新型コロナウイルス感染症重症化の新しいバイオマーカーを同定
―COVID-19の病態を制御する血管内皮障害・機能異常を検出する―
■本研究成果のポイント
COVID-19の重症化のバイオマーカーを同定した。
COVID-19の重症化に血管内皮障害・機能異常が関与していることを示唆した。
血液凝固・線溶系因子がCOVID-19の新しい創薬標的となり得ることを示した。
■背景
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の第1波〜2波(2020年2月~2020年8月頃)にかけては、ウイルスの毒性も強く、その病態にも不明な点が多く治療に難渋し、日本国内においても比較的高い重症度と死亡率が問題となりました。また第5波(2021年7月頃)以降も、ウイルスの弱毒化が進んだとはいえ、自宅や療養施設で一旦軽症・中等症と診断された方の急変、死亡例が急増し、断続的に医療逼迫の状況を招きました。2023年冬には、蔓延するインフルエンザウイルス感染症とのツインデミックの兆候が認められ、公衆衛生危機管理上もCOVID-19の重症化病態の解明とその予見は、喫緊の重要課題と捉えられています。
近年の研究では、COVID-19の重症化には、いわゆるサイトカインストーム症候群の発生に加え、生体を構成する臓器特異的血管内皮障害とその機能異常(*5)、またこれを端緒とする血液凝固・線溶系の亢進が関与しているとの仮説が提示されています。当方らの既報( Biomedicines. 10, 2549; 2022)でも、日本人と比較して重症者が有意に多かったドイツ人患者の検体では、内皮障害に伴う血液凝固・線溶系の活性化が認められ、これがサイトカインストーム症候群の発生に寄与することを示唆しています。研究グループは、これまでの研究成果を基礎として、COVID-19の重症化の早期診断に寄与する内皮由来の新規バイオマーカーを探索しており、またこれらを標的とした治療法開発の基盤形成までを研究目的の範疇に捉えています。
■内容
本研究では、2020年3月から2021 年2月までの期間における18歳以上の本学附属順天堂医院の入院及び外来のCOVID-19患者69名の患者情報と血液検体を収集し、炎症反応構成物質、血液凝固・線溶系因子を含むアンジオクライン因子(*6)の活性と血中濃度の解析を行い、20名の健常人の検体を対照群としました。期間を考慮すると、全てオミクロン株出現前の検体です。重症度分類としてはthe Lean European Open Survey on SARS-CoV‑2 (LEOSS)グループのレジストリ指標(*7)に準拠し、Complicated以上を重症に分類しました。この範疇には日本の重症度分類における重症例が含まれることになります。患者69名の内、43名が軽症・中等症、26名が重症に分類されました。
この後方視研究において、血管内皮障害・機能異常の指標でもある血管内皮由来の血液凝固・線溶系因子である遊離型と複合型のuPA、組織型PA(tPA)、PAI-1の末梢血液(末血)中の動態と重症度との関連性を解析したところ、血中の非複合型PAI-1の増加、そして遊離型uPA濃度の減少、およびtPA/PAI-1複合体ではなくuPA/PAI-1濃度の減少が、COVID-19の重症度、そしてARDSの発症との相関性の高いことが判明しました。つまりこれらのバイオマーカーの動態は、重症例で顕著であることが確認され、またuPA/PAI-1複合体濃度の減少は、アポトーシスを誘導する炎症性サイトカインTNFα(*8)とも正の相関を示しました。さらにこれらのバイオマーカーの動態は、サイトカインストーム症候群を発症する炎症構成分子群であるIL-1β(*9)、IL-6(*10)、CRP(*11)の増加やリンパ球減少とも有意な関連性を示しています。これらの知見は、いずれもARDSの発症を含むCOVID-19の重症化リスクのある患者を、早期に検出するための新しいバイオマーカーとして、遊離型uPAとuPA/PAI-1複合体を使用することの有意性を支持するものと考えており、2022年、本学より特許出願しています。
■今後の展開
今回の研究により、COVID-19の重症化に、サイトカインストーム症候群の発生と血液・凝固線溶系の亢進が関与し、その背景に臓器特異的血管内皮障害・機能異常が存在することが示唆されました。これに伴って検出される血中の凝固・線溶系を含むアンジオクライン因子は、COVID-19の重症化の予見や早期診断において有用であるだけでなく、新しい治療標的としての可能性を有しています。研究グループはこれまでに複数のサイトカインストーム症候群の疾患モデル動物に対して、新規の抗線溶剤の投与が予後を有意に改善することを報告しています。現在も、ワシントン大学セントルイス校においてCOVID-19の疾患モデルに対する同治療法の有効性を検証中です。こうした炎症性疾患に対する早期診断法、そして新規分子療法の開発基盤の形成は、COVID-19の重症化抑制以外の、多くのサイトカインストーム症候群、炎症性疾患にとっても多大な寄与をもたらすことが期待されます。
■研究者のコメント
コロナ禍は、患者の皆様や医療従事者、またその親族に至る多くの方々を次々と失い、いとも容易く社会の活動性を奪取していきました。研究グループは、COVID-19の脅威と畏怖に連日打ちのめされそうな思いで、病棟へ向かいました。この論文は、その禍中にあってフィジシャンサイエンティストとして出来ることを追求した著者らが、ご協力頂きました患者の皆様はじめ多くの医療従事者の汗と涙に捧げるものです。
■用語解説
*1 新型コロナウイルス(SARS-Co-V2)感染症(COVID-19):severe acute respiratory syndrome coronavirus 2(SARS-Co-V2)を原因とする疾患。2019年11月、中国武漢市で初めて発生が確認され、2020年に入ってパンデミックを引き起こした。この疾患の重症化基盤に、サイトカインストーム症候群が存在することが示唆されている。
*2 サイトカインストーム症候群:感染症や薬剤投与などの原因により、血中サイトカイン(IL-1、IL-6、TNF-αなど)の異常上昇が起こり、その作用が全身に及ぶ結果、好中球の活性化、血液凝固機構活性化、血管拡張などを介して、ショック・播種性血管内凝固症候群(DIC)・多臓器不全など重篤な病態へと移行する、免疫系の暴走と形容されることがあり、サイトカインストーム症候群はどれも難治性免疫疾患に位置付けられる。
*3 急性呼吸窮迫症候群(ARDS): Acute Respiratory Distress Syndromeの略称。単一の病気ではなく、重症肺炎や敗血症などの基礎疾患に引き続いて、急速に発症する非心原性肺水腫の総称。低酸素血症に伴い、多臓器障害の要因となる。
*4 血液凝固・線溶系:生体血液、血管内において、凝固による止血、線溶による出血により血栓形成を制御する機構。プラスミノーゲンはその中心的役割を担う生体因子の一つであり、tPA あるいはuPAの作用によりプラスミン(Plasmin)へと活性化され、血栓形成の核となるフィブリンを分解し、線溶を進める。PAI-1はPAの抑制に働き、バランスをとっている。プラスミンは、マトリックスメタロプロテイナーゼ(MMP)の活性化を制御していることも判明している。
*5 生体を構成する臓器特異的血管内皮障害とその機能異常:生体を構成する諸臓器組織中の血管内皮は、細胞内プロテインキナーゼであるAKT及びp42/p44 MAPキナーゼの臓器特異的な活性バランスに依存した、アンジオクライン因子を発現、産生していることが判明し、2016年、臓器特異的血管内皮の概念がコーネル大学のRafiiらによって提唱された(Nature 529:316-325, 2016)。またCOVID-19において、肺に疾患特異的な臓器血管内皮の障害と機能異常に応じたアンジオクライン因子発現の異常がAckermannらによって報告された(N Eng J Med. 383:120-128, 2020)。近年、これらのアンジオクライン因子を通じ、臓器組織のホメオスタシスの維持が制御されるとした、「アンジオクラインシステム」の存在が示唆されている。
*6 アンジオクライン因子:血管内皮に発現し、臓器、組織に分泌、産生供給される生理活性物質の総称。成長因子、接着分子、ケモカイン、プロテアーゼなどから構成される。臓器組織に応じ特異的な発現パターンを有することから、前述の如く「臓器特異的血管内皮」の概念が提唱されている。
*7 the Lean European Open Survey on SARS-CoV‑2 (LEOSS)グループのレジストリ指標:ヨーロッパで使用されるCOVID-19の重症度分類。診断時のCOVID-19の重症度を、1)軽症・中等症1~2(無症状、または上気道感染、発熱、吐き気、嘔吐、下痢の症状を伴う)、2)重症(酸素補充が必要、またはそれまでの酸素在宅療法が臨床的に関連するほど増加、室内空気での酸素分圧(PaO2)が70mmHg未満、 室温でのSO2が90%未満、新たな心不整脈、1cmを超える心嚢水貯留、肺水腫、うっ血性肝障害、末梢浮腫を伴う新たな心不全)、3)重症・危機的(人工呼吸などの生命維持療法が必要、カテコールアミン依存、生命を脅かす不整脈、INRが3.5を超える肝不全、迅速臓器不全評価スコア>+2点、または透析が必要な急性腎不全)と定義する(Clin Res Cardiol. 110:1029-1040. 2021)。
*8 TNF-α:固形癌に出血性壊死を誘導することからtumor necrosis factorの名が付いた。侵襲時に最もすみやかに分泌される、最も強力な生体反応のメディエーターのひとつであり、代表的な炎症性サイトカインである。近年、関節リウマチや乾癬、炎症性腸疾患の新しい分子療法の標的として広く知られるようになった。
*9 IL-1β:強力な炎症性サイトカインの一つであり、発熱や痛覚刺激の他、多くの免疫担当細胞に多彩な生理活性を及ぼす。最近IL-1受容体拮抗薬やモノクロナール抗体などが製剤化されており、多くの炎症性疾患への適応が検討されつつある。
*10 IL-6:T細胞やマクロファージ等の細胞から産生される液性免疫を制御するサイトカインの一つで、その過剰産生が、多くの炎症や免疫疾患発症の要因となっていることが判明しており、COVID-19もその一つとされている。
*11 CRP:体内に炎症が起きたり、組織の一部が壊れたりした場合、有意に増加する、血液中に肺炎球菌菌体のC多糖体と反応する物質として発見されたC反応性蛋白のこと。正常な血液のなかにはごく微量にしか認められないため、炎症の有無を診断する
のにこの検査は、繁用されている。
■原著論文
本研究はFrontiers in Immunology誌のオンライン版に2024年1月11日付で公開されました。
タイトル: Urokinase-type plasminogen activator and plasminogen activator inhibitor-1 complex as a serum biomarker for COVID-19
タイトル(日本語訳): COVID-19のバイオマーカーとしてのuPA/ PAI-1複合体
著者: Beate Heissig 1), Ricardo Rios 2), Tatiane Nogueira 2), Satoshi Takahashi 3), Yoko Tabe 1), Toshio Naito 1), Kazuhisa Takahashi 1), Koichi Hattori 1) 3) and Tetiana Yatsenko 1)
著者所属: 1) Juntendo University, School of Medicine, 2) Institute of Computing, Federal University of Bahia, 3) IMS/UT Hospital of The Institute of Medical Science, The University of Tokyo,
著者(日本語表記): ハイジッヒ・ベアーテ1)、リオス・リカルド 2)、ノゲイラ・タチアナ 2)、高橋聡 3)、 田部陽子1)、内藤俊雄 1)、高橋和久 1)、服部浩一1) 3) 、ヤツェンコ・タチアナ 1)、
著者所属(日本語表記): 1)順天堂大学大学院医学研究科、2)バイーア連邦大学コンピューター研究所、3)東京大学医科学研究所附属病院
DOI: 10.3389/fimmu.2023.1299792
技術協力を頂いた順天堂大学大学院医学研究科細胞機能研究室、疾患モデル研究センター、また検体協力を頂いたCOVID-19患者の皆様、ボランティアの方々に改めて感謝の意を表します。 本研究の一部は、日本学術振興会科学研究費 (JP22F21773、JP22KF0337、JP22K07206、JP21K08404、JP17K09941)、一般社団法人日本血液学会研究助成、公益財団法人中谷医工計測技術振興財団新型コロナウィルス感染症対策・緊急支援助成、公益財団法人テルモ生命科学振興財団研究開発助成、公益財団法人沖中記念成人病研究所研究助成、ヨウ素学会ヨウ素研究助成、公益財団法人放射線影響協会研究奨励助成、公益財団法人平和中島財団国際学術共同研究助成、順天堂大学環境医学研究所プロジェクト研究助成、東京大学医科学研究所国際共同利用・共同研究拠点事業から助成を受けたものです。
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