海洋ごみ解決への道のり:グラントとスタートアップ企業における関連テクノロジーの研究開発動向分析
アスタミューゼ株式会社(本社:東京都千代田区、代表取締役社長 永井歩)は、海洋ごみの課題解決に関する技術領域において、弊社の所有するイノベーションデータベース(論文・特許・スタートアップ・グラントなどのイノベーション・研究開発情報)を網羅的に分析し、動向をレポートとしてまとめました。

はじめに:海洋ごみ問題の現状
海洋ごみ(マリンデブリ)とは、海中や海上を漂流するごみ、海岸に流れついたごみ、海底に沈んだごみをまとめた総称です。環境汚染問題の中でも、海流や風で他国へ拡散していく点と、深海にしずんだごみは、除去どころか影響の全容を把握することすらむずかしい特徴があります。海洋ごみの大半はプラスチックであり、人類が陸上ですてたごみが河川から流入したものと、海上で漁具が廃棄や紛失したものがおもな由来となります。
一度海洋に流出したプラスチックごみ(海洋プラスチックごみ)は化学的に分解されず、とどまりつづけます。そのため海洋プラスチックごみは蓄積がすすんでおり、2050年には海洋プラスチックごみの重量が海にいる魚の重量を上まわる、という予測も発表されています。
現状でも影響は大きく、魚が廃棄された釣り針にささって傷つく、海にうかぶビニール袋を飲みこんでしまい死亡する、といった悪影響が各所で確認されています。
このような深刻な事態をふまえ、世界各国で海洋ごみ対策が進められています。日本では、2019年に環境省による「海洋プラスチックごみ対策アクションプラン」が策定されました。海洋ごみ問題の啓発や、海洋ごみへのとりくみ事例を紹介する「プラスチック・スマート」というプロジェクトが進んでいます。
直近では、環境省と日本財団による共同キャンペーンとして「海ごみゼロウィーク2025」が2025年5月30日から6月8日に実施されました。これは日本各地で広く清掃をおこなう活動です。
海洋ごみへの対策として、プラスチックなどの使用量そのものを減らすことがあります。しかし、それらの化学素材は日常生活をふくむさまざまな領域で大量に使用されており、すぐにゼロにするのはむずかしい現状があります。廃棄物管理を徹底したとしても洪水や津波などの災害により、ごみが海へ流出することもあり、廃棄量を減らすことには限界があります。また、廃棄量を減らすだけでは新たな被害の発生をおさえるにとどまり、海洋ごみ問題の根本的な解決にはなりません。
上記をふまえ、これらの領域ではテクノロジーを活用したアプローチとして、以下のような研究開発が進められています。
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海洋環境で分解される(海洋生分解性)物質からなる、海に流出しても害にならない製品の研究開発
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センサーやAIなどを活用し、肉眼ではとらえるのがむずかしい海洋ごみを発見し、清掃する技術の研究開発
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海洋ごみを回収および再生し、資源として再利用する技術の研究開発
本レポートでは、海洋生分解性物質の開発や、海洋ごみの発見や清掃、回収と再利用に焦点をあて、アスタミューゼ独自のデータベースを活用し、海洋ごみ問題の解決にむけた研究開発動向を見ていきます。
海洋ごみに関連する研究開発予算(グラント)の動向分析
グラント(科研費などの競争的研究資金)の動向には、まだ論文発表にまでいたっていない、新たなアプローチや研究に対する資金の流れが見られます。
アスタミューゼでは、キーワード出現数の年次推移から近年のびている技術要素を特定する「未来推定」という分析により、萌芽的な技術分野の予測をしています。キーワードの変遷をたどることで、すでにブームがさっている技術やこれから脚光をあびると推測される要素技術を可視化することができ、これから発展する技術や黎明・萌芽・成長・実装といった技術ステータスの予測が可能です。
図1は2015年から2024年まで10年間の、海洋ごみに関連するグラントの研究概要に含まれている特徴的なキーワードの年次推移です。成長率(growth)は文献内の全期間における出現回数に対する、後半5年間での出現回数の割合をあらわします。1に近いほど直近に多く出現しているとみなせます。

「mesolitter」、「nanoplastics」、「aldfg(放棄、逸失、その他廃棄された漁具)」といった廃棄物に関する語が増大傾向にあり、これらの影響の調査や除去に関する研究への資金提供が活発になっていることが読みとれます。
また、「marine-biodegradable」、「PHBH」といった海洋生分解性物質に関するキーワードもみられ、分解性の向上や、海洋生分解性物質をふくんだ製品開発へのとりくみがうかがえます。「upcycled」や「bio-recycling」など、プラスチックリサイクルに関する語も直近に出現しています。廃棄されていた地上のごみをリサイクルして海洋ごみの発生をふせぐだけでなく、海洋ごみ自体の回収と再利用という課題にいどんでいることがわかります。
数は少ないですが、「petase(PET分解酵素)」や「plastisphere(プラスチック廃棄物を食べる生物をふくむ生態系)」など、海洋生物が分解能力を得つつある仕組みを理解し、海洋生分解性物質の開発への応用もみられます。
これらのキーワードをふくむ、近年の研究プロジェクト事例をいくつか紹介します。
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海洋生分解性ポリマーの社会実装化ための革新的成形加工技術および装置開発
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研究機関/企業:京都大学 他
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グラント名/国:KAKEN /日本
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研究期間:2021~2024年
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配賦額:1,638万円
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概要:従来の海洋生分解性ポリマーがもつ実用面での課題(結晶化の速度が遅い、耐久性が弱い)に対し、海洋生分解性ポリマーとバイオマス由来の樹脂補強材との複合でアプローチ。加水分解と 射出成形時の挙動を調査し、海洋生分解性と機能性を両立した混合ポリマーやその加工技術の開発を目指す。
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Upcycling Ocean-based Plastics for Sustainable Feedstock Supply Chain
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機関/企業:RiKarbon, Inc.
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グラント名/国:DOE/米国
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研究期間:2021~2023年
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配賦額:約115万米ドル
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概要:海洋プラスチックごみに対し、PETを選択的に単量体まで分解する技術を開発。その単量体をふたたび重合し、高品質なPETを製造することで、アップサイクルを実現する。すでに基礎技術の開発には成功しており、海洋ごみの収集範囲拡大や商業規模での製造段階に移行している。
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Microbial transformation of plastics in SE Asian seas: a hazard and a solution
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機関/企業:University of Portsmouth他
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グラント名/国:UKRI/英国
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研究期間:2020~2023年
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配賦額:約90万米ドル
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概要:海洋プラスチックごみの影響について、その表面に生息する微生物(plastisphere、プラスチスフィア)の分析を実施。プラスチスフィアによるプラスチックの分解速度の測定をつうじて各地点での影響度を定量化するほか、有用な酵素を発見し、プラスチックごみのリサイクル技術開発への貢献もめざす。
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Preventing, avoiding and mitigating environmental impacts of fishing gears and associated marine litter
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機関/企業:Newcastle University
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グラント名/国:UKRI /英国
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研究期間:2023~2026年
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配賦額:約32万米ドル
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概要:ALDFG(廃棄された漁具)の回収と除去のため、 音響トランスポンダータグを漁具にとりつけ、音響波でマッピングや追跡、検出を実現するソリューションを開発。紛失したとしても、ただちに回収することで海洋生物への有害な影響を最低限におさえられる漁具を提供する。
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続いて、2015年から2024年までの海洋ごみに関連するグラントプロジェクトの上位の5か国の件数動向が図2です。ただし、中国のグラントデータは実態を反映していない可能性が高いため除外しています。また、公開直後のグラント情報はデータベースに格納されていないものもあり、直近の集計値については過小評価されている可能性があります。

図3は、研究プロジェクト配賦額の国別推移です。配賦金額はプロジェクト期間で均等割りし、各年度に配分して値を集計しています。たとえば3年計画で3万米ドルのプロジェクトは、各年に1万米ドル計上となります。

件数と配賦額ともに英国が1位となっており、2018年から配賦額が急増しています。EUがそれを追う形で2020年から配賦額が増加し、直近では英国にせまっています。
海洋ごみの研究開発への投資には、政府の意識が強く連動しています。2015年にドイツのエルマウで開催されたG7サミットにて、海洋ごみ、とくに海洋プラスチックごみの問題がとりあげられました。つづく2016年のG7伊勢志摩サミット、2017年のG20ハンブルク・サミットでも海洋ごみ問題がとりあげられ、各国政府のあいだで、対策の必要性が認識されています。
英国では、2018年1月に化粧品へのマイクロビーズの使用が禁止され、プラスチック廃棄物削減にむけた政策をスタートしています。同年6月にカナダで開催されたG7サミットでは、英国、フランス、ドイツ、イタリア、カナダの5カ国とEUが、達成期限つきの数値目標等をふくむ「海洋プラスチック憲章」に署名しました。EUでは同年10月、一部の使い捨てプラスチック製品を2021年から禁じる法案が可決されました。
プラスチック使用量の削減にむけたとりくみの背景には、海洋ごみ問題への強い意識があり、英国やEUがこの領域への研究開発投資をリードしています。
海洋ごみに関連するスタートアップ企業の動向分析
スタートアップ企業は、あたらしいテクノロジーを駆使することで、社会や既存企業に大きな影響をあたえることが期待されています。そのためスタートアップ企業の資金調達額は社会の期待値を反映していると考えられます。
2015年から2024年までにおける、海洋ごみに関するスタートアップ企業の設立された社数と資金調達額の推移が図4です。

2020年と2021年における資金調達額のピークは、RWDC Industries社による2020年の1億3300万米ドル、および2021年の9,500万米ドルの2度にわたる巨額の資金調達が要因です。
全体の資金調達額は2022年と2023年には一時停滞しましたが、2024年にはふたたび増加に転じています。資金調達額上位のスタートアップ企業によるとりくみ内容は、海洋環境で無害な物質に分解される製品や、海洋ごみを原材料とした製品製造が中心となっています。あたらしい素材や成形技術、製造プロセスの開発には、巨額の設備投資や長期の研究開発が必要です。2010年代後半、各国政府による意識の高まりをうけて、スタートアップ企業の設立や投資も活発となり、製品開発が進みました。
しかし、市場で選ばれるためには、従来の製品を性能とコストで上まわることももとめられます。海洋生分解性物質は廃棄後だけでなく使用中にも分解がすすむことがあります。また海洋ごみは混合物であり、日光や塩水にさらされることで劣化したものもあります。それらを原材料とした製品は、硬さなどの機能が既存製品よりおとることが課題です。海洋ごみに関連するスタートアップ企業への直近の投資においては、その点が厳しく見られるようになり、投資額の一時停滞があったと考えられます。
以下に、資金調達額上位のスタートアップ企業の一部を紹介します。
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RWDC Industries
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所在国/創業年: シンガポール/2015年
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事業概要:バイオマス資源を細菌発酵させ、生分解性物質ポリヒドロキシアルカノエート(PHA)を製造。ヨーロッパの生分解性製品の認証機関であるTUVAUSTRIA社から海洋生分解性を証明する国際認証「OK biodegradable MARINE」を取得している。RWDC Industrie社のPHA樹脂を用いた製品は、海水や淡水中で100%が二酸化炭素と水に分解される。
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Loop Industries
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所在国/創業年: カナダ/2015年
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事業概要:廃棄物を化学分解し、分離精製を経て再重合させ、PETとポリエステルを製造する独自の特許技術を保有。日光や塩分にさらされて劣化した海洋プラスチックでも、未使用プラスチックとほぼ同等性能での再生を可能とする。
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ZenWTR
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所在国/創業年:米国/2019年
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事業概要:蒸留後、電気分解で酸成分をとりのぞき、ミネラル分を独自に配合したアルカリ水を提供。そのボトルには、海洋環境から回収されたPETボトルが最大5本活用されている。海洋プラスチックを原料とするだけでなく、製造されたZenWTRボトルは100%リサイクル可能であり、今後の汚染源にもならない。
まとめ:海洋ごみ問題を解決する研究と製品の傾向
グラントのキーワード分析からは、海洋生分解性やアップサイクルに関連するキーワードが確認されました。海洋ごみ問題へのアプローチとして、海に流出しても無害な物質の開発と、回収した海洋ごみの再利用がおもな研究内容となっています。研究配賦額は増加傾向にあり、とくに早期から海洋ごみ削減をめざしてプラスチック廃棄物削減の具体的なとりくみを開始していた、英国やEUで配賦額が大きくなっています。海洋ごみ問題の領域は、政策がリードする側面が大きいと考えられます。
スタートアップ企業の設立数や資金調達額は、2020年代初頭にピークをむかえたのち、一時的に停滞傾向がみられました。海洋生分解性物質や、海洋ごみを原材料とした製品は、既存製品に品質で劣るという課題に直面していると考えられます。投資家や市場の目線にさらされたからこそ生じた課題と言えるでしょう。
以上のことから、海洋ごみに関連する技術領域は、現在はビジネス化の初期段階であり、研究開発は学術機関がリードしています。海洋ごみ問題の解決にあたっては、海洋生分解性物質や海洋ごみを再生した資源を利用した製品の社会への浸透が必要となります。そのさい、海洋環境へのやさしさのみならず、製品としての品質が強く問われていくことでしょう。
著者:アスタミューゼ株式会社 神田 知樹 修士(工学)
さらなる分析は……
アスタミューゼでは「海洋ごみ」に関する技術に限らず、様々な先端技術/先進領域における分析を日々おこない、さまざまな企業や投資家にご提供しております。
本レポートでは分析結果の一部を公表しました。分析にもちいるデータソースとしては、最新の政府動向から先端的な研究動向を掴むための各国の研究開発グラントデータをはじめ、最新のビジネスモデルを把握するためのスタートアップ/ベンチャーデータ、そういった最新トレンドを裏付けるための特許/論文データなどがあります。
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