妊婦の揮発性有機化合物へのばく露と生まれた子どもの1歳時の精神運動発達との関連について:子どもの健康と環境に関する全国調査(エコチル調査)

 エコチル調査千葉ユニットセンター(千葉大学予防医学センター)中岡宏子准教授、久田文助教らの研究チームは、エコチル調査の約72,000人の質問票による調査データを用いて、妊婦のホルマリンやホルムアルデヒド(注1)などの揮発性有機化合物へのばく露が、生まれた子どもの精神運動発達(注2)に与える影響について解析を行いました。その結果、妊婦が仕事でホルマリン・ホルムアルデヒドを扱う機会が多い場合、生まれた子どもの1歳時の精神運動発達のうち特定の領域で遅れが出る可能性が示唆されました。今後、生まれた子どもの1歳以降の発達にどのような影響を与えるか、調査を続けていくことが必要です。
 本研究の成果は、令和3年6月28日付でElsevierから刊行される環境分野の学術誌「Science of the Total Environment」に掲載されました。
※本研究の内容は、すべて著者の意見であり、環境省及び国立環境研究所の見解ではありません。
  • 発表のポイント
1.本研究では妊婦の揮発性有機物へのばく露と生まれた子どもの1歳時の精神運動発達の遅れとの関係について解析を行った。
2.大規模コホート調査であるエコチル全国調査の約72,000組の母子のデータを使用して解析を行った。
3.妊婦がばく露する環境中の化学物質が、生まれた子どもの精神運動発達に影響を与える可能性を仮定し、本研究を実施した。
4.妊婦がホルマリン、ホルムアルデヒドに仕事でばく露すると、生まれた子どもの精神運動発達の遅れに影響を与える可能性が示唆された。
5.生まれた子どもの1歳以降の発達にどのような影響を与えるかについて、今後の調査が待たれる。
  • 研究の背景
 子どもの健康と環境に関する全国調査(以下、「エコチル調査」)は、胎児期から小児期にかけての化学物質ばく露が子どもの健康に与える影響を明らかにするために、平成22(2010)年度より全国で10万組の親子を対象として開始した、大規模かつ長期にわたる出生コホート調査です。母体血や臍帯血、母乳等の生体試料を採取保存・分析するとともに、追跡調査を行い、子どもの健康に影響を与える環境要因を明らかにすることとしています。
 エコチル調査は、国立環境研究所に研究の中心機関としてコアセンターを、国立成育医療研究センターに医学的支援のためのメディカルサポートセンターを、また、日本の各地域で調査を行うために公募で選定された15の大学に地域の調査の拠点となるユニットセンターを設置し、環境省と共に各関係機関が協働して実施しています。
 近年、胎児期や出生後の環境が子どもの将来の疾病の発症に関与するというDOHaD説についての研究が進み、胎児期の環境の重要性が認識されてきています。また、いくつかの疫学調査では胎児期の環境化学物質ばく露が子どもの精神運動発達に影響を及ぼすかもしれないことが示唆されています。
 揮発性有機化合物は常温で揮発し空気中に存在する化学物質で、家の建材、家具に使用されている接着剤や塗料、車のガソリンや洗剤、化粧品などの日用品などから放散されています。空気中でこれらの物質が高い濃度の場合、人間の健康に影響を及ぼすことがあることは知られていますが、妊婦が環境中あるいは仕事でこれらの化学物質にさらされた場合、生まれた子どもの精神運動発達にどのような影響があるかは解明されていません。
  • 研究内容と成果
 本研究ではエコチル調査の約72,000組の母子のデータを使用して、妊婦が日常生活で、あるいは仕事で揮発性有機化合物を扱う機会が多い場合、生まれた子どもの1歳時の精神運動発達に影響がみられるかどうか解析を試みました。
 エコチル調査では、妊婦に対し、日常生活において「車のセルフ給油を行う頻度」、「塗料・シンナー等の有無」、「自宅の新築や改装の有無」、また、仕事において「灯油・ガソリン・油性マジック・水性ペイント・有機溶剤・コピー機・ホルムアルデヒド等を扱う機会の有無や頻度」について調査しています。また、生まれた子どもが1歳の時の質問紙でJ-ASQ-3(注3)を使用して精神運動発達を評価しています。
 調査の結果、仕事で週に1回以上「灯油・ガソリン等」を扱う機会のあった妊婦は2,399人(3.3%)、「油性マジック」10,070人(14.0%)、「水性ペイント」7,236人(10.2%)、「インクジェットプリンター」1,042人(1.5%)、「ホルマリン・ホルムアルデヒド」は161人(0.2%)でした。本研究においてこれらのデータを解析したところ、仕事でホルマリン・ホルムアルデヒドを扱う機会が週に1回以上あった妊婦から生まれた子どもは、扱う機会がほとんどなかった妊婦から生まれた子どもに比べて1歳時の「問題解決領域」(手順を考えて行動するなど)でオッズ比(注4)1.76(95%信頼区間0.99-3.12)、「個人ー社会領域」(他人とのやり取りに関する行動など)でオッズ比3.32 (95%信頼区間1.46-7.55)で、発達の遅れが起こりやすくなる傾向が見られました。(参考図)
  • 今後の展開
 本研究では妊婦の化学物質ばく露により生まれた子どもの1歳時の精神運動発達に遅れが出る可能性が示唆されました。ただし、妊婦に対する質問票からの解析のため、実際に妊婦がどれくらいの濃度の化学物質にさらされたのかは本研究においては明らかになっていません。また、生まれた子どもの1歳時点の発達の傾向のみならず、その後の子どもの発達にどのような影響を与えるか調査を続けていくことが必要です。
 今後の調査で、子どもの発達や健康に影響を与える化学物質等の環境要因がさらに明らかになることが期待されます。
  • 参考図

 妊婦のホルムアルデヒドばく露と生まれた子どもの1歳時の精神運動発達の関係。 妊婦のホルムアルデヒドばく露と生まれた子どもの1歳時の精神運動発達の関係。

 エコチル調査の約72,000組の母子のデータを用いて、妊婦が仕事でホルマリン、ホルムアルデヒドを扱う機会が多い場合、生まれた子どもの精神運動発達が特定の領域において遅れが出る可能性が示唆された。
  • 用語解説
(注1)ホルマリン・ホルムアルデヒド:常温で空気中に揮発する揮発性有機化学物質の一種。接着剤や塗料、防腐剤などに用いられる。ホルマリンはホルムアルデヒドの水溶液で、生物の標本作製のための固定・防腐処理に使用されることが多い。
(注2)精神運動発達:それぞれの年齢時の発達の度合い。本研究ではJ-ASQ-3(注3)の5領域、粗大運動(立つ、歩くなど)、微細運動(指先で物をつかむなど)、コミュニケーション(話す、聞くなど)、問題解決(手順を考えて行動するなど)、個人・社会(他人とのやり取りに関する行動など)を指標として評価した。
(注3)J-ASQ-3:米国で開発された乳幼児の発達評価ツールASQ第3版の日本語版。保護者が記入して評価が行われる。
(注4)オッズ比: 2つの異なる群で比較してある事象の起こりやすさを示す見込み比。オッズ比が1の場合は2つの群で起こりやすさは同じである。
  • 発表論文
題名(英語):Associations between prenatal exposure to volatile organic compounds and neurodevelopment in 12-month-old children: The Japan Environment and Children's Study (JECS)
著者名(英語):Hiroko Nakaoka1,2, Aya Hisada1, Daisuke Matsuzawa3, Midori Yamamoto1, Chisato Mori1,2 and the Japan Environment and Children’s Study Group4
1中岡宏子、久田文、山本緑、森千里:千葉大学予防医学センター
2中岡宏子、森千里:千葉大学大学院医学研究院環境生命医学
3松澤大輔:千葉大学子どものこころの発達教育研究センター
4JECSグループ:コアセンター長、メディカルサポートセンター代表、各ユニットセンター長
掲載誌:Science of the Total Environment
DOI:https://doi.org/10.1016/j.scitotenv.2021.148643
※以下、メディア関係者限定の特記情報です。個人のSNS等での情報公開はご遠慮ください。
このプレスリリースには、メディア関係者向けの情報があります。

メディアユーザー登録を行うと、企業担当者の連絡先や、イベント・記者会見の情報など様々な特記情報を閲覧できます。
※内容はプレスリリースにより異なります。

  1. プレスリリース >
  2. 国立大学法人千葉大学 >
  3. 妊婦の揮発性有機化合物へのばく露と生まれた子どもの1歳時の精神運動発達との関連について:子どもの健康と環境に関する全国調査(エコチル調査)