花粉症の唯一の体質改善法「舌下免疫療法」の作用メカニズムを解明

国立大学法人千葉大学

千葉大学大学院医学研究院  耳鼻咽喉科・頭頸部腫瘍学の研究グループ(花澤豊行教授、飯沼智久助教ら)が免疫発生学(中山俊憲前教授(現 千葉大学長)、平原潔教授、木内政宏助教ら)と共同で取り組んでいる、スギ花粉症に対する舌下免疫療法(注1)の作用メカニズムの解明についての研究成果が、国際医学雑誌「Journal of Allergy and Clinical Immunology」(2022年7月19日付)に掲載されました。
本論文は、当該雑誌の掲載号特集であるEditor’s choiceに選ばれました。
  • 研究概要
1.舌下免疫療法(Sublingual immunotherapy: SLIT)はスギ花粉症の体質改善作用が期待される唯一の治療法であるが、作用メカニズムは不明であった。
2.舌下免疫療法を行った被検者の採血検体を使用し、細胞一つ一つを詳細に解析する「シングルセル解析」を行った。
3.舌下免疫療法を行うと、アレルギーを引き起こす病原性記憶T細胞の機能が抑えられることを見出した。
4.舌下免疫療法のバイオマーカー(注2)として利用可能なマスキュリン(注3)という新たな分子を確認し、今後の舌下免疫療法を改良する際や治療継続判断などに同分子が利用できる可能性を見出した。
  • 研究の背景
【花粉症の現状】
アレルギー性鼻炎はスギ花粉症患者数の増加もあり、患者数は増大傾向です。2020年度の鼻アレルギーガイドラインによれば、2019年には小児でも30%、10代から50代までは50%近い有病率となっています。患者さんが花粉などの抗原(注4)を吸入すると、鼻腔に存在する抗原特異的記憶Th2細胞(注5)によって産生されたサイトカイン(注6)がIgE抗体産生を促し、このIgE抗体と抗原がマスト細胞上でくっつくことでヒスタミンなどの各種炎症性物質が放出されて症状を引き起こします。治療は一般的に抗ヒスタミン薬の内服やステロイド点鼻治療が行われますが、これらは対処療法であり根治治療とはなりません。
 

 

【舌下免疫療法のメリットと課題】
治療法の一つに、低濃度の抗原を繰り返し曝露することで免疫寛容を獲得する「舌下免疫療法」が行われています。効果は高く、治療終了後も持続し、アレルギー性鼻炎に対して唯一の体質改善を目指すことが出来る治療法です。開発当初から耳鼻咽喉科が主体となり治験を行い、実用化に深く携わりました。

重篤な副作用もほとんど報告されていない治療法ですが、十分に普及しているとは言い難い現状があります。舌下免疫療法は花粉が飛散していない時期でも365日毎日投薬が必要であることや、体質改善には3年間の投薬が必要であることが理由と考えられます。また、数年間治療を行なっても2-3割の患者さんでは効果が見られないことから、短期投与でも高い効果を発揮する新規投与法や、治療効果を予測する新規バイオマーカーの開発が望まれていますが、舌下免疫療法の作用メカニズムは解明されていないことも多く開発は進んでいません。
  • 研究の内容と結果

【Tpath2細胞の減少】
研究グループは、以前よりアレルギー疾患の病因となる記憶T細胞について研究を進めていました。このような病原性記憶Th2細胞のことを、Tpath2細胞と呼んでいます。しかし、スギ花粉に特異的に反応するTpath2細胞は数が少なく、研究方法に工夫が必要でした。そこで、近年開発が進んだ、細胞一つ一つの遺伝子を網羅的に解析する「シングルセル解析」を行うことで、舌下免疫療法によるT細胞の性質変化について解析しました。

被検者7人の舌下免疫療法前後で計14の採血検体を比較したところ、舌下免疫療法に効果があった被験者は、スギ花粉に反応してアレルギー関連サイトカインを産生するTpath2細胞が減少し、代わりに症状の発生が低減するTh2細胞(TransTh2細胞)と、炎症を抑制する制御性T細胞(Treg細胞)が増加していることがわかりました。
 

【マスキュリンの発現】
続いて、細胞の変化を擬似的な時間軸で解析する方法を用いたところ、Tpath2細胞がTransTh2細胞への変化を経て、Treg細胞へ分化している可能性を見出しました。TransTh2細胞では、活性化するために必要なサイトカインの受容体の発現が低下していたり、アレルギー性サイトカインの産生が減少していたりしていることも確認できました。

舌下免疫療法で効果があった被験者の検体解析により、この変化はマスキュリン(MSC)という、Th2細胞の機能を抑制する因子が発現するためと判明しました。そこで解析対象人数を増やして、マスキュリンの発現を舌下免疫療法前後で比較したところ、症状抑制効果を認めた被験者群にのみ、発現・上昇していることがわかりました。
  • 今後の展望
舌下免疫療法治療後に症状が改善した被験者は、原因物質となるスギ抗原があるにも関わらず症状が出ない、という特殊な病態となります。今回の研究で、アレルギー疾患の症状を改善に導く要因の一端を知ることが出来ました。マスキュリンは舌下免疫療法におけるバイオマーカーとして利用できることに加え、変化を観察することで舌下免疫療法の改良が行える可能性があります。短期投与法や効果の増強の検討、ならびに臨床情報と併せて検討することによりバイオマーカーを検証することは、舌下免疫療法の敷居を下げ、アレルギー性鼻炎に苦しむ多数の患者さんの救済が可能になると期待しています。加えて、マスキュリンは他のアレルギー疾患でも病態に関与している可能性があり、他疾患にも応用できる研究と考えます。今後はこのマスキュリンの変化や意義を追求し、新たな免疫療法の開発を推進します。
  • 用語解説・注釈
注1) 舌下免疫療法:日本では、スギとダニが原因のアレルギー性鼻炎に対して保険収載されている薬剤・治療法。ダニやスギ花粉成分が入った錠剤を毎日舌下投与することで、体に慣らし、症状を抑える。改善効果は高く、通常処方される抗ヒスタミン薬の効果を超えると言われている。
注2) バイオマーカー:病気の悪化や治療の効果などの変化に対して、自覚的な症状ではなく他覚的に評価できる指標のこと。例えば肺炎の際の咳・痰の量ではなく血液検査の数値のこと。
注3) マスキュリン(musculin: MSC):細胞の機能変化に関わる因子の一つ。マウスの実験では2017年にはTh2細胞の機能を抑えてTreg細胞への分化を促すことが提唱されている。
注4) 抗原:アレルギー性疾患の症状を引き起こす原因物質。ダニ、花粉、カビなど多彩。
注5) 抗原特異的記憶Th2細胞:以前記憶された物質が体の中に入ってきた場合に対応して、炎症反応を起こす細胞をT細胞という。その中でもアレルギー炎症を起こす細胞をTh2細胞と呼ぶ。抗原特異的記憶Th2細胞とは、とある原因の物質のみに限って反応するように分化した、Th2細胞のこと。
注6) サイトカイン:白血球や細胞同士の伝達物質。例えばIL-5というサイトカインが粘膜の細胞から産生されると、受け取った好酸球という細胞がその粘膜に集まり活性化される。何十種類も存在する。
  • 掲載論文
論文タイトル: Single-cell immunoprofiling after immunotherapy for allergic rhinitis reveals functional suppression of pathogenic TH2 cells and clonal conversion.
著者名: Iinuma T, Kiuchi M, Hirahara K, et al.
掲載誌: J Allergy Clin Immunol. 2022 Jul 19: S0091-6749(22)00916-2.
DOI: https://doi.org/10.1016/j.jaci.2022.06.024

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本社所在地
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上場
未上場
資本金
-
設立
2004年04月