なぜ日常の運動習慣がストレスによる高血圧発症を防ぐのか?

― 運動習慣は扁桃体のStat3発現を改善させる ―

学校法人 順天堂

順天堂大学大学院スポーツ健康科学研究科の冨田圭佑 大学院生(研究当時。令和5年3月31日修了、現帝京科学大学 講師)、山中航 准教授、和氣秀文 教授の研究グループは、慢性的なストレスによる高血圧発症の予防には、運動が効果的であるとされるメカニズムの一部を明らかにしました。研究グループが着目したのは、“苦しい”や“つらい”などの負の情動を生み出し、血圧調節などの自律神経応答にもかかわっている脳領域の一つ、扁桃体の役割についてです。本研究では、ラットにストレスを与えるためにほぼ毎日1時間拘束すると、3週間後に安静時血圧が上昇するとともに、扁桃体の遺伝子発現パターンに変化が生じることを明らかにしました。一方、同じような拘束を行っても、回転かごによる自由運動が可能な環境下で飼育すると、拘束による血圧上昇が抑えられ、複数の扁桃体遺伝子の発現が正常レベルに改善されました。これらの遺伝子群の中で、シグナル伝達・転写活性化因子3(Stat3)(*1)が慢性的なストレスによる血圧上昇と、運動習慣によるその予防および改善効果に寄与している可能性が示唆されました。本成果はActa Physiologica誌に2025年1月13日付で公開されました。

本研究成果のポイント

  • 運動習慣がストレスによる高血圧発症を予防・改善する仕組みについて検討

  • 運動習慣はストレスによる扁桃体の遺伝子発現変動を改善することで高血圧発症を予防

  • 本成果はストレス誘発性の様々な病態に対する運動効果のメカニズム解明にも貢献

背景

度重なるストレス(慢性ストレス)は、高血圧症をはじめとした心血管疾患やうつ病に代表される気分障害などの発症リスクを高めます。ストレス解消のための一手段として、日常的な運動が推奨されており、事実、ストレスに起因した様々な病気の予防・改善に有効であることもわかっています。しかしながら、ストレスによる高血圧発症のメカニズムや運動による予防・改善効果について、その詳細はよくわかっていません。急性ストレスは、扁桃体の活動性を上昇させ、またその情報は、自律神経調節に関わる延髄領域(孤束核や吻側延髄腹外側野など)に投射されることが知られています。さらに、運動習慣により扁桃体ニューロンに変化(可塑性)が生じ、うつ様行動や不安反応性が軽減することも知られています。そこで研究グループは、慢性ストレスによる高血圧発症においても扁桃体の可塑性が関与し、継続的な運動は、その一連の反応を抑制するという仮説を立てました。これを検証するために、本研究ではラットの拘束ストレス(1日1時間、週5日間、3週間)が、心血管パラメータ(血圧、心拍数)や扁桃体の遺伝子発現に及ぼす影響ついて測定・解析を行いました。さらに、ラットに拘束ストレスを課すものの、自発性走運動を行うことができる回転カゴ付きケージで飼育した場合についても同様の測定・解析を行い、ストレスに対する運動習慣の効果について観察しました。

内容

 本研究では、若齢ラットを用い、(i)拘束ストレス群、(ii)拘束ストレス+運動群(ストレス群と同条件でストレスが負荷されるものの、自由に運動できる環境で飼育)、(iii)対照群(ストレス負荷を行わず通常環境で飼育)の3群に分けました。ストレスは拘束衣を用いて1日1時間、週5日間、3週間のストレスを課し、飼育期間前後に全てのラットの尾部より血圧を測定しました。飼育期間終了後、ラットの扁桃体からRNAを採取し、マイクロアレイ法(*2)を用いて網羅的遺伝子発現解析を行いました。また、免疫染色法を用いて、扁桃体中心核(CeA)(*3)における発現変動遺伝子のタンパク質について調べました。

 ラットの3週間の拘束ストレスにより、血圧が有意に上昇すること、CeAの多くの遺伝子群の発現水準が対照群に比べて有意に下方制御されることがわかりました。一方で、拘束ストレス+運動群では、血圧は対照群と同水準の値を示し、慢性ストレスにより下方制御された遺伝子の約80%が改善されました。発現変動遺伝子のうち、細胞数維持や神経保護などに関与するStat3は、拘束ストレス群で下方制御されましたが、拘束ストレス+運動群では対照群と同水準の値にまで回復しました。また、Stat3発現水準と血圧の間に負の相関関係が認められました。CeAにおけるリン酸化STAT3タンパク質はニューロンで発現していることが観察され、発現量は対照群に比べ、拘束ストレス群で低下しましたが、拘束ストレス+運動群で対照群と同水準の値を示し、遺伝子発現解析と同様の結果が得られました。さらに、アデノ随伴ウイルスベクターを用いてCeAのStat3を発現抑制すると(すなわちストレスによって生じる反応を模倣した状態)、血圧は有意に上昇しました。

  以上の結果から、慢性ストレスは扁桃体の遺伝子発現パターンを変化させ、これらの発現変動遺伝子のうち、CeAのStat3は血圧レベルの調節に関与し、慢性ストレスに対する血圧上昇や運動習慣による血圧改善に関与している可能性が示唆されました。

A:ストレスに暴露されると扁桃体が活性化し、交感神経系や内分泌系を興奮させ、ストレス応答を起こします。これらの中枢は視床下部や延髄にあります。B:実験動物にストレスを課すと、ヒトと同じように血圧が上昇します。しかしストレスを課しても、日常の運動により血圧の上昇が抑えられます。今回の実験でストレスを課したラットでは、扁桃体のシグナル伝達・転写活性化因子3(Stat3)の発現が減少することが明らかになりました。また、運動習慣により、その反応が抑えられることがわかりました。C:さらに、Stat3をノックダウン(発現抑制)したことにより、扁桃体中心核のリン酸化STAT3の発現減少と血圧上昇が認められましたが、心拍数には影響をあたえませんでした。D:今回の結果から得られた新しい仮説です。扁桃体中心核におけるSTAT3の発現減少は、扁桃体中心核の主な出力ニューロンに対する抑制性入力(γアミノ酪酸(GABA)作動性入力)を減少させることにより、扁桃体中心核のニューロンの興奮性が増大し、その投射先である血圧調節に関わる脳領域に対して抑制性伝達が増大した結果、血圧が高値を示した可能性が考えられます。

今後の展開

 今後は、CeAのStat3を介した血圧制御の根底にあるメカニズムについて調べる必要があります。本研究では、CeAによる中枢性血圧制御に焦点を当てていますが、血圧制御には血管の局所性調節や内分泌系も関与しています。また、慢性ストレスに依存した他の脳領域や末梢器官に及ぼす影響について焦点を当てた研究を行う必要があります。さらに、運動習慣がCeAのStat3発現を変化させるメカニズムについても更なる検証が必要です。今回の研究成果は高血圧症などのストレスに依存した病態生理学的反応の予防・改善に対する運動効果について、そのメカニズムの解明に繋がるものとして期待されます。

用語解説

*1シグナル伝達・転写活性化因子3(Stat3): STATファミリーの1つで、細胞の増殖や分化、アポトーシス(細胞死)、神経保護など様々な役割を有する転写因子。

*2マイクロアレイ法:遺伝子発現を網羅的に解析する方法で、RNAとプローブが相補的に結合する性質を利用してその発現量を検出・解析する。

 *3扁桃体中心核(CeA): 扁桃体を構成する約13の核の1つで、血圧調節に関わる主要な脳領域(延髄の孤束核など)を神経支配する。

原著論文

本研究はActa Physiologica誌のオンライン版(2025年1月13日付)に先行公開されました。

タイトル:Potential role of signal transducer and activator of transcription 3 in the amygdala in mitigating stress-induced high blood pressure via exercise in rats

タイトル(日本語訳):ラットの運動によるストレス誘発性血圧上昇の緩和における扁桃体シグナル伝達・転写活性化因子3の潜在的な役割

著者:Keisuke Tomita 1), Ko Yamanaka 1), Thu Van Nguyen 1), Jimmy Kim 1), Linh Thuy Pham 1), Toru Kobayashi 1), Sabine S. Gouraud 2), and Hidefumi Waki 1)

著者(日本語表記):冨田 圭佑 1), 山中 航 1), ヌエン ヴァン トゥー 1), 金 芝美 1), ファム トゥイ リン 1), 小林 徹 1), グホ サビン 2), 和氣 秀文 1)

著者所属:1) Graduate School of Health and Sports Science, Juntendo University, Chiba, 2) College of Liberal Arts, International Christian University, Tokyo

著者所属(日本語表記):1) 順天堂大学大学院スポーツ健康科学研究科, 2) 国際基督教大学教養学部

DOI: 10.1111/apha.14274

本研究はJSPS科研費19K11449、順天堂大学スポーツ健康科学部共同研究の支援を受け実施されました。なお、本研究にご協力いただいた皆様には深謝いたします。

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URL
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業種
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本社所在地
東京都文京区本郷2-1-1
電話番号
03-3813-3111
代表者名
小川 秀興
上場
未上場
資本金
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設立
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