【国立科学博物館】サクラマスの感覚が短期間で鈍る可能性~魚類の飼育方法に一石を投じるデータ~
独立行政法人国立科学博物館(館長:篠田謙一)の中江雅典研究主幹(動物研究部脊椎動物研究グループ)は、国立研究開発法人水産研究・教育機構の長谷川功主任研究員と宮本幸太主任研究員との研究グループにて、13世代以上継代飼育*1されたサケ科サクラマスの側線系(水流や振動を感知する感覚器)の受容器数が、野生魚よりも約10%減少していることを発見しました。魚類が人工的な環境で比較的短期間に感覚器の受容器数を減少させている実例であり、魚類の人工繁殖方法あるいは飼育方法の改善への基礎的データを提供するものです。この研究成果は2022年10月6日に国際科学誌「Scientific Reports」に掲載されました。
- 研究のポイント
・同じく約38世代にわたり継代飼育されたヤマメ(サクラマスの河川型)でも同様の傾向があることがわかりました。
・さらに、サクラマスの降海型(尻別川水系)と河川型(多摩川水系)との受容器数の違いよりも、野生魚と継代飼育魚との違いの方が大きいことも発見しました。
・継代飼育魚の自然環境下での生存率の低さは、側線系の受容器数が少ないことも影響している可能性があります。
*1継代飼育:生物を何世代にもわたって飼育下で繁殖させること。野外から採集し、飼育を開始した個体から生まれた子をF1、F1の子をF2....と呼ぶ。
- 研究の背景
米国の人工的な環境で何世代も継代飼育されたニジマスにおいて、側線系の受容器数が野生魚よりも減少していることが2013年に報告されました。しかし、この報告・研究では継代飼育の世代数が不明確であり、継代飼育魚の産地が野生魚と異なっていました。また、側線系の受容器を全身ではなく約半数の要素でのみ観察・計数しているとの問題点がありました。
そこで、日本産のサクラマスにおいて、継代飼育魚の世代数や由来が明確な個体を用いて全身の側線系の受容器を観察・計数し、実際に継代飼育魚で側線系の受容器数が減少しているか否か、厳密に検証しました。
- 研究の内容
その結果、約13世代にわたり継代飼育されたサクラマスでは、側線系の受容器数が、野生魚よりも10%程度少なくなっていることを見出しました(図3)。また、約38世代にわたり継代飼育されたヤマメ(サクラマスの河川型)でも同様の傾向があることがわかりました。さらに、サクラマスの降海型(尻別川水系)とヤマメ(サクラマスの河川型:多摩川水系)との受容器数の違いよりも、野生魚と継代飼育魚との違いの方が大きいことも発見しました(図4、5)。
注)側線系の受容器は、頭部の骨や鱗の中空の管(側線管)の中に位置する管器感丘(Canal Neuromast:CN)と、皮膚や鱗の表面に位置する遊離感丘・表面感丘(Superficial Neuromast: SN)の2タイプがある。機能は重複するものの、基本的に管器感丘(CN)は水の振動や加速度を感知し、遊離感丘(SN)は水の流れる速度を感知すると言われる。
- 当研究成果から期待されること、今後の課題
*2表現型:生物の個体が形質として発現させた形態的・機能的・生理的特性であり、遺伝子型と環境の相互作用により表出する。
- 発表論文
(継代飼育サクラマスの家畜化は側線系受容器数の有意な減少を引き起こす)
著者:中江雅典(国立科学博物館)・長谷川功・宮本幸太(水産研究・教育機構)
掲載誌:Scientific Reports
(URL) https://doi.org/10.1038/s41598-022-21195-3
本研究は、科学研究費補助金(17H03859、19K06214および26840132;研究代表者中江)の支援および国立科学博物館の総合研究「環境変動と生物変化に関する実証的研究」の研究費を受けて行われました。
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