「最後のフロンティア周波数」テラヘルツ技術が高速通信と非破壊検査を変革する ~特許とスタートアップ企業からその社会的役割を分析~

アスタミューゼ株式会社

著者:アスタミューゼ株式会社 池田 龍 博士(理学)

テラヘルツ波とは? その定義と代表的な応用分野

テラヘルツ技術とは、周波数帯が0.1~10THz(テラヘルツ)の電磁波(テラヘルツ波)を活用する技術です。テラヘルツ波は光と電波の中間に位置する性質を持つ電磁波で、光の直進性と電波の透過性をあわせもち、おなじように透過性の高いガンマ線やX線などの放射線にくらべると生体に対する非侵襲性があるなど、利点および応用可能性があり注目されています。

テラヘルツ波は情報通信に一般的に使用されるギガヘルツ帯の電波よりさらに高い周波数の電磁波であるため、より多くの情報を埋めこんだ通信が可能です。そのため将来の第6世代超高速・大容量通信(6G)の基盤技術としても期待されています。

テラヘルツ波の実用化にあたっては、室温環境においてテラヘルツ波を安定して発生・検出する技術の確立が課題です。近年、テラヘルツ技術の研究は半導体の基礎理論や設計技術、製造技術の成熟によって急速に発展しています。「最後のフロンティア周波数」ともよばれるテラヘルツ帯の制御技術は実験室だけではなく、さまざまな産業分野で社会インフラを支える基幹技術としての応用が実現しつつあります。

テラヘルツ波に関連する代表的な技術領域は、下記となります。

  1. 非破壊検査領域:高い透過性を活用し内部構造・異物を検出するための非破壊検査

    航空宇宙・造船分野での亀裂・剥離メンテナンス、半導体素子の内部検査による品質管理など

  2. 医療・生体イメージング領域:人体組織に対する非侵襲的を活用した画像診断・分析

    高解像度画像にもとづく、がんの早期検出や組織の病理診断、生体分子の分光分析など

  3. 食品・薬品検査領域:非破壊かつ正確な品質管理

    食品・薬剤の製造工程における異物検査や水分量測定、成分分析など

  4. 保安検査領域:空港や公共施設における人体への被曝リスクのないセキュリティチェック

    爆発物や武器の検出、危険物や禁止薬物の非開封詳細検査など

  5. 高速無線通信領域:テラヘルツ波を活用した次世代(6G)の高速無線通信システム

    通信速度のさらなる高速・大容量化、遅延時間の低減を実現

  6. 科学・産業研究分野の分光分析領域:テラヘルツ領域固有のスペクトル特性による分光分析

    分子構造や成分の解析、文化財の保全・修復における内部構造・材料成分の分析など

本レポートでは、将来の社会インフラをささえる技術として、上記のようなテラヘルツ波に関連する技術(テラヘルツ技術)をとりあげます。アスタミューゼ独自のデータベースを活用し、特許・グラント・スタートアップ企業についての情報をもとに、上記技術の動向について分析しました。

テラヘルツ技術の特許の動向

アスタミューゼの保有する特許データベースより、要約(abstract)に「テラヘルツ」および「デバイス」、「通信」、「イメージング」などの特徴的なキーワードをふくむ特許母集団10,019件を抽出しました。

抽出された母集団を対象として、文献にふくまれるキーワードの年次推移を抽出し進展している技術要素を特定する「未来推定」分析おこないました。キーワードの変遷を把握し、ブームが去った技術やこれから脚光をあびると予測される技術を定量的に評価することで、要素技術に対する技術ステータス(黎明・萌芽・成長・実装)が予測できます。

2012年以降に出願されたテラヘルツ技術に関連するキーワードの年次推移が図1です。

図1:テラヘルツ技術に関連する特許の要約に含まれるキーワードの年次推移

成長率(growth)は、2012年以降の文献中における出現回数と、2019年以降の文献中における出現回数の比で定義され、値が1に近いキーワードほど直近の出現頻度が高いとみなされます。「metamaterial」や「metasurface」などの新規テラヘルツ材料、および「terafet」などの新原理によるテラヘルツ素子に関するキーワードの成長率が高くなっています。これは室温での安定動作が可能なテラヘルツ素子に関する研究開発の進展を背景としています。上記技術の特許出願が増加していることにより、テラヘルツ技術が社会実装の段階に移行しつつあると考えられます。

一方で、出現頻度の増加傾向が継続しているキーワードとして「chip」や「graphene」、「broadband」など、テラヘルツ素子の実装と特性に関するキーワードもみられます。通信や分析領域で有用な広帯域のスペクトル特性を有するテラヘルツ発振・検出器およびグラフェンなどの材料を用いたテラヘルツ素子の実装方法が継続的に関心を集めている状況が反映されています。

つぎに、出願特許の件数を確認します。テラヘルツ技術に関連する特許の国別出願件数の年次推移が図2です。

図2:テラヘルツ技術に関連する特許の国別出願件数の年次推移

国別では中国の出願件数が圧倒的に多く、米国、日本、EU、韓国が続いています。中国では、2016年8月に公開された第13次5か年計画(国家科学技術イノベーション計画)において、新世代情報技術開発の一環としてテラヘルツ通信などの研究開発と応用を重点強化する方針をあきらかにしているほか、2019年6月より工業・情報化部により設置されたIMT-2030(6G)推進グループによって、センシング、超大規模アンテナ、テラヘルツ、無線AI、RIS(再構成可能なインテリジェントサーフェス)、ネットワーク技術分野を中心とした6G関連技術の開発と検証、標準化などが推進されており、中国における国家主導のテラヘルツ技術分野の実用研究強化が特許件数の大幅な増加傾向として明確にあらわれています。

以下に、近年の特許事例の一部を紹介します。

  • JP7088549B2「高出力テラヘルツ発振器」

    • 機関/企業:東京工業大学

    • 国:日本

    • 公開年:2022年

    • 概要:室温でもテラヘルツ周波数帯で安定的な発振が可能な小型・高出力テラヘルツ発振器。共鳴トンネルダイオード(RTD)、ボウタイアンテナおよび空洞共振器を集積した構成により、発振周波数1THz前後における従来のスロットアンテナ集積型RTD発振器の出力と比較して、約700倍の出力を実現。

  • CN110954498A「周波数変換に基づくテラヘルツ波ハイスペクトルイメージングシステム」

    • 機関/企業:山東大学

    • 国:中国

    • 公開年:2023年

    • 概要:周波数変換にもとづいて室温でのテラヘルツ帯高速ハイパースペクトルイメージングを実現するシステム。従来のテラヘルツ波を熱に変換して計測する手法とことなり、非線形光学効果をもちいてテラヘルツ波を1光子あたりのエネルギーが高い近赤外光に波長変換し、高感度な近赤外光カメラで計測する手法により、テラヘルツ帯カメラの室温動作と高速化、高精度化を達成。

テラヘルツ技術のグラントおよび研究プロジェクトの動向

つぎに、グラント(競争的研究資金)の動向です。グラントには、まだ論文として発表されていない問題や将来の研究課題が反映されるため、近い将来における研究の潮流を予測できます。

特許の場合と同様の手法により、抽出したグラント母集団1,632件を対象とする「未来推定」分析をおこないました。

2012年以降のテラヘルツ技術に関連するグラントに含まれるキーワードの年次推移が図3です。

図3:テラヘルツ技術に関連するグラントの要約に含まれるキーワードの年次推移

「terrameta」や「dyakonov-shur」などの新規性の高いキーワードは、それぞれ6G技術開発計画「TERRAMETA」、および室温でのテラヘルツ波発生メカニズムを解明するための新たな物理現象として注目されている「Dyakonov-Shur(DS)不安定性」に対応しており、テラヘルツ技術の社会インフラへの応用やテラヘルツ素子の性能向上を目標とする研究が継続していることを反映しています。

一方で、特許では増加傾向にあった「metamaterial」や「ultrafast」といったキーワードが、グラントでは減少しています。特許とグラントに共通するキーワードを比較すると、常温環境下でのテラヘルツ波の安定発生に重要な、メタマテリアルによって実現される超高速通信や超高速物性分析技術などの実用化が進行していると読みとれます。

つづいて、グラントの件数および配賦額を確認します。テラヘルツ技術に関連するグラントの国別件数の年次推移を図4、国別配賦額の年次推移を図5に示します。ただし、中国はグラントデータの開示状況が年により大きく違い、実態を反映しない可能性が高いためデータから除外しています。また、公開直後のグラント情報はデータベースに格納されていないものもあり、直近の集計値については過小評価されている場合があります。

図4:テラヘルツ技術に関連するグラントの国別件数の年次推移
図5:テラヘルツ技術に関連するグラントの国別配賦額の年次推移

グラントの件数では、近年は米国とEUが上位2位を占めており、英国、日本、ドイツが続いています。一方で、配賦額ではEUと米国および英国の投入金額増加が顕著であり、日本やフランスを引き離しています。日本のグラント総配賦額および件数は2016年をピークとして減少傾向にあり、テラヘルツ技術に関連する研究プロジェクトの主軸が基礎研究段階から民間主導の社会実装段階へと推移しつつあると考えられます。

一方、米国では国防高等研究計画局(DARPA)が国家安全保障におけるテラヘルツ通信およびセンシング技術をインターネットよりも重要な技術の1つとして位置づけており、テラヘルツ技術は無線通信分野での戦略的優位性を確保するための最重要技術とされています。これは1件あたりの研究プロジェクトに集中する賦与額の大きさによっても推察できます。

以下に、近年のグラント事例の一部を紹介します。

  • HyperTerahertz - High precision terahertz spectroscopy and microscopy

    • 機関/企業:TeraView,STFC(科学技術施設会議),QuantIC など

    • グラント名/国:UKRI/イギリス

    • 採択年:2017年

    • 資金賦与額:約840万米ドル

    • 概要:精密なテラヘルツ周波数分光、顕微鏡、コヒーレント制御のための新しい機器を開発。科学研究向けの汎用性の高いコンパクトな装置を提供し、非破壊検査および医療・食品・製薬分野における分析などの広範な分野への応用を目標とする。

  • TERRAMETA - TERahertz ReconfigurAble METAsurfaces for ultra-high rate wireless communications

    • 機関/企業:Instituto de Telecomunicações

    • グラント名/国:CORDIS/EU

    • 採択年:2023年

    • 資金賦与額:約640万米ドル

    • 概要:2030年頃の導入が見込まれる第6世代(6G)モバイル通信の要件を満たすテラヘルツ機器とネットワーク最適化技術を開発。THz-RIS(再構成可能なインテリジェントサーフェス)を活用した超高速無線通信ネットワークの技術実証をめざし、テストフィールドや工場における検証を実施している。

テラヘルツ技術に関連するスタートアップ企業

最後に、テラヘルツ技術に関連するスタートアップ企業を紹介します。特許やグラントと同様にアスタミューゼのデータベースで検索した結果、7件が抽出されました。

すぐれた特性のテラヘルツ技術には幅広い分野への応用が期待されている一方、発生・検出装置の小型化や高精度化には非常に高度な設計・製造技術が不可欠であり、テラヘルツ技術に関連するスタートアップ企業の少なさは上記の実用化の障壁の高さに由来していると推測されます。今回抽出されたスタートアップ企業はいずれも独自性が高く、テラヘルツ技術の実用化に大きく貢献する新規技術を主軸として資金調達を成功させた事例です。

スタートアップ企業は、新技術によって既存プレイヤーや社会にインパクトをあたえる企業であり、その資金調達額は新技術に対する社会の期待値を反映していると考えられます。以下に、近年設立された資金調達額上位のスタートアップ企業の一部を紹介します。

  • TERAPARK

    • https://www.terapark.com/

    • 所在国/創業年:中国/2020年

    • 事業概要: CMOSテラヘルツ集積回路やテラヘルツセンサーの独自設計技術に基づいて、インテリジェント製造業界・運用保守業界向けにテラヘルツ高速イメージングデバイス(FalconWaveシリーズ)を提供する。

  • Das-Nano

    • https://found-four.co.jp/das-nano/

    • 所在国/創業年:スペイン/2012年

    • 事業概要:テラヘルツ技術に基づく多層薄膜厚非破壊検査システム「Iris」、磁気インク特性検査デバイス「Pompaelo」、薄膜シート品質検査システム「Onyx」などの検査機器を製造業界向けに提供する。

テラヘルツ技術の未来展望

本レポートでは、テラヘルツ技術に関連する特許とグラント、スタートアップ企業のデータベースをもちいて、キーワードによる技術動向の推定と国別技術動向の分析、具体的事例の抽出をおこないました。

特許の分析からは、新規テラヘルツ材料、新原理のテラヘルツ素子、新手法に基づくテラヘルツ計測など、テラヘルツ技術のさらなる高品質化に直結する特許出願が多くみられます。このことから、テラヘルツ技術の普及にむけたコスト削減と高信頼性の両立が現在から近い将来における主要な課題であると推測できます。また、国別の出願特許件数では国家主導の大規模な実用研究がなされている中国が圧倒的に多く、米国、日本、EU、韓国が続いています。

一方、グラントの分析からは、情報通信インフラや国家安全保障など、社会基盤への実装を見すえた研究テーマに大規模な資金投入事例が確認されました。中長期的にはテラヘルツ関連技術が民生用の需要だけではなく、国防の観点からも不可欠な技術となりうることが予測されます。また、グラント配賦額では将来の軍事技術としてテラヘルツ技術を有望視する米国や、欧州地域全体にわたる大規模な次世代通信インフラの構築を目指すEUの総額が顕著に多い結果となっています。

スタートアップ企業の分析からは、独創的なテラヘルツ関連技術を保有する少数のスタートアップ企業が近年注目を集めており、それらの企業による技術革新次第では、テラヘルツ技術の普及に関与するプレイヤーや社会実装の進展などの様相が大きく変化する可能性があります。

これらの分析結果を総合すると、テラヘルツ技術は社会実装段階における実用化段階にあり、近い将来には、精密検査や先端医療、さらには第6世代(6G)通信をはじめとする社会の根幹をになう情報通信インフラといった幅広い分野に普及していくと考えられます。

著者:アスタミューゼ株式会社 池田 龍 博士(理学)

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業種
情報通信
本社所在地
東京都千代田区神田錦町2丁目2-1 KANDA SQURE 11F WeWork
電話番号
03-5148-7181
代表者名
永井 歩
上場
未上場
資本金
2億5000万円
設立
2005年09月