社交不安症の患者のために、認知行動療法の考え方をもとに新しく開発した視線トレーニング装置の不安軽減効果を実証
研究の背景
社交不安症(SAD: Social Anxiety Disorder)は、他の人からの注目を浴びる発表やグループ活動への参加などの社交場⾯に対する著しい恐怖や不安が毎日続くために、日常生活に支障が起こる精神疾患です。対人恐怖症とも言えます。うつ病やアルコール依存症のように、一般的にみられる疾患です。思春期に発症することが多く、病気だと気づかれないまま、何年も医療機関などに相談しないで、苦しんでいる人も多くいます。社交不安症のために、教室に行くのが怖くて不登校になったり、引きこもりになったりすることもあります。
社交不安症の治療として、日本のガイドラインでは、考え方や行動を変えることで問題を解決する精神療法である認知行動療法注1)と選択セロトニン再取込阻害薬による薬物療法があげられています。清水栄司教授らの研究グループは、2016年に、抗うつ薬で改善しない社交不安症の患者に対して、認知行動療法が有効であることを臨床試験により明らかにし、社交不安症の認知行動療法の治療者用マニュアルを公表してきました。しかし、認知行動療法を提供できる医療者が不足していたり、薬物療法には副作用があったりするため、新しい安全な治療法が必要とされていました。
社交不安症の認知行動療法は薬物療法より有効性が高いという報告もあることから、研究チームは、認知行動療法の考え方を参考にした新しい治療装置の開発に取り組むことにしました。そして、社交不安症の患者が対人場面でアイコンタクトを避ける問題に着目し、視線トレーニング・ソフトウェア「アイ・コミュニケーション・トレーナー(ECOM)」とメガネ型視線計測装置を組み合わせた視線トレーニング装置を新しく開発し、2020年から臨床研究を開始しました。
研究の成果
チームは、研究の同意を得た社交不安症の患者23名(平均年齢29.8歳、男性9名、女性14名)に、メガネ型の装置を着用し、モニター画面の指示に従って、映し出される人や動物を見ていただき、アイコンタクトが成立した場合など、視線が適切であった際に、「OK」「Good」「Nice」「Great」「Excellent」のような異なるポジティブな音声フィードバックを受ける視線トレーニングを週1回20分、合計8回受けていただきました。視線トレーニング実施前、実施中、実施後、そしてトレーニング終了してからの4週後に、面接やアンケートを行って、社交不安の症状などを評価しました。社交不安の症状は「リーボヴィッツ社交不安尺度(LSAS)」注2)を使用して測定しました。
その結果、社交不安症状が、トレーニング前に比べて、統計的に有意に減少していることが確認されました。試験の条件が異なるため、さらなる研究が必要ですが、従来報告された認知行動療法の効果量や薬物療法の効果量と同じレベルの効果量が示されました。また、軽症のドライアイ以外の有害事象は報告されず、安全に実施することができました。このことは、ECOMによる視線トレーニングが、社交不安症の新しい治療法となることを示唆していると言えます。
視線トレーニングの様子
今後の展望
今後は、多くの患者さんのご協力を得て、大規模な対照群を置いたランダム化比較試験を行うことで、ECOMによる視線トレーニングを社交不安症の新しい治療法として確立していくことが期待されます。
研究者のコメント(清水 栄司)
ECOMによる視線トレーニングであれば、認知行動療法を提供できる専門家がいない医療機関でも、安全に、社交不安症の治療を実施しやすくなると期待しています。ECOMを1日も早く社会実装できるように、研究開発を続けていきたいと考えています。
用語解説
注1)認知行動療法(Cognitive Behavioral Therapy):「感情」の問題を引き起こしている「認知(考え)」と「行動」の悪循環を、良循環にもっていくようにバランスをとる心理療法。
注2)リーボヴィッツ社交不安尺度(LSAS):社交不安症の症状を測定する目的で開発された、24項目の社交場面に恐怖・不安と回避について0~3点で評価し、144点満点で、点数が高いほど、社交不安が強いと評価する尺度。
論文情報
タイトル: Effectiveness of eye communication training device for social anxiety disorder treatment: A single-arm pilot trial
著者:
松本淳子a,平野好幸a,中口俊哉b,田村真樹c,中村英輝a,福田恭平d,佐原佑治c,池田友紀e, 滝口直美e,宮内政徳e,清水栄司a,c
所属:
a 千葉大学子どものこころの発達教育研究センター
b 千葉大学フロンティア医工学センター
c 千葉大学大学院医学研究院認知行動生理学
d 千葉大学大学院理工学研究院
e 住友ファーマ株式会社
雑誌名: Journal of Affective Disorders Reports
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