【和歌山高専】「偽貝殻」を持つタコ・カイダコ類の200年間の謎に迫る~生体鉱物の微細構造解析が明らかにした石灰質卵鞘の実態~

和歌山工業高等専門学校(和歌山県御坊市 校長:井上示恩 以下「和歌山高専」)のスティアマルガ・デフィン准教授が共同研究により、アオイガイやタコブネなどのカイダコ類がもつ“貝殻みたいなもの”のひみつを明らかにしました。本研究は、東京大学総合研究博物館、島根大学、日本大学の研究者らと共同で行われ、その成果が2026年4月22日(水)に英文論文誌Scientific Reportsのオンライン版に掲載されました。
■本研究のポイント
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アオイガイやタコブネを含むカイダコ(貝蛸)類は、石灰質の貝殻に似た「卵鞘」をもちます。約200年前に「殻が腕によって作られる」と報告された発見に対し、本研究では、その形成方法および収斂進化の観点からみた殻の特徴を明らかにしました。
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本研究の結果として、まず、カイダコ類の殻は典型的な軟体動物の貝殻とは異なる独自の形成様式によって作られ、根本的に異なる構造をもつことを示しました。また、殻の修復には、「破片を再利用してつなぎ直す方法」と「新たな分泌物によって再構築する方法」という2つの手段があり、それらを巧みに使い分けていることを明らかにしました。
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タコの祖先はかつて保持していた貝殻を失ったが、カイダコは再び「貝殻」のような石灰質の殻を獲得しました。即ち、カイダコの殻は、外洋適応に伴って収斂進化した「延長された表現型」として理解できます。
■概要
アオイガイやタコブネを含むカイダコ(貝蛸)類と呼ばれる浮遊性のタコは、貝殻のような「卵鞘」を持っています。19世紀前半、女性博物学者ジャンヌ・ヴィルプルー=パワー氏は飼育観察に基づく実験を通じて、この「殻」(卵鞘)が外部からの借用ではなく、タコ自身の腕によって形成されることを観察しました。
本研究では、走査電子顕微鏡(SEM)・エネルギー分散型X線分析装置(EDS)を用いてカイダコ類の殻の微細構造を詳細に観察および分析し、その形成過程と進化的意義を明らかにしました。即ち、カイダコの殻が典型的な軟体動物の貝殻とは異なる独自の形成様式を示すこと、また、殻がタコ自身の第一腕から分泌されるというヴィルプルー=パワー氏の観察が約200年を経て支持されたことが示されました。
さらに、殻の修復には「破片を再利用してつなぎ直す方法」と「新たな分泌物によって再構築する方法」という2つの手段があり、それらを巧みに使い分けていることも明らかになりました。また、カイダコの殻の微細構造は、ニワトリの卵殻やサンゴの骨格など、急速に成長するバイオミネラル(生体鉱物)器官の微細構造と収斂的な形態を示すことも分かりました。これは、近年発表した私たちの遺伝子レベルでの研究成果と整合的であることを示していました。
これらの結果は、カイダコの卵鞘が外洋適応に伴って収斂進化した「延長された表現型」として理解できることを示しています。
■研究の背景
温暖な外洋には、アオイガイやタコブネなどカイダコ(貝蛸)類と呼ばれる、石灰質の貝殻のような「卵鞘」と呼ばれる構造をもつ奇妙な浮遊性のタコが生息しています。この「偽貝殻」の外形はオウムガイやアンモナイトを彷彿とさせることから、古くから研究者の関心を集めてきました。カイダコ類に関する最古の記録は、紀元前4世紀(約2000年前)、古代ギリシャの哲学者アリストテレスの著書「動物誌」までさかのぼります。そこでは、タコが腕を帆や舵のように使って殻を操る様子が記されており、当時はヤドカリのように他の生物の殻を利用していると考えられていました。
この理解を大きく変えたのが、19世紀中頃(約200年前)にシチリア島(イタリア)で研究を行ったフランスの女性博物学者、ジャンヌ・ヴィルプルー=パワーです。彼女は水中ケージを開発し、カイダコの飼育観察を行い、外部から殻を与えなくても自ら殻を形成できることを確認しました。併せて、第一腕を切除すると殻が形成されなくなることや、殻の一部を破損させた時には第一腕で破片をかき集めて修復することも確認しました。これらの観察結果から、カイダコの殻は借り物ではなく、第一腕から分泌される物質によって形成されると結論づけました。「タコ自身が殻を形成する」という事実は、当時の常識を覆し、大きな反響を呼びました。
また、カイダコの殻は、軟体動物の貝殻と同様に体の外に形成される構造でありながら、浮力調節や繁殖といった機能を通して個体の適応に深く関わることから、「延長された表現型」とみなすことができます。
ところが、その後の殻の構造や形成についての研究はほとんど進んでいませんでした。しかしながら、日本近海では漂流したカイダコが海岸に打ち上げられたり、定置網に混獲されたりする事例が度々報告されています。そこで、日本だからこそカイダコ類に関する研究も実施可能だと考え、カイダコ類に関しても研究を開始しました。私たちはこれまでに、遺伝子やゲノム、タンパク質など生体高分子の解析を行い、頭足類(イカやタコ)の生物多様性や生体鉱物作用について研究してきました。例えば、分子系統解析の結果から、カイダコ類は殻をもたない「普通」のタコ(ムラサキダコなど)の仲間であることや、殻に含まれる遺伝子やタンパク質の網羅的解析によって、カイダコの殻が軟体動物の典型的な貝殻と異なる構成を持つことを明らかにした研究を行いました。
本研究においては、遺伝子など生体高分子についてではなく、従来の自然史科学の観察方法によって約200年前にヴィルプルー=パワー氏が検証した内容を、現代自然史科学の方法と視点から検証しました。
■研究の成果
今回、日本近海で採取したカイダコ2種(アオイガイとタコブネ)の新鮮な殻について、走査電子顕微鏡(SEM)・エネルギー分散型X線分析装置(EDS)等による微細構造解析を行うことで、殻がどのように作られるのかを詳しく調べました。
観察した結果、カイダコ類の殻は、中央の有機層を挟んで両側に結晶層が広がり、さらに外側が有機膜で覆われる、5層からなる特徴的な構造を持つことが分かりました(図1)。特に注目すべき点は、「2つの結晶層が中央の有機層から内側と外側の両方向に成長する」という、独自の成長様式が確認された点です。これは、一般的な貝殻に見られる「内側へ一方向に成長する構造」とは根本的に異なります。この特徴は、殻形成が典型的な軟体動物の貝殻とは異なる仕組みによって進むことを示しており、ヴィルプルー=パワー氏の観察を形態学的観点から再検討する手がかりとなりました。

ヴィルプルー=パワー氏は、飼育中のカイダコの殻の一部を破損させると、タコ自身が第一腕で破片をかき集めて修復することを確認しました。本研究では、一度割れて修復されたアオイガイの殻も入手することができました。その分析結果から、カイダコは2通りの方法で殻を修復していることが明らかになりました(図2)。まず、壊れた殻の破片を腕で集め、パズルのようにつなぎ合わせて修復します。ただし、この方法だけでは壊れた部分を完全には塞げません。そこで、新たに分泌物を出して内側から沈着させ、穴を埋めていきます。このとき形成される殻は、外側には腕が届かないためか、内側にのみ成長する構造を示していました。すなわち、カイダコは「破片を腕でつなぎ直す方法」と「新たな分泌物で再構築する方法」という異なる修復方法を組み合わせた、高度な修復能力を持つことが明らかになりました。
以上の結果から、カイダコの石灰質の殻(卵鞘)は見た目こそ貝殻に似ているものの、その構造や成長の仕組みは大きく異なり、外洋適応に伴って独自の進化(収斂進化)によって獲得された延長された表現型であることが示されました。

■今後の展望
本研究は、カイダコの殻形成という動物学における長年の謎に新たな知見を与えることができました。石灰質のバイオミネラル(生体鉱物)は、ニワトリの卵殻やサンゴの骨格やウニの棘など、様々な動物で見られます。それぞれが独自に進化しながら、多様な構造を生み出してきました。カイダコも軟体動物の仲間ですが、その殻は、一般的な貝殻とは異なる起源を持つことが分かっています。それにもかかわらず、その微細構造や形成様式には、鳥類の卵殻やサンゴの骨格のような系統的に遠く離れた生物に見られる構造との間に、各環境への適応の過程で生じた収斂が認められます。今後は、こうした構造がどのように作られるのか、またその形がどのような機能と結びついているのかを明らかにすることで、生物が多様な構造をどのように進化させてきたのか、その仕組みの理解がさらに進むと期待されます。さらに、本研究成果は、生体鉱物材料学的側面の理解にも貢献できたと考えられます。
■用語解説
微細構造
肉眼では見えない、とても小さなレベルでの構造のこと。貝殻などは、このような微細な構造が積み重なってできている。
走査電子顕微鏡(SEM)・エネルギー分散型X線分析装置(EDS)
物の表面を非常に大きく拡大して観察し、どのような元素が含まれているかも調べることができる装置・分析方法。
軟体動物
ホタテやカキ、アワビ、カタツムリ、イカ、タコなどを含む動物の仲間。多くの種類は貝殻をもち、その貝殻は外套膜という柔らかい組織から作られる。
バイオミネラル(生体鉱物)
生物が体の中や表面に作る鉱物のこと。骨や歯、貝殻、サンゴの骨格、ウニの棘、鳥の卵殻などがこれにあたる。
頭足類
イカやタコ、オウムガイ、アンモナイトなどを含む軟体動物の仲間。腕や触腕をもち、活発に動くことが大きな特徴である。
■研究プロジェクトについて
本研究は、和歌山高専生物応用化学科・スティアマルガ デフィン 准教授(ウィーン大学分子進化発生学分野 特命研究教授、東京大学総合研究博物館 研究事業協力者)の研究グループを中心に、東京大学総合研究博物館・佐々木猛智 准教授、島根大学生物資源科学部・吉田 真明 教授、和歌山高専環境都市工学科・平野 廣佑 助教、日本大学大学院理工学研究科物質応用化学専攻・遠山 岳史 教授と共同で進められました。
筆頭著者の廣田 主樹は東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻(東京大学総合研究博物館・佐々木研究室)の大学院生(研究当時、現:博士(理学))及び和歌山高専の技術補佐員として本研究に中心的に参加しました。加えて、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻の吉村 太郎氏は博士後期課程の大学院生(現:同・研究事業協力者)として、日本大学大学院理工学研究科物質応用化学専攻の小野寺 舜祐氏は修士課程の大学院生(現:民間企業所属)として本研究に参画しました。
本共同研究は、2026年4月22日(水)に英文論文誌Scientific Reportsにオンライン版が掲載されました。この研究は、文部科学省科学研究費助成事業(19K12424, 23K11511, 22K06340)、武田科学振興財団(2022年)、および国立高等専門学校機構KOSEN GEAR 5.0 Projectの助成を受けて実施しました。さらに、筆頭著者の廣田主樹氏は、若手育成関連の様々な研究助成(文部科学省科学研究費助成事業・特別研究員奨励費25KJ0925(DC2)、JST SPRING GX(2024-2026年)および笹川科学研究助成(2024年))を受けました。
■論文情報
論文タイトル
Microstructural insights into the functional morphology and formation logic of spherulitic–fibrous prismatic architecture in the shell–like eggcase of the argonaut octopods (カイダコ類の貝殻のような石灰性卵鞘の球晶繊維状プリズム構造の機能形態と形成メカニズムに関する微細構造解析)
著者
廣田 主樹(*1,*2,*3), 佐々木 猛智(*1,*2), 吉村 太郎(*1,*2,*4), 小野寺 舜祐(*5), 平野 廣佑(*6), 遠山 岳史(*5), 吉田 真明(*7), スティアマルガ デフィン(*2,*3,*8,*9,*10)
*1東京大学 大学院理学系研究科 *2東京大学総合研究博物館 *3和歌山高専 生物応用化学科 *4慶應義塾大学 理工学研究科 *5日本大学 理工学部物質応用化学科 *6 和歌山高専 環境都市工学科 *7島根大学 生物資源科学部 *8ウィーン大学 *9和歌山県立自然博物館 *10豊橋技術科学大学 高専連携地方創生機構 (MILLA)
掲載誌
Scientific Reports(DOI: https://doi.org/10.1038/s41598-026-45670-3)
東京大学総合研究博物館について
東京大学総合研究博物館は、1996年に国内初の教育研究型ユニヴァーシティ・ミュージアムとして設立され、600万点を超える学内標本のうち、現在では300万点以上を収蔵しています。学術標本を基軸に、世界水準の研究と独創的な博物館活動を推進し、研究・教育・展示を融合した先駆的な取り組みを展開しています。多様な専門分野が連携し、学術成果の公開やデジタル化、革新的な展示手法の開発を通じて、社会への発信にも積極的に取り組んでいます。こうした活動により、ミュージアムの新たな可能性を切り拓く拠点として機能しています。

【博物館概要】
機関名:東京大学総合研究博物館
所在地:東京都文京区本郷7-3-1 東京大学本郷キャンパス内
館長:遠藤 秀紀
設立:1996年
博物館ウェブサイト:https://www.um.u-tokyo.ac.jp/
事業内容:学術標本の収集・保存・管理・研究推進、展示による研究成果の公開
島根大学について
島根大学は 1949 年に設立された国立大学で、松江・出雲の 2 キャンパスを拠点に地域と世界をつなぐ教育・研究を展開しています。法文学部、教育学部、人間科学部、医学部、総合理工学部、材料エネルギー学部、生物資源科学部の全 7 学部を有し、STEAM 教育やグローバル教育、地域課題解決型学習を重視。フレックスターム制度により留学やインターンシップの機会も充実しています。豊かな自然環境に囲まれたキャンパスで、ものづくり教育やアントレプレナーシップ教育を推進し、地域社会と連携した実践的学びを提供する大学です。2023 年 4 月には地域産業振興に資するマテリアル分野の教育・研究を強化する「材料エネルギー学部」を設置、2024 年度には同分野の社会実装を担う「先端マテリアル研究開発協創機構」を始動させ、高度専門人材の育成と産業イノベーションの創出を目指しています。地方創生に大きな役割を果たす知の拠点として、総合大学の知見を持続可能な社会づくりに活かし、地域に活き世界で輝く大学として発展を続けていきます。

【大学概要】
大学名:島根大学
本部所在地:島根県松江市西川津町 1060
学長:大谷 浩
設立年(設置認可年):1949 年
大学ホームページ: https://www.shimane-u.ac.jp/
大学の種類:国立・大学(大学院大学を含む)
和歌山工業高等専門学校について
和歌山高専は、国立工業高等専門学校として1964(昭和39)年に設置された、和歌山県中南部における唯一の高等教育機関です。
本科は知能機械工学科、電気情報工学科、生物応用化学科、環境都市工学科の4学科を有し、さらに、専門的なエンジニアを育成するためメカトロニクス工学専攻およびエコシステム工学専攻の専攻科が設置されており、本科約800名、専攻科約40名の計840名が在籍しています。エンジニアとしての素養を身につける基礎教育と、実践を重視した専門教育を効果的に行うことにより、工学を社会の繁栄と環境との調和に生かすための創造力と問題解決能力を身につけ、豊かな人間性と国際性を備えた人材の育成を目指します。

【学校概要】
学校名:独立行政法人国立高等専門学校機構 和歌山工業高等専門学校
所在地:和歌山県御坊市名田町野島77
校長:井上 示恩
設立:1964年
学校ウェブサイト:https://www.wakayama-nct.ac.jp/
事業内容:高等専門学校、高等教育機関
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