最小羽毛昆虫は羽毛状の翅(はね)でどう飛ぶのか?
体長約0.4mmの昆虫に潜む究極の飛行デザイン
千葉大学 大学院工学研究院 劉浩教授と東京工業大学 学術国際情報センター 大西領准教授の参画する国際研究グループ(※)は、これまで謎に包まれていた、体長わずか395μm(マイクロメートル:1mmの1000分の1)の羽毛甲虫(図1-a:学名:Paratuposa placentis)の飛行性能を解明しました。この昆虫は鞘翅(しょうし:硬いはね)と羽毛状の翅とをもち、3倍の大きさの昆虫アザミウマと同速度・同加速度で飛行しますが、そのメカニズムはこれまで未解明のままでした。
研究グループは今回、この羽毛昆虫が膜状の翅と比べて8割も軽い羽毛状の翅により、独特な運動で抗力を巧みに利用して飛行していることを明らかにしました。
この成果は、国際科学雑誌「Nature」にて、日本時間の2022年1月20日に公開されました。
研究グループは今回、この羽毛昆虫が膜状の翅と比べて8割も軽い羽毛状の翅により、独特な運動で抗力を巧みに利用して飛行していることを明らかにしました。
この成果は、国際科学雑誌「Nature」にて、日本時間の2022年1月20日に公開されました。
- 研究の背景
現在地球上には、100万種〜1,000万種もの昆虫が生存しており、生態学的影響や生物資源の総量を考えると、地球上で最も繁栄している生物と言っても過言ではありません。3億年以上前の石炭紀時代に出現した昆虫は、水中を泳いだり地上を走り抜けたりすることよりも、はるかに省エネルギーで飛行することにより、行動範囲を格段に広げることができたと考えられています。また、長い間の自然淘汰によって、この飛行は精巧で効率的になり、飛行に用いられる翅などの器官は最小200μm程度の極限まで進化してきました。
一方で、生物の飛行性能は、飛行器官(飛行機の翼にあたる)のサイズによって大きく異なることが知られています。飛行性能に関わる流体現象について調べると、運動器官の大きさと、流体の慣性による力と粘性による力(注1)の比であるレイノルズ数(注2)の相関で整理することにより、サイズによって飛行のメカニズムが異なることが見て取れます(図1-b)。
本研究で対象とした体長395μmの羽毛昆虫の場合、レイノルズ数が40より小さく(Re<40)、粘性力がより支配的となり、我々人間が感じている以上にもっと粘り気のある空気の中で飛行しています。一般的に、生物のサイズと飛行速度は比例しますが、この飛行昆虫は、体長が3倍も大きなアザミウマと同じ速度や加速度で飛ぶことができます。そして、その翅がハエやハチのような膜状ではなく、羽毛状になっていることも特徴です。これらのことから、このサイズの羽毛昆虫には特異な未知の飛行メカニズムが存在することが予想されていました。
- 研究の成果
その結果、(1)羽毛状の翅がハエやハチなどの膜翼(まくよく)昆虫(注3)にもよく見られる「8の字型」の羽ばたき周期をこなしながら、膜翼とは異なる軌跡として、ほぼ垂直な打ち下ろし・打ち上げ動作(図2-a: 翅軌跡の緑部分)と長いつなぎ動作(図2-a: 翅軌跡の赤部分)という独特な運動特性を見せること、(2)鞘翅の開閉運動(図2-a: 翅軌跡の青部分)が羽ばたき運動に誘発される胴体の振動を効果的に抑えることがわかりました。また、これら(1)と(2)の飛行特性により、羽毛状の翅が圧力と摩擦力による抗力を最大限に利用可能とする渦流れを発生させるとともに(図2-b)、(3)同じサイズの膜状の翅より8割も軽量の羽毛状の翅を使って、微小の筋肉出力で羽ばたき飛行が実現できていることもわかりました。つまり、超軽量の羽毛状の翅と抗力利用に適した独特な羽ばたき運動は、この羽毛昆虫が長い進化の結果獲得した超小型飛翔体の究極の飛行デザインであるといえます。
- 研究者のコメント
また、東京工業大学の大西領准教授は「数値シミュレーションは流れという目に見えないものを定量的に解析できる強力な武器です。今回、目に見えないほど小さな昆虫の飛翔の解析で、新たな発見に貢献できたことをとても嬉しく思います。今後もスパコンを活用して、環境に潜む流れの科学的解明に取り組みます。」と述べています。
- 謝辞
- 語句解説
(注2)レイノルズ数:慣性力と粘性力の比で定義される無次元数。レイノルズ数は分母が粘性力、分子が慣性力を表し、粘性力が支配的な場合にはレイノルズ数は低くなる。一方、慣性力が支配的となる場合には、レイノルズ数は高くなる。
(注3)膜翼昆虫:薄い膜でできている翅で飛ぶ昆虫。
- 論文情報
著者:Sergey E. Farisenkov, Dmitry Kolomenskiy, Pyotr N. Petrov, Nadejda A. Lapina, Thomas Engels, Fritz-Olaf Lehmann, Ryo Onishi, Hao Liu, Alexey A. Polilov
掲載誌:Nature
DOI:https://doi.org/10.1038/s41586-021-04303-7
(※)国際研究チームには他に、モスクワ大学、スコルコボ研究所、ロストック大学、ロシア・ベトナム共同熱帯研究技術センターの研究者らが参画しています。また、本論文の責任著者のDmitry Kolomenskiy博士は、千葉大学大学院工学研究院生物機械工学研究室(代表:劉浩教授)ではJSPS外国人研究員、東京工業大学学術国際情報センター大西研究室では特任准教授(研究当時)として、各研究室に滞在中から本研究のリーダシップを取り論文執筆に当たりました。
このプレスリリースには、メディア関係者向けの情報があります
メディアユーザーログイン既に登録済みの方はこちら
メディアユーザー登録を行うと、企業担当者の連絡先や、イベント・記者会見の情報など様々な特記情報を閲覧できます。※内容はプレスリリースにより異なります。
すべての画像