【宇部高専】微生物も「急には止まれない」!?

〜大型ボルボックスの「繊毛ブレーキ」の必要性を、微小な力の直接測定と遊泳シミュレーションから実証〜

独立行政法人国立高等専門学校機構

図1:本研究で開発した光テコ方式の計測系(左)と、衝突時の実測力学データ(右)。水槽内を泳ぐボルボックスが微小な板バネ(カンチレバー)に衝突した際のわずかになだらかな、または急峻なたわみを、レーザー光の反射角度の変化によって精密に検出します。データ(右)が示すように、標準的なサイズのボルボックス(右上)は衝突後もなだらかに力を伝えますが、大型のボルボックス(右下)においてのみ、衝突の瞬間に、前進推進力を大きく上回る明確な「慣性衝突力」のスパイク(急峻な変化)が検出されています。本研究の核となる発見を示すデータです。

 宇部工業高等専門学校(山口県宇部市 校長:川村 淳浩 以下「宇部高専」)物質工学科の島袋勝弥准教授は、常葉大学(静岡県静岡市)教育学部の三留規誉教授らの共同研究グループとともに、多細胞藻類であるボルボックスが泳ぐ際の水中での衝突力をミリ秒単位で直接測定することに成功しました。

 近年の研究(Ueki & Wakabayashi, 2024)から、ボルボックスは進化の過程で体が大型化して「レイノルズ数(※1)」が上がると、光刺激に対する繊毛の反応を劇的に変化させることが報告され、流体環境との関係が示唆されていました。本研究グループは、高感度な力学計測により大型種にはたらく遊泳時の「慣性衝突力」を実証してブレーキ行動の物理的必然性を説明するとともに、計算シミュレーション(※2)から自らの質量(重さ)が泳ぎの安定性に寄与していることを明らかにしました。本成果は国際学術誌『Physical Review Research』に2026年6月30日(現地時間)掲載されました。

【注釈】

※1 レイノルズ数: 物体が流体(水など)の中で運動する際、その「慣性の力(そのまま進もうとする力)」と「粘性の力(流体の粘り気によるブレーキ)」の比率を示す指標。バクテリアや小さな微生物はレイノルズ数が非常に小さく(低レイノルズ数環境)、慣性の影響をほぼ受けずに水に縛られて泳ぎますが、サイズが大きくなるとレイノルズ数が上がり、本研究の大型ボルボックスのように慣性の影響が無視できなくなります。

※2 計算シミュレーション: 本研究では、生物の質量(重さ)、サイズ、繊毛の生み出す脈動する力、および水の抵抗を考慮したニュートンの運動方程式に基づく数理モデルを構築し、大型種の遊泳軌道や速度変化のブレ(安定性)について数値計算を行っています。

1.研究の背景:体が大きくなることで変わる「水中の世界」

 ボルボックスなどの藻類から、原生生物のゾウリムシ、さらにはヒトの気管支で異物が肺に侵入するのを防ぐためにはたらく細胞にいたるまで、真核生物が持つ「繊毛(せんもう)[または鞭毛(べんもう)]」は、水流を起こして運動や物質輸送を司る、普遍的な生物モーター(流体駆動装置)です。顕微鏡で観察されるこの微小生物の世界では、通常、周囲の水の粘り気が勝るため、生物が運動を止めると惰性で前に進むことなくその場で瞬時に停止します。そのため、微小生物の泳ぐ速度や軌跡は、細胞が出している推進力そのものをリアルタイムに反映していると考えられてきました。

 しかし、単細胞から多細胞へと体が大きく進化する過程(ボルボックスの仲間など)では、体が大きく・重くなるにつれて、水の粘り気に対して「そのまま進もうとする慣性の力」の影響が無視できない環境へと変わっていきます。

 これに関連して、本研究の共同研究者でもある植木(法政大学)・若林(京都産業大学)らによる近年の研究(2024年)では、30種類近くのボルボックスの仲間を網羅的に解析しました。その結果、標準的なサイズの種は光刺激を受けると繊毛を一時停止させるのに対し、直径が0.8 mmを超える大型のボルボックス(Volvox ferrisiiなど)は、繊毛の打動方向そのものを変更して水流を逆転させる特別な行動をとることを突き止め(図2)、流体環境(レイノルズ数)との密接な関係を示唆していました。

 大型種は自らの慣性の影響により、単に繊毛を止めるだけでは急に止まれないため、このような逆方向への水流制御が必要なのではないかと推測されていましたが、実際に泳ぐ際に生じる「慣性の力(衝撃力)」を直接計測して検証した例はありませんでした。そこで本研究では、この仮説を提唱した植木教授、若林教授も研究チームに加わり、島袋准教授(宇部高専)、三留教授(常葉大学)らが中心となって、物理的なアプローチによる検証に挑みました。

2.研究の成果:衝突実験と流体シミュレーションが明かした物理的制約

 研究グループは、走査型プローブ顕微鏡の「光テコ方式(※3)」を応用し、水中を自由に泳ぐボルボックスが微小な板バネ(カンチレバー)に衝突した際の力を、4ミリ秒(0.004秒)単位の非常に高い時間分解能で直接測定する実験系を構築しました(図1・左)。

 実験では、ボルボックス属における標準的なサイズ(中型種)であり本研究では比較対象として位置づけたボルボックス・カルテリ(V. carteri、直径約0.2 mm)と、大型種であるボルボックス・フェリシー(V. ferrisii、直径約0.8 mm)の2種を対象に計測を行いました。

【注釈】

※3 光テコ方式: 微小な板バネ(カンチレバー)にレーザー光を照射し、板バネが力でわずかにたわんだ際の反射光の角度変化をセンサーで捉えることで、極めて微小な力を精密に計測する技術。これにより、泳ぐ微生物が受けるナノニュートン(10億分の1ニュートン)規模の力を、リアルタイムかつ高い時間分解能で測定することが可能になりました。

  • 大型種にのみ現れる「衝突時の衝撃」

 標準的なサイズのV. carteriでは、衝突時に推進力の周期的な脈動が見られるのみでしたが、大型のV. ferrisiiでは、衝突の瞬間に、その後の推進力を大きく上回る急峻な「慣性衝突力」のスパイク信号(図1・右下のオレンジ色の領域)が明確に捉えられました。これは、大型種が遊泳時に明確な慣性(運動量)を持って進んでおり、文字通り「ゴツン!」と激突している実証的な証拠です。

  • 自らの重さがブレーキを阻む物理的制約と、遊泳の安定性

 「大型ボルボックスは、自らの重さ(質量)が大きいために『急には止まれない』環境に生きている」ことを物理的に示すものです。単に繊毛の動きを一時停止させるだけでは、残った慣性によって前進し続けてしまうため、危険を避けるためには能動的に水流を逆転させるブレーキが必要だったという背景を説明することに成功しました。 また本研究では、大型種は数千個の繊毛の力を平均化するとともに、自身の重さそのものが細かな運動のブレを打ち消して滑らかにする「平滑フィルター(平均化の役割)」としてはたらいていることに着目しました。このしくみを流体力学シミュレーション(※2)によって数値化したところ、自身の質量が泳ぎのブレを抑え、非常に高い安定性を実現していることが確認されました。

3.今後の展望:顕微鏡の向こうに広がる、自然の理(ことわり)

 本研究は、生物が多細胞化に伴いサイズを増大させていく中で、周囲の流体力学的な環境がいかに運動制御のしくみに影響を与えたかを、実験と計算の両面から示した成果です。

 ボルボックスの仲間は、単細胞から数万細胞の大型種に至るまで、それぞれが異なる細胞数を持った状態で現在の地球を共に生きています。これは、それぞれの種が、それぞれの生存に適した細胞数と、それに応じた流体制御のしくみを持って落ち着いた結果と考えられます。

 生物を研究する上で重要なのは、顕微鏡のレンズ越しに見つめているその微小な生命が、実際の自然の中でいかにして生き抜いてきたのか、その背景にある世界を具体的に想像することです。今後は、実験室での精密な力学測定と合わせて、彼らの生きる背景にある自然の環境に直接触れることで、自然本来の姿から迫る、さらなる謎の解明へとアプローチが求められます。

 藻類からヒトまで広く共通して使われている「繊毛」という普遍的な流体駆動装置が、サイズや環境の変化に応じてどのようにその制御の理(ことわり)を変えるのか。今回の成果は、目の前の顕微鏡下で得られた力学データから、生息環境下における微生物の力学応答を流体力学的に解き明かしていくための、新たな足がかりとなるものです。

図2:体の大きさとブレーキ方法の違い(概念イラスト)。光刺激を受けると、標準的なサイズのボルボックス(上:V. carteri)は繊毛を「停止」させるだけでその場に止まれますが、大型のボルボックス(下:V. ferrisii)は自らの重さ(慣性)が大きいため、繊毛の打動方向を「逆転」させてブレーキをかける必要があります。

■お問い合わせ先

研究内容に関すること:

宇部工業高等専門学校 物質工学科 准教授 島袋 勝弥 E-mail: kshimabu@ube-k.ac.jp

常葉大学 教育学部 教授 三留 規誉 E-mail: mitome@sz.tokoha.ac.jp

【参考URL】

・本研究論文(2026): Physical Review Research

https://journals.aps.org/prresearch/abstract/10.1103/2b1s-z7t6

・先行研究論文(2024): BMC Ecology and Evolution 論文公式URL: https://bmcecolevol.biomedcentral.com/articles/10.1186/s12862-024-02302-6

・先行研究に関する分かりやすい解説(京都産業大学プレスリリース): URL:

https://www.kyoto-su.ac.jp/wr-news/20241004_345_release_ka01.html

宇部工業高等専門学校について

 宇部⼯業⾼等専⾨学校は、国⽴⾼専の⼀期校として1962年に創設された⽇本で最も歴史ある⾼専の⼀つです。⼀般科⽬と専⾨科⽬をバランスよく配置した教育課程により、エンジニアに必要な豊かな教養と体系的な専⾨知識を育成しています。

 現在、5年制の「本科」には5つの学科(機械⼯学科、電気システム⼯学科、制御情報⼯学科、物質⼯学科、経営情報学科)を設置し、その後さらに学べる2年制の「専攻科」には3つの専攻(⽣産システム⼯学専攻、物質⼯学専攻、経営情報⼯学専攻)を設けています。

令和8年9⽉には情報教育棟を新設し、⼤学や企業と連携しながら情報教育を推進する環境を整備します。宇部⾼専では、社会で活躍できる「⾼度な専⾨⼒」と「情報技術⼒」を持つ⼈材を育てていきます。

宇部高専外観

【学校概要】

学校名:独立行政法人国立高等専門学校機構 宇部工業高等専門学校

所在地:山口県宇部市常盤台2-14-1

校長:川村 淳浩

設立:1962年

URL:https://www.ube-k.ac.jp/

事業内容:高等専門学校・高等教育機関

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会社概要

URL
https://www.kosen-k.go.jp/
業種
教育・学習支援業
本社所在地
東京都八王子市東浅川町 701-2
電話番号
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代表者名
中島 英治
上場
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資本金
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設立
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