コロナ禍の日本における心理的健康格差の多次元的ダイナミクス
−危機時に幸福度(ウェルビーイング)の低下を防ぐ正義/公正−
千葉大学大学院社会科学研究院の小林正弥教授、水島治郎教授、大学院国際学術研究院の石戸光教授、大学院人文公共学府博士後期課程3年生の石川裕貴氏の研究グループは、2020年と2021年に国内で実施された3回のインターネット調査に基づき、パンデミックに見舞われた日本における人々の心理的健康格差について分析し、①コロナ禍における幸福度の継続的な低下、②心理的健康の格差と客観的経済格差との密接な関係、③心理的健康格差と主観的社会的要因との関係、④社会経済的・倫理政治的要因における正義/公正の重要性を明らかにしました。
本研究は千葉大学国際高等研究基幹研究支援プログラム「公正社会研究の新展開」として行われ、本研究成果は2022年12月8日に国際的学術誌International Journal of Environmental Research and Public Healthに掲載されました。
本研究は千葉大学国際高等研究基幹研究支援プログラム「公正社会研究の新展開」として行われ、本研究成果は2022年12月8日に国際的学術誌International Journal of Environmental Research and Public Healthに掲載されました。
- 研究概要
分析により、①コロナ禍における幸福度の継続的な低下、②心理的健康の格差と客観的経済格差との密接な関係、③心理的健康格差と主観的社会的要因との関係を明らかにしました。主観的社会的要因には、社会コミュニティ、経済、政治が存在します。加えて本研究は「④正義/公正(注1)」が人々の心理的健康に影響を与えていることも明らかにしました。また、健康格差に関して正義/公正に関する政治哲学の議論との関係も考察し、思想的研究と実証研究とを結び付けています。それを踏まえて、コロナ禍のような危機において、幸福度の減少をなるべく和らげるために、正義/公正を増大させる公共政策が望ましいという実践的提言も行っています。
- 研究の成果
幸福度については、PERMA指標(注2)の一つである一般的ウェルビーイングと、ICOPPE指標(注3)における心理的ウェルビーイングを用い、さらに心理的健康を測定するために、この二つの指標から心理的健康の指標を作成しました。調査1から3まで、これらの指標は、継続的な低下を示しました(図2)。
②心理的健康の格差と客観的経済格差との密接な関係
収入との関係では、心理的健康とクラス分けした世帯ごとの客観的収入を分析しました。その結果、経済的な格差に対応して、心理的健康の格差が生じていることが明らかになりました(図3)。
③心理的健康格差と主観的社会的要因との関係
心理的健康の格差への影響を考えるために6種類の要因を設定し、それらと心理的健康、気分の明暗の増減との関係を分析しました。要因は、性別等の基本属性要因、食事・健康・医療環境といった生物学的要因、自然環境や文化といった自然・文化的要因、収入・資産といった経済的要因、階層への満足や一般的信頼といった社会・コミュニティ的要因、正義/公正や人権などの政治的要因という6種類です。この分析を概念として示して、心理的健康に対する各要因の大きさについて2回の調査の平均値を示したのが図4です。この図では、大きさをパーセントで示しており、その数値が大きいほど心理的健康や気分の明暗と関係している要因であると言えます。
④正義/公正と人々の心理的健康への影響
これまでの分析によって明らかになった要因の相対的な重要性をまとめたものが図5と図6です。これらの図では、心理的健康や感情的変化に対する要因の重要性が数値(縦軸に示されている回帰分析の係数)で表されています。図5の分析では、生物学的要因と、社会・コミュニティ要因が高い値を示したのに対し、経済的要因は低い値を示しました。図6の分析では、これら二種類の要因はやはり高い値を示していますが、注目すべき点として、政治的要因が急浮上しています。これによって、心理的健康は生物学的、自然的、文化的、および社会的要因と関連しており、社会的要因においては、経済的要因だけではなく、社会コミュニティ要因と政治的要因が大きく関係していることがわかりました。
本研究結果は、健康格差における既存研究に対して、新しい知見を明らかにしています。健康格差の先行研究では、生物学的要因とともに経済的要因が注目され、弱者への経済的支援という政策的示唆が導かれています。この研究では、自然・文化・社会コミュニティ・政治という諸要因が明らかになったので、文化に関する教育や、社会コミュニティにおける階層満足や一般的信頼の向上などによって、不平等を多次元的に、そして格差の全範囲で減らしていくことが求められることになります。しかも私たちの分析では、政治的要因、特に正義/公正は、心理的健康と関係しており、さらに危機的状況における幸福度の低下を和らげるために大きな寄与をしていることが明らかになりました。そこで、コロナ禍のような危機を乗り越えるために、実践的には、経済的問題への対処とともに、主観的に感じられる正義/公正を増大させるような公共政策が望ましいという示唆が得られます。このように、多次元的・多層的に格差を解消し、倫理的・政治的な正義/公正の実現を図ることが、心理的健康格差の減少のために求められることになります。
なお、正義/公正を倫理的な視点も含める政治哲学はコミュニタリアニズム(善い生き方や、多様な人々が共に生きることを重視する思想)であり、今回の調査結果は社会コミュニティや正義/公正の要因の重要性を明らかにした点で、コミュニタリアニズムと親和的です。ゆえに、本研究は、思想的に論じられてきた政治哲学の論点を、実証的にも研究する可能性を提示したという点でも重要です。
- 用語解説
(注2)PERMA指標:P(ポジティブ感情)、E(没頭・没入)、R(人間関係)、M(意義)、A(達成)から構成される主観的ウェルビーイングを測定するための指標。一般的ウェルビーイングは、これらに幸福度を加えその平均値から算出。
(注3)ICOPPE指標:主観的ウェルビーイングを測定するための指標。「総合的」、「個人間」、「コミュニティ」、「職業」、「身体」、「心理」、「経済」の7項目を現在、過去、未来の3時点で質問する。
- 論文情報
著者: Masaya Kobayashi, Hikari Ishido, Jiro Mizushima and Hirotaka Ishikawa
雑誌名: International Journal of Environmental Research and Public Health
DOI: https://www.mdpi.com/1660-4601/19/24/16437
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