“硝酸イオン”を効率的に吸着できる炭素繊維の開発に成功
ー環境にやさしくリサイクル可能な汚染物質除去剤の開発へー
本研究成果は2022年10月22日に、学術誌 SN Applied Sciencesに掲載されました。
- 研究の背景
硝酸イオンは、植物に必要な主要な窒素栄養源の一つで、肥料の成分として食料の成長に欠かせない成分です。その一方、適切な処理をせずに生態系を循環させたままにしておくと、有害な作用を及ぼすことがあります。例えば環境水中では藻類を発生させて水中の酸素を減少させるため、水生生物の脅威となることがあります。また、乳幼児の血液疾患や成人の消化器系のがんとも関連があるといわれています。
この硝酸イオンは、廃棄物処理システム、農業排水、家畜の排泄物などからも検出されますが、水質汚染の処理に一般的に使用されている活性炭等の吸着剤では除去することができませんでした。そのため、硝酸イオンを除去することのできる簡単で費用対効果の高い新たな技術が望まれています。
長年の間、活性炭素繊維(ACF)などの吸着剤を使用し、硝酸イオンを除去する試みが行われてきました。
ACFがもつ、非常に多数の細かな孔が空いている「多孔質構造」により、様々な成分を吸着することが期待されたためです。また、ACFには簡単に再利用できるという利点もあります。しかし、ACFの炭素表面は水と混ざりにくく(疎水性・非極性)硝酸イオンを吸着することができない欠点があるため、これまで実用化には適していないと考えられていました。そこで研究チームは、その欠点を補う成分として期待できる窒素原子を多く含んだポリアクリロニトリル(PAN:Polyacrylonitrile)炭素繊維を炭酸ナトリウムにより賦活し、さらに熱処理をすることで、優れた硝酸イオンの吸着特性を発揮するPAN系炭素繊維の開発に着手しました。
- 研究の成果
研究チームはまず、窒素含有量が20%以上のPAN繊維をベースとした炭酸ナトリウム賦活炭素繊維(ACF)を調製しました。調製したPAN-ACFの吸着特性を高めるために、800°Cで炭酸ナトリウム賦活し、さらに繊維を950°Cで熱処理しました。この熱処理によりトータルの窒素含有量は減少しましたが、硝酸イオンを吸着する極性官能基で常に正に帯電している第四級窒素(>N+=,N-Q;quaternary nitrogen)の量が増加しました。次に研究チームは、PAN-ACFがもつ硝酸イオン吸着特性を調べたところ、熱処理によって-COOHなどの硝酸イオンをはじく官能基を除去することで、硝酸イオンの吸着容量が増加することを示しました。またPAN-ACFは通常の活性炭の吸着量(0.1mmol/g以下)よりはるかに多い、0.5mmol/g(溶液平衡pHe5付近)という優れた吸着特性を示しました。
さらに、ACFを長期間使うための最適な保管方法を調べるため、さまざまな条件下で長期間保管した時の劣化度を測定する研究を実施し、ACFを塩酸溶液に浸す、または真空状態に保つと、ACFの吸着性能が安定して保たれることを見出しました。また、一般的な地下水に含まれる水素イオン濃度であるpH4~5で安定した吸着率を示すことも明らかとなりました。
- 今後の展望
このPAN-ACFは、河川、湖、海や地下水、水道水などの環境水から有害な硝酸イオンを除去処理することが可能です。また、従来吸着剤の材料として使われているプラスチックをベースとしたイオン交換樹脂を、より環境に優しい活性炭ベースのイオン除去剤に置き換えることで、プラスチック材料への依存を減らすことにも役立つことが期待されます。
- 研究者のコメント(町田基教授)
一般的に吸着剤として広く使用されている活性炭のような炭素系材料は、通常カルボキシ基などの官能基を有することがあり、これらの官能基は鉛やカドミウムイオンのような正(+)に帯電する陽イオンに対しては比較的優れた吸着性を示しますが、硝酸イオンのように負(-)に帯電する陰イオンに対しては負電荷同士で表面官能基と反発してしまい効果がありません。そこで私たちは、硝酸イオンを効率的に吸着し、複数回使用しても吸着能力を保持できるようなACFベースで第四級窒素など表面に正電荷を有する官能基を有する材料を開発しました。このPAN-ACFは、煮沸(沸騰したお湯で煮る)、強い酸・塩基性溶液などによる処理にも耐えるので、簡単な操作で再生することができます。今後更なる性能の向上が期待されます。
- 論文情報
タイトル: Adsorption characteristics of nitrate ion by sodium carbonate activated PAN‑based activated carbon fiber
著者: 佐藤 夏帆1 , 天野 佳正2,3, 町田 基2,3
所属:1千葉大学大学院融合理工学府,2千葉大学大学院工学研究院,3千葉大学総合安全衛生管理機構
雑誌名: SN Applied Sciences
DOI:https://doi.org/10.1007/s42452-022-05191-w
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