世界最大規模の“模擬宇宙”を公開 ~宇宙の大規模構造と銀河形成の解明に向けて~
現在、国立天文台のすばる望遠鏡などを用いた大規模天体サーベイ観測が進められていますが、観測から多くの情報を引き出し検証するには、銀河や活動銀河核の巨大な模擬カタログ(注2)が必要です。本データはそのための基礎データとして位置づけられ、宇宙の大規模構造と銀河形成の解明に向けた研究に役立てられます。
本研究の成果は、2021年9月に英国王立天文学会発行のMonthly Notices of the Royal Astronomical Society 誌に掲載されました。
シミュレーションを用いて、銀河形成のもととなる「ハロー」が形成されていく様子を動画化したものの一部。※ ムービー全体はhttps://youtu.be/R7nV6JEMGAoに掲載。画像は47秒時点。(クレジット:石山智明、中山弘敬、国立天文台4次元デジタル宇宙プロジェクト)
- 背景
宇宙には、われわれが直接目にすることができるバリオン(注3)と呼ばれる物質に対し、目に見えないダークマターと呼ばれる物質が質量換算で5~6倍程度存在しています。ダークマターは重力のみが作用し、宇宙の重力的な構造形成、進化の主要な役割を果たしています。ダークマターはその重力により「ハロー」とよばれる塊のような巨大な構造をつくりますが、このハローの重力によって集まったバリオンのガスがその中心部で収縮して星が誕生し、銀河や銀河団などの巨大な天体が形成したと考えられています。またハロー同士が合体し、それに続いて内部の銀河同士が合体すると、大量のガスが銀河中心に存在するブラックホールに供給され、ブラックホールが成長するとともに、ブラックホールを取り巻くガスが強い電磁波を放射する活動銀河核として光り輝いたと考えられています。
ハローの中で銀河や活動銀河核といった天体がどのように生まれ進化し、宇宙の大規模構造を形成してきたのか、その詳細なプロセスは天文学の大きな謎の一つです。これらの謎の解明に向けて、現在国立天文台ハワイ観測所が運用するすばる望遠鏡などを用いた大規模天体サーベイ観測が進められています。しかし、観測から多くの情報を引き出し検証するには、理論的な枠組みで構築した銀河や活動銀河核の巨大な模擬カタログ、そしてその土台となる大規模な構造形成シミュレーションが必要です。
構造形成シミュレーションでは、宇宙初期の微小なダークマター密度揺らぎ(注4)を多数の粒子で表現し、粒子間にはたらく重力を計算することによって、ハローや大規模構造がどのように形成、進化してきたのかを追います。ダークマター粒子数が多いほどより広大な空間を表現でき、また粒子の質量を小さくしてより細かい構造を分解できますが、巨大なスーパーコンピュータや、効率よく重力を計算できるシミュレーションコードが必要です。これまで世界中で行われてきたシミュレーションでは空間体積か質量分解能かのどちらかが不足していて、観測と直接比較するのが困難でした。計算資源が限られていたり、コードの性能が不十分だったりして、構造形成シミュレーションに用いるダークマター粒子数が不足していたためです。
- 研究の内容
千葉大学とアンダルシア天体物理学研究所 (スペイン) を中心とし、バージニア大学 (米国)、スウィンバーン工科大学 (オーストラリア)、ボローニャ大学 (イタリア)、エクス=マルセイユ大学 (フランス)、欧州宇宙天文学センター (スペイン)、ラ・プラタ大学 (アルゼンチン)、ラ・セレナ大学 (チリ) の研究者から構成される国際研究チームは、国立天文台のスーパーコンピュータ「アテルイII」の全システムである40,200のCPUコアを用いる「大規模実行」(XC-S)によって、世界最大規模のダークマター構造形成シミュレーションに成功しました。
“ Uchuu (宇宙)” と名付けられたこのシミュレーションでは、一辺96億光年にわたる広大な空間体積と、高精度な模擬カタログの作成に必要な質量分解能を両立し、従来の問題を解決しました(図1) 。このシミュレーションでは、2.1兆体の粒子を用いて矮小銀河から巨大銀河団までのスケールの構造形成や進化を追うことを可能としました。アテルイⅡで行われた最大規模の数値計算であり、かつ世界最大規模の宇宙の構造形成シミュレーションです。シミュレーションやデータ解析にあたり、コードを並列計算のために最適化させ、40,200 並列でも効率よく動くようにしました。
図1 : Uchuuシミュレーションで得られた現在の宇宙でのダークマター分布。明るい色の部分ほどダークマターが多く集まっている。図中の囲みはこのシミュレーションで形成した一番大きい銀河団サイズのハローを中心とする領域を順々に拡大しており、最後の図は一辺約0.5億光年に相当する。(クレジット: 石山智明)
このシミュレーションの全データは3ペタバイト (1ペタは10の15乗) にも及びましたが、研究チームは高性能計算技術を駆使して大幅に圧縮し、ハローの形成と進化の情報に縮約した100テラバイト(1テラは10の12乗)程度のデータを、誰もが容易に扱える形式でインターネットクラウド上に公開しました(参考資料)。本データを基にして、今後のすばる望遠鏡をはじめとする世界中のさまざまな大規模天体サーベイ観測データとの比較検証において有用な模擬カタログの整備が加速されることと期待されます。
研究グループでも模擬カタログの作成を進めています。近くインターネット上に公開され、宇宙の大規模構造と銀河形成の解明に向けた研究に幅広く役立てられることが期待されます。例えば、現在から約130億年前に銀河系と同程度の質量のハローが既に無数に形成されていて(図2)、銀河系やアンドロメダ銀河のような銀河が既に存在し、その中心には超巨大ブラックホールが存在していたかもしれません。またこのような初期の宇宙における銀河、活動銀河核の一部は、銀河団や、約100億年前に宇宙で観測される原始銀河団など、非常に大質量の天体に進化したかもしれません。シミュレーションのデータを用いることで、天体の空間分布やその偏りを従来に比べ格段に良い精度で評価でき、観測との比較を通じて、これら天体がどのように形成してきたかを検証できます。本研究をリードした千葉大学の石山智明准教授は「一つの天体の進化を観測で追い続けるのは困難ですが、このシミュレーションでは進化をたどることができます。シミュレーションの中で進化する銀河を観察することで、銀河団やその中に存在する銀河団銀河の形成、進化のプロセスに関する理解への寄与が期待されます」と本研究の意義と期待を述べています。
図2 : シミュレーションが予言する、ある質量幅に存在するハローの数の時間進化。 横軸はハローの質量で、各丸と三角から横に伸びる棒がハロー質量の範囲を表す。縦軸は一辺約96億光年の立方体あたりのハローの数を表す。図上部のグラデーションはその質量のハロー内部に存在する天体を表す。また、図中の灰色の部分は、ハロー・星・ガスをあわせた銀河系の総質量を示している。(クレジット:石山智明)
- 参考資料
以下のWEBサイトで公開されており、世界のどこでも研究・教育等に使用することができます。
http://skiesanduniverses.org/Simulations/Uchuu/
【動画】
シミュレーションで形成した一番大きい銀河団サイズのハローを中心とする領域のダークマター分布を可視化したムービー。初期密度揺らぎが重力で成長し無数のダークマターハローが形成する様子と (47秒まで)、現在時刻におけるそのハロー周辺の様子 (47秒以降)。(クレジット:石山智明、中山弘敬、国立天文台4次元デジタル宇宙プロジェクト)
- 用語解説
国立天文台天文シミュレーションプロジェクト(https://www.cfca.nao.ac.jp)が運用する天文学専用のスーパーコンピュータ(Cray XC50)。理論演算性能は3.087ペタフロップス (1ペタは10の15乗、フロップスはコンピュータが1秒間に処理可能な演算回数を示す単位) で、天文学の数値計算専用機としては世界最速である。岩手県奥州市にある国立天文台水沢キャンパスに設置されており、平安時代に活躍したこの土地の英雄アテルイにあやかり命名された。「勇猛果敢に宇宙の謎に挑んで欲しい」という願いが込められている。
注2)模擬カタログ
理論的な枠組みで構築した銀河や活動銀河核などの天体のデータセット。構造形成シミュレーションで計算したハローの形成、進化の情報を基にして、ハローの中で生まれるさまざまな天体の性質が計算されている。天体のスペクトルなどの情報の他に、ハローの性質や星形成史などの情報が含まれる。観測された天体との比較を通じて、観測が困難なハローの性質や、天体の進化の情報を引き出すことができる。
注3)バリオン
物質の最小単位とされる素粒子の1種に「クォーク」があるが、バリオンは3つのクォークにより構成される粒子の総称。アップクォーク2つとダウンクォーク1つから陽子、アップクォーク1つとダウンクォーク2つから中性子ができる。
注4)密度揺らぎ
宇宙初期に物質は空間に一様に存在せず、密度が平均よりわずかに高いところや低いところのように非常に小さなむらがあり、それを密度揺らぎと呼ぶ。密度がわずかに高かったところは重力によって周囲の物質が徐々に集まっていき、ハローや銀河が誕生する。
- 論文情報
タイトル: The Uchuu simulations: Data Release 1 and dark matter halo concentrations
著者: Tomoaki Ishiyama, Francisco Prada, Anatoly A Klypin, Manodeep Sinha, R Benton Metcalf, Eric Jullo, Bruno Altieri, Sofía A Cora, Darren Croton, Sylvain de la Torre, David E Millán-Calero, Taira Oogi, José Ruedas, Cristian A Vega-Martínez
DOI: 10.1093/mnras/stab1755
URL: https://academic.oup.com/mnras/article/506/3/4210/6307536
- 研究プロジェクトについて
このプレスリリースには、メディア関係者向けの情報があります
メディアユーザー登録を行うと、企業担当者の連絡先や、イベント・記者会見の情報など様々な特記情報を閲覧できます。※内容はプレスリリースにより異なります。
すべての画像