患や筋損傷がおこる疾患に対する治療法の開発に繋がることが期待されます。
研究者のコメント
近年、健康志向の高まりにより筋肉が注目されています。筋肉は、人体の臓器の中で一番の大きさをもち、運動だけでなくエネルギーの貯蔵など様々側面と機能をもつ重要な器官です。私は筋肉を解明することで社会が健康でより豊かになることを目指しています。
コアフコースをもつ糖タンパク質は、肝がん腫瘍マーカーが有名です。また免疫グロブリンのひとつであるIgGのコアフコースを除去すると、抗体依存性細胞障害活性が50-100倍に増加するため抗がん治療用抗体に応用されています。他にもCOVID-19の重症化などにも関与していると言われており今後さらに注目される領域です。今後は骨格筋に対しても注目されるように頑張ります。
用語解説
*1 糖転移酵素: 糖鎖付加に関与する酵素。200種類以上の糖転移酵素が存在する。
*2 Fut8:N結合型糖鎖の根本のN-アセチルグルコサミンの6位にフコースを1つ付加させる糖転移酵素。
注)文中の表記の違いについて、Fut8はゼブラフィッシュのタンパク質、Fut8はマウスの遺伝子、fut8はゼブラフィッシュの遺伝子を示す。
*3 ゼブラフィッシュ:インド原産の小型魚類。発生の研究によく使用される。
*4 翻訳後修飾:翻訳後のタンパク質が、糖鎖・リン酸・メチル期などの付加を受けること。
*5 コアフコース:タンパク質に結合した糖鎖の根本にあるフコース。哺乳動物においてコアフコースはα1.6のみをさす。
*6 モルフォリノアンチセンスオリゴ:モルフォリノ環が付加されたオリゴDNA。マイクロインジェクションを用いて受精卵に導入することで特定の遺伝子の発現を特異的に阻害できる。
原著論文
本研究はCells誌のオンライン版で(2022年12月29日付)先行公開されました。
タイトル:α-1,6-Fucosyltransferase Is Essential for Myogenesis in Zebrafish
タイトル(日本語訳):α-1,6-Fucosyltransferaseはゼブラフィッシュの筋発生に重要である
著者:林地のぞみ 1)*、川原玄理 2)*、徐興 3)、福田友彦 3), オレリアン・ケレベール 4)、顧建国 3)、林由起子 2)+、平澤恵理 4)+ *equally contributed first +責任著者
著者所属:1)順天堂大学大学院医学研究科ゲノム再生医療センター、2)東京医科大学病態生理学分野、3)東北医科薬科大学薬学部細胞制御学、4)順天堂大学大学院医学研究科老人性疾患病態治療研究センター
DOI: 10.3390/cells12010144.
本研究はJSPS科研費18K15130,22K17785,および文部科学省卓越研究員事業の支援を受け多施設との共同研究の基に実施されました。
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