デュピルマブ治療によるアトピー性皮膚炎の瘙痒関連事象への影響
― 臨床における治療効果判定への有用性 ―
順天堂大学大学院医学研究科環境医学研究所・順天堂かゆみ研究センターの岸龍馬 大学院生、外山扇雅 特任助教、髙森建二 特任教授らの研究グループは、アトピー性皮膚炎の治療におけるデュピルマブ(*1)治療効果を判定できる要素を発見しました。
これまで、デュピルマブがアトピー性皮膚炎のかゆみを鎮めることは知られていましたが、その治療効果を判定できていませんでした。研究グループがデュピルマブ投与前後のアトピー性皮膚炎患者の皮膚及び血清を用いて解析を行った結果、血清中thymus and activation-regulated chemokine (TARC)( *2)、インターロイキン(IL)-22(*3)濃度及び表皮肥厚度合いによって治療効果が判定できることが判明しました。また本研究の副産物として、血清中IL-31(*4)濃度がアトピー性皮膚炎患者の表皮内神経線維数(*5)を反映することも明らかとなり、皮膚を採取しなくても血液中のIL-31量を調べることで、表皮内神経の密度を推定し、かゆみ過敏状態の有無を推測できることが臨床的に可能になりました。本論文は、Cells誌のオンライン版で公開されました。
本研究成果のポイント
背景
アトピー性皮膚炎は増悪と寛解を繰り返し、強いかゆみのある湿疹を主病変とする慢性炎症性皮膚疾患です。アトピー性皮膚炎の治療法は一般的にはステロイド外用、免疫抑制療法、光線療法などの全身的療法ですが、副作用の観点から長期使用には限界があります。また、アトピー性皮膚炎のかゆみは既存薬が奏功し難い難治性かゆみですが、難治性かゆみを制御する方法はほとんどなく、新たな予防及び治療法の開発が切望されています。近年登場したヒト型抗ヒトIL-4/13受容体モノクローナル抗体であるデュピルマブはアトピー性皮膚炎治療に用いられており、アトピー性皮膚炎の症状、なかでもかゆみに効果があることが知られています。しかしながら、デュピルマブ投与に伴うかゆみ症状の変化と血清バイオマーカー量、表皮内神経線維数、表皮肥厚度合いの相関関係は不明でした。そこで研究グループはデュピルマブ投与前後のアトピー性皮膚炎におけるかゆみに関連する要素の変化を解明することを目的に患者の皮膚及び血液を採取し、組織学的解析及び血清中のサイトカイン・ケモカイン・immunoglobulin (Ig)Eの濃度を測定しました。
内容
本研究では、12人のアトピー性皮膚炎患者を対象に、デュピルマブ投与前及び投与後8週、16週に皮膚及び血液を採取し、解析を行いました。その結果、デュピルマブ投与により臨床症状(visual analogue scale (VAS) (*6) スコア及びeczema area and severity index (EASI)(*7)スコア)が改善しました。また、皮膚を用いた組織学的検討により、表皮肥厚が減少し、表皮内神経線維数は減少した群・変化がない群・増加した群の3つに分けることができました。また、血清中のTARC、IgE、IL-22濃度はデュピルマブ投与後、有意に減少しました。表皮肥厚と血清中IL-22濃度の間には、正の相関が認められ、VAS及びEASIとTARC、IL-22濃度及び表皮肥厚の間に正の相関が認められました。表皮内神経線維数とIL-31濃度も正の相関が認められました。
以上の結果から、アトピー性皮膚炎における血清中IL-31濃度が表皮内神経線維数を反映し、血清中TARC、IL-22濃度及び表皮肥厚度合いがデュピルマブ治療の効果判定要素となり得ることが明らかになりました(図)。
図:アトピー性皮膚炎におけるデュピルマブの治療効果判定要素
リンパ球や樹状細胞等はIL-4により刺激され、TARCの産生を誘導する。TARCはTh22細胞(*8)に発現するCCR4(*9)と結合しIL-22を産生し、表皮細胞に発現するIL-22受容体に結合し表皮肥厚が生じる。デュピルマブはIL-4、IL-13の受容体を阻害する。今回の研究で、アトピー性皮膚炎患者にデュピルマブを投与し、血液及び皮膚を採取し解析したところ、デュピルマブ投与治療後の血液中TARC及びIL-22濃度や表皮肥厚度合いが減少したことから、これらが治療効果を判定する要素であることが示唆された。また、血中IL-31濃度は表皮内神経線維数を反映することが示唆され、かゆみ過敏の有無を推測できる。
今後の展開
今回、研究グループはアトピー性皮膚炎におけるデュピルマブ治療によるかゆみに関連する変化要素を解明しました。今後はデュピルマブによってかゆみが改善される機序の解明を目指していきます。また、血中IL-31濃度が表皮内神経線維数の指標になることがわかったため、アトピー性皮膚炎患者に抗IL-31受容体Aモノクローナル抗体を投与した前後で表皮内神経線維数がどのように変化するかなど、IL-31が表皮内神経線維数におよぼす影響の解明を目指していきます。
用語解説
*1 デュピルマブ: IL-4Rαをターゲットとした抗ヒトIL-4Rαモノクローナル抗体。IL-4RαはIL-4とIL-13のシグナル伝達に関与するため、IL-4、IL-13のシグナルを阻害する。従来の治療で効果に乏しいアトピー性皮膚炎患者の皮膚炎、かゆみを改善する。
*2 thymus and activation-regulated chemokine (TARC): ケモカインの一種で樹状細胞、リンパ球などが産生し、CCR4受容体をリガンドとし、Th2細胞を遊走させる。
*3 インターロイキン(IL)-22: IL-10ファミリーに属するサイトカインで、CD4陽性T細胞等の免疫担当細胞より産生され、呼吸器、皮膚等の上皮細胞に作用する。アトピー性皮膚炎病変部ではIL-22が増生しており、表皮角化細胞の増殖を誘導し表皮肥厚を引き起こすと同時に抗菌ペプチドの産生を誘導し自然免疫に寄与する。
*4 IL-31: IL-6ファミリーのメンバーで、主にTh2細胞から産生されるサイトカイン。末梢神経に発現するIL-31受容体に作用しかゆみを誘発する。
*5 表皮内神経線維数: アトピー性皮膚炎患者では表皮内神経線維数の増生によりかゆみ過敏が関与おり、アトピー性皮膚炎における難治性のかゆみの一因と言われている。
*6 visual analogue scale (VAS): かゆみ評価の指標で100mmの線を示し、左端を「かゆみなし:0」、右端を「想像されうる最悪のかゆみ:100」として、かゆみの程度に応じて線上に印を付け、左端から印を付けた部位までの距離(mm)をかゆみの大きさとして評価する。
*7 eczema area and severity index (EASI): 皮疹の重症度の評価指標。体を「頭頚部、体幹、上肢、下肢」の大きく4つの部位に分け、それぞれの部位に認められる皮疹の面積を「全体に皮疹がある場合を100%」、「全くない場合を0%」として、0から6点でスコア化する(面積スコア)。次に、各部位における徴候(紅斑、浸潤/丘疹、掻破痕、苔癬化)の重症度を「なし:0」~「重度:3」で評価する。それらのスコアを表に記入し、重症度の合計スコアと面積スコアを掛け合わせ、さらに部位毎に異なる係数を掛けた部位毎のスコアを算出し、4部位のスコアを合計して評価する。
*8 Th22細胞: CD4陽性T細胞でIL-17を産生せず、IL-22を産生するT細胞。ケモカイン受容体であるCCR4、CCR10、CCR6を発現する。
*9 CCR4: Th2細胞、制御性T細胞、Th22細胞等に発現する、CCL17、CCL22のケモカイン受容体。
研究者のコメント
デュピルマブは従来の治療で効果に乏しいアトピー性皮膚炎の症状、なかでもかゆみに効果があることが知られています。しかしながら、デュピルマブがアトピー性皮膚炎のかゆみをコントロールする機序の全容は明らかになっていませんでした。本研究により、デュピルマブ治療によるアトピー性皮膚炎におけるかゆみに関連する要素の変化を解明しました。今回の結果により、アトピー性皮膚炎における鎮痒機序、治療効果判定要素の解明につながる研究が進むことを期待しています。
原著論文
本研究はCells誌のオンライン版に2023年1月5日付で公開されました。
タイトル: Effects of Dupilumab on Itch-Related Events in Atopic Dermatitis: Implications for Assessing Treatment Efficacy in Clinical Practice.
タイトル(日本語訳): アトピー性皮膚炎におけるデュピルマブ治療による瘙痒関連事象への影響:臨床における治療効果判定への有用性
著者:Ryoma Kishi, Sumika Toyama, Mitsutoshi Tominaga, Yayoi Kamata, Eriko Komiya, Takahide Kaneko, Yasushi Suga and Kenji Takamori
著者(日本語表記): 岸龍馬1)2)、外山扇雅1)、冨永光俊1)3)、鎌田弥生1)3)、古宮栄利子1)、金子高英2)、須賀康2)3)、髙森建二1)2)3)
著者所属:1) 順天堂大学環境医学研究所・順天堂かゆみ研究センター、2) 順天堂大学医学部付属浦安病院皮膚科、3)順天堂大学抗加齢皮膚医学研究講座
DOI: 10.3390/cells12020239.
本研究はJSPS科研費20H03568、22H02956、19K17817、21K16307の支援を受け多施設との共同研究の基に実施されました。
なお、本研究にご協力いただいた皆様には深謝いたします。
本研究成果のポイント
- デュピルマブ投与前後のアトピー性皮膚炎患者の皮膚・血液検体を用いた解析を実施
- 血清中IL-31濃度がアトピー性皮膚炎患者の表皮内神経線維数を反映していること、血清中TARC、IL-22濃度、表皮肥厚度合いによってデュピルマブの治療効果を判定できることを発見
- デュピルマブ投与による症状改善の機序を解明する足がかりに
背景
アトピー性皮膚炎は増悪と寛解を繰り返し、強いかゆみのある湿疹を主病変とする慢性炎症性皮膚疾患です。アトピー性皮膚炎の治療法は一般的にはステロイド外用、免疫抑制療法、光線療法などの全身的療法ですが、副作用の観点から長期使用には限界があります。また、アトピー性皮膚炎のかゆみは既存薬が奏功し難い難治性かゆみですが、難治性かゆみを制御する方法はほとんどなく、新たな予防及び治療法の開発が切望されています。近年登場したヒト型抗ヒトIL-4/13受容体モノクローナル抗体であるデュピルマブはアトピー性皮膚炎治療に用いられており、アトピー性皮膚炎の症状、なかでもかゆみに効果があることが知られています。しかしながら、デュピルマブ投与に伴うかゆみ症状の変化と血清バイオマーカー量、表皮内神経線維数、表皮肥厚度合いの相関関係は不明でした。そこで研究グループはデュピルマブ投与前後のアトピー性皮膚炎におけるかゆみに関連する要素の変化を解明することを目的に患者の皮膚及び血液を採取し、組織学的解析及び血清中のサイトカイン・ケモカイン・immunoglobulin (Ig)Eの濃度を測定しました。
内容
本研究では、12人のアトピー性皮膚炎患者を対象に、デュピルマブ投与前及び投与後8週、16週に皮膚及び血液を採取し、解析を行いました。その結果、デュピルマブ投与により臨床症状(visual analogue scale (VAS) (*6) スコア及びeczema area and severity index (EASI)(*7)スコア)が改善しました。また、皮膚を用いた組織学的検討により、表皮肥厚が減少し、表皮内神経線維数は減少した群・変化がない群・増加した群の3つに分けることができました。また、血清中のTARC、IgE、IL-22濃度はデュピルマブ投与後、有意に減少しました。表皮肥厚と血清中IL-22濃度の間には、正の相関が認められ、VAS及びEASIとTARC、IL-22濃度及び表皮肥厚の間に正の相関が認められました。表皮内神経線維数とIL-31濃度も正の相関が認められました。
以上の結果から、アトピー性皮膚炎における血清中IL-31濃度が表皮内神経線維数を反映し、血清中TARC、IL-22濃度及び表皮肥厚度合いがデュピルマブ治療の効果判定要素となり得ることが明らかになりました(図)。
図:アトピー性皮膚炎におけるデュピルマブの治療効果判定要素
リンパ球や樹状細胞等はIL-4により刺激され、TARCの産生を誘導する。TARCはTh22細胞(*8)に発現するCCR4(*9)と結合しIL-22を産生し、表皮細胞に発現するIL-22受容体に結合し表皮肥厚が生じる。デュピルマブはIL-4、IL-13の受容体を阻害する。今回の研究で、アトピー性皮膚炎患者にデュピルマブを投与し、血液及び皮膚を採取し解析したところ、デュピルマブ投与治療後の血液中TARC及びIL-22濃度や表皮肥厚度合いが減少したことから、これらが治療効果を判定する要素であることが示唆された。また、血中IL-31濃度は表皮内神経線維数を反映することが示唆され、かゆみ過敏の有無を推測できる。
今後の展開
今回、研究グループはアトピー性皮膚炎におけるデュピルマブ治療によるかゆみに関連する変化要素を解明しました。今後はデュピルマブによってかゆみが改善される機序の解明を目指していきます。また、血中IL-31濃度が表皮内神経線維数の指標になることがわかったため、アトピー性皮膚炎患者に抗IL-31受容体Aモノクローナル抗体を投与した前後で表皮内神経線維数がどのように変化するかなど、IL-31が表皮内神経線維数におよぼす影響の解明を目指していきます。
用語解説
*1 デュピルマブ: IL-4Rαをターゲットとした抗ヒトIL-4Rαモノクローナル抗体。IL-4RαはIL-4とIL-13のシグナル伝達に関与するため、IL-4、IL-13のシグナルを阻害する。従来の治療で効果に乏しいアトピー性皮膚炎患者の皮膚炎、かゆみを改善する。
*2 thymus and activation-regulated chemokine (TARC): ケモカインの一種で樹状細胞、リンパ球などが産生し、CCR4受容体をリガンドとし、Th2細胞を遊走させる。
*3 インターロイキン(IL)-22: IL-10ファミリーに属するサイトカインで、CD4陽性T細胞等の免疫担当細胞より産生され、呼吸器、皮膚等の上皮細胞に作用する。アトピー性皮膚炎病変部ではIL-22が増生しており、表皮角化細胞の増殖を誘導し表皮肥厚を引き起こすと同時に抗菌ペプチドの産生を誘導し自然免疫に寄与する。
*4 IL-31: IL-6ファミリーのメンバーで、主にTh2細胞から産生されるサイトカイン。末梢神経に発現するIL-31受容体に作用しかゆみを誘発する。
*5 表皮内神経線維数: アトピー性皮膚炎患者では表皮内神経線維数の増生によりかゆみ過敏が関与おり、アトピー性皮膚炎における難治性のかゆみの一因と言われている。
*6 visual analogue scale (VAS): かゆみ評価の指標で100mmの線を示し、左端を「かゆみなし:0」、右端を「想像されうる最悪のかゆみ:100」として、かゆみの程度に応じて線上に印を付け、左端から印を付けた部位までの距離(mm)をかゆみの大きさとして評価する。
*7 eczema area and severity index (EASI): 皮疹の重症度の評価指標。体を「頭頚部、体幹、上肢、下肢」の大きく4つの部位に分け、それぞれの部位に認められる皮疹の面積を「全体に皮疹がある場合を100%」、「全くない場合を0%」として、0から6点でスコア化する(面積スコア)。次に、各部位における徴候(紅斑、浸潤/丘疹、掻破痕、苔癬化)の重症度を「なし:0」~「重度:3」で評価する。それらのスコアを表に記入し、重症度の合計スコアと面積スコアを掛け合わせ、さらに部位毎に異なる係数を掛けた部位毎のスコアを算出し、4部位のスコアを合計して評価する。
*8 Th22細胞: CD4陽性T細胞でIL-17を産生せず、IL-22を産生するT細胞。ケモカイン受容体であるCCR4、CCR10、CCR6を発現する。
*9 CCR4: Th2細胞、制御性T細胞、Th22細胞等に発現する、CCL17、CCL22のケモカイン受容体。
研究者のコメント
デュピルマブは従来の治療で効果に乏しいアトピー性皮膚炎の症状、なかでもかゆみに効果があることが知られています。しかしながら、デュピルマブがアトピー性皮膚炎のかゆみをコントロールする機序の全容は明らかになっていませんでした。本研究により、デュピルマブ治療によるアトピー性皮膚炎におけるかゆみに関連する要素の変化を解明しました。今回の結果により、アトピー性皮膚炎における鎮痒機序、治療効果判定要素の解明につながる研究が進むことを期待しています。
原著論文
本研究はCells誌のオンライン版に2023年1月5日付で公開されました。
タイトル: Effects of Dupilumab on Itch-Related Events in Atopic Dermatitis: Implications for Assessing Treatment Efficacy in Clinical Practice.
タイトル(日本語訳): アトピー性皮膚炎におけるデュピルマブ治療による瘙痒関連事象への影響:臨床における治療効果判定への有用性
著者:Ryoma Kishi, Sumika Toyama, Mitsutoshi Tominaga, Yayoi Kamata, Eriko Komiya, Takahide Kaneko, Yasushi Suga and Kenji Takamori
著者(日本語表記): 岸龍馬1)2)、外山扇雅1)、冨永光俊1)3)、鎌田弥生1)3)、古宮栄利子1)、金子高英2)、須賀康2)3)、髙森建二1)2)3)
著者所属:1) 順天堂大学環境医学研究所・順天堂かゆみ研究センター、2) 順天堂大学医学部付属浦安病院皮膚科、3)順天堂大学抗加齢皮膚医学研究講座
DOI: 10.3390/cells12020239.
本研究はJSPS科研費20H03568、22H02956、19K17817、21K16307の支援を受け多施設との共同研究の基に実施されました。
なお、本研究にご協力いただいた皆様には深謝いたします。
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