最も安定な水素イオン排出ポンプの創出に成功
―理論計算を駆使して膜タンパク質を効率的かつ大幅に耐熱化する手法を構築―
千葉大学大学院理学研究院(膜タンパク質研究センター、分子キラリティー研究センター兼任)の安田賢司特任助教、木下正弘招聘研究員 (京都大学名誉教授)、村田武士教授らは、岡山大学、東京大学、理化学研究所と共同で、独自の理論計算を用いて、光エネルギーを電気化学エネルギーに変換する膜タンパク質の、世界で最も安定(高耐熱)な変異体の創出に成功しました。
本研究成果は、光センサーチップ等の材料への応用や、光遺伝学への利用、クリーンエネルギー分野への応用が期待されます。
本論文は、2022年1月29日に米国科学雑誌「The Journal of Physical Chemistry B」にオンラインで公開されました。
本研究成果は、光センサーチップ等の材料への応用や、光遺伝学への利用、クリーンエネルギー分野への応用が期待されます。
本論文は、2022年1月29日に米国科学雑誌「The Journal of Physical Chemistry B」にオンラインで公開されました。
- 研究の背景と経緯
研究チームは最近、高温の温泉に生息する微生物から発見された「サーモフィリックロドプシン(注1)」の立体構造の決定に成功しました。また、その変性温度(Tm)が91.8℃と非常に耐熱性が高いことも明らかにしました。タンパク質を構成するアミノ酸を適切に置換した変異体は耐熱性が向上することが知られています。もし、変性温度が100℃を超えるような煮沸しても壊れないロドプシン変異体を生み出すことができれば、応用の範囲が広がると期待されています。そこで本研究では独自の理論計算を駆使して、変性温度が100℃を超える世界で最も安定なサーモフィリックロドプシン変異体を創出することを目的としました。
- 研究成果
本研究ではまず、元々の耐熱性が高い膜タンパク質の耐熱性をさらに大幅に向上させる多変異体を効率的に創出する計算法の構築に取り組みました。私たちは膜内領域と膜外領域のそれぞれの変異体が耐熱化をもたらす物理因子を理論的に解析し、最終的に以下の手法を構築しました。
① エントロピー基盤法を耐熱性の高い膜タンパク質にも適用できるように改良し、膜内領域の耐熱化変異体を同定する。
② FoldX(注3)を用いて膜外領域の耐熱化変異体を同定する。
③ 手順①、②で発見した変異を組み合わせて耐熱化多変異体を構築する。
サーモフィリックロドプシンに対して最初に①により3つの耐熱化変異体F90K(Tm=97.4℃)、F90R(Tm=97.3℃)、Y91I(Tm=94.7℃)を同定しました(J. Chem. Inf. Model. 2020, 60, 1709)。次に、②により4つの耐熱化変異体V79K(Tm=94.5℃)、T114D(Tm=95.9℃)、A115P(Tm=94.4℃)、A116E(Tm=94.0℃)を同定しました(Proteis, 2021, 89, 301)。最後に③において、これらの変異を様々に組み合わせた多数の多変異体の耐熱性を実験的に検証しました。
その結果、それらが全て単変異体よりも耐熱化していることが確かめられました。このことは、本研究で構築した手法が膜タンパク質の耐熱化多変異体を構築するのに非常に有力であることを示しています。特に多変異体の中で最も安定であった4重変異体(F90K+Y91I+V79K+T114D)の変性温度を示差走査熱量測定(DSC)法(注4)で精密に測定したところ、105.3℃にも達していました。これまでに最も耐熱性の高いロドプシンはRubrobacter xylanophilus rhodopsin(RxR)であり、その変性温度は100.8℃と報告されています。
本研究では、その記録を4.5℃更新した、世界で最も安定な水素イオン排出ポンプの創出に成功しました(図2)。
- 今後の展開
また、光遺伝学への利用やクリーンエネルギー分野への応用も期待されます。さらに、本研究で構築した耐熱化多変異体の構築手法は、元々の耐熱性の高い膜タンパク質のみならず、創薬標的とされるGタンパク質共役型受容体等の耐熱性の低い膜タンパク質にも適用可能であると考られます。
本計算方法を活用することにより、生命機能や疾病原因の理解から医薬品開発まで我が国のライフサイエンスの推進に大きく貢献できると考えています。
- 研究プロジェクトについて
- 用語解説
(注2)エントロピー基盤法:筆者らによって開発された膜タンパク質を耐熱化させるアミノ酸変異を完全物理ベースの理論的に予測する方法。生体膜を形成するリン脂質の炭化水素鎖の並進配置エントロピーに初めて着目した点に特徴があり、可能なあらゆるアミノ酸単変異の中から耐熱化の可能性の高い候補を短時間で予測することができる。
(注3)FoldX:経験的な力場を用いて、水溶性タンパク質のアミノ酸単変異に伴うエネルギー変化やタンパク質複合体の相互作用エネルギーを評価することができる方法。
(注4)示差走査熱量測定(DSC)法:一定の熱を与えながら、基準物質と試料の温度を測定して、試料の熱物性を温度差として捉え、試料の状態変化による吸熱反応や発熱反応を測定する方法。タンパク質の変性に伴うエンタルピー変化を測定することで熱変性温度を決定することができる。
- 論文掲載情報
著者情報:Satoshi Yasuda, Tomoki Akiyama, Keiichi Kojima, Tetsuya Ueta, Tomohiko Hayashi, Satoshi Ogasawara, Satoru Nagatoishi, Kouhei Tsumoto, Naoki Kunishima, Yuki Sudo, *Masahiro Kinoshita, and *Takeshi Murata(*責任著者)
掲載誌:The Journal of Physical Chemistry B
2022年1月29日オンライン公開
DOI:https://doi.org/10.1021/acs.jpcb.1c08684
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