3つの脂質が糖尿病の死後診断のカギ

メタボロミクス解析が拓く新たな法医学診断

国立大学法人千葉大学

 東京大学医学部の学生(当時)の成相舞花氏 (現:東京大学医学部附属病院 初期研修医)と東京大学大学院医学系研究科の槇野陽介准教授、および千葉大学大学院医学研究院の岩瀬博太郎教授、安部寛子助教 (研究当時)(現:株式会社バイオデザイン)、星岡佑美助教らの研究チームは、故人の血液のメタボロミクス分析により、死後においても糖尿病の既往を反映するいくつかの代謝物が見いだされることを発見しました。
 本研究により、より正確な法医学的診断が可能となることが期待されます。
 本研究成果は、2022年1月20日に、学術誌International Journal of Legal Medicineに掲載されました。
  • 研究の背景
 死因の特定は、法医学の実務において困難であることが多くあります。故人の病歴を知ることで、調査は非常に進めやすくなり、また、亡くなる前の故人の状態を法医学者が推測する手助けとなります。一方、世界的にも有病率が高く、主要な慢性疾患である糖尿病(DM)は、故人の病歴が不明な場合、DMが直接の死因であるか否かの診断は非常に困難です。そのため、自宅などで糖尿病が原因で死亡しているところを発見された場合、正確に死因が診断できず、また統計に反映されない可能性があります。現在、死亡後のDMの診断の際に使用されている生化学的検査は、その精度に限界があり、新たな手法の開発が診断の手がかりを増やす可能性が考えられました。
 メタボロミクスは、生体系内の糖、アミノ酸、脂質などの代謝物を網羅的に解析する研究手法で、近年バイオマーカー探索や生体内のメカニズムを包括的に調べる目的で急速に発展してきている手法です。メタボロミクス分析はこれまで、大腸がんからうつ病に至るまでの複雑な疾患のバイオマーカー探索や疾患のメカニズムを理解する目的でもまた使用されてきました。しかし、これまでのメタボロミクス分析を使用したほとんどの研究は、生きている人から採取したサンプルを用いて疾患バイオマーカーを検索しています。これまで、死後に採取したサンプルを用いてメタボロミクス分析を詳細に実施した研究はほとんどありませんでした。
 そこで研究チームは、死後に採取した血液サンプルのメタボロミクス分析により、DMの死後診断につながるマーカー探索に挑みました。

図1 PCA(注1)のスコアプロット(左:注2)とローディングプロット(右:注3)。親水性物質を対象とした分析で統計的に有意な22個のイオンに基づき、DM群(赤)、陰性(Ng)群(緑)の10サンプルをプロットしたもの。図1 PCA(注1)のスコアプロット(左:注2)とローディングプロット(右:注3)。親水性物質を対象とした分析で統計的に有意な22個のイオンに基づき、DM群(赤)、陰性(Ng)群(緑)の10サンプルをプロットしたもの。

  • 研究の成果
 研究チームは、2014年から2017年の間に千葉大学の法医学教室で剖検されたDMの病歴のある10人の被験者とDMの病歴が確認されていない10人の被験者を対象に研究を実施しました。その結果、生体膜に存在するリン脂質の代謝産物であるリゾリン脂質は、DMの病歴のない被験者よりも、DMのある被験者で高い一方、2種類の脂質 (スフィンゴミエリンとプラズマローゲン) は統計的に有意に低いことが確認されました (図1、2)。これにより、これら3つの脂質を初めとするいくつかの代謝産物がDMの法医学診断のバイオマーカーとして使用できることが示唆されました。

図2 親水性物質を対象としたメタボロミクスのヒートマップ解析。行は有意差を示した代謝物のイオン、列はサンプルを表す。有意に低いイオンは青、有意に高いイオンは赤で表示される。各色の明るさは、平均値と比較したときの差の大きさに対応する。図2 親水性物質を対象としたメタボロミクスのヒートマップ解析。行は有意差を示した代謝物のイオン、列はサンプルを表す。有意に低いイオンは青、有意に高いイオンは赤で表示される。各色の明るさは、平均値と比較したときの差の大きさに対応する。

  • 今後の展望
 本研究により死後においても糖尿病の病歴を診断する手がかりが増える可能性があり、死因究明の質が向上し、公衆衛生の向上や、冤罪発生の抑止に間接的に役立つことが期待されます。
  •  研究者のコメント (成相 舞花氏)
 死後の血液サンプルを使用したメタボロミクス分析をさらに発展させることで、他の疾患の診断マーカーも見つかる可能性があります。それにより、現在死因が明確でない事件の調査にも役立つことが期待されます。さらに本研究は、糖尿病以外のさまざまな病気の診断や治療に対する新たな知見と、死後における体内の変化に関するより詳細な理解をもたらす可能性を秘めています。血液以外にも、死後の髪の毛や尿、硝子体液などもメタボロミクスの対象とすることでまた新たな知見が得られるかもしれません。今後メタボロミクスが法医学の新たな手法となると確信しています。
  • 用語解説
(注1)PCA:Principal Component Analysis の略。多変量解析の手法の一つで、説明変数が多数ある時、より少ない指標や複数の変数を合体させて、要約して傾向を見る分析手法。
(注2)スコアプロット:PCAにおける主成分(PC)スコア(PC1とPC2)に基づいて、それぞれのサンプルの測定結果をプロットしたもの。類似した主成分スコアをもつサンプルは近くにプロットされることになる。このプロットから、DM群とNg群が分かれたクラスターを形成することが読み取れる。
(注3)ローディングプロット:PCAスコアプロットに対応し、1つのプロットが1つのイオンを表している。このプロットから、DM群、Ng群それぞれについて特徴的な成分が何であるかを視覚的に理解することができる。
  • 論文情報
タイトル: Biomarker profiling of postmortem blood for diabetes mellitus and discussion of possible applications of metabolomics for forensic casework
著者: Maika Nariai3, Hiroko Abe2, Yumi Hoshioka1, Yohsuke Makino1,3, Hirotaro Iwase1,3
所属:
1Department of Legal Medicine, Graduate School of Medicine, Chiba University
2Bio Design Inc., Tokyo
3Department of Forensic Medicine, Graduate School of Medicine, The University of Tokyo
雑誌名: International Journal of Legal Medicine
DOI: https://doi.org/10.1007/s00414-021-02767-w

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業種
教育・学習支援業
本社所在地
千葉県千葉市稲毛区弥生町1-33  
電話番号
043-251-1111
代表者名
横手 幸太郎
上場
未上場
資本金
-
設立
2004年04月