ポストに子どもを置き去りにした母親は今、何を思う。『赤ちゃんポストの真実』
渾身のノンフィクション
風呂場でひとり、
血まみれになりながら産んだ子を
「赤ちゃんポスト」に預けた。
«「江戸時代は家で産んでいたはずだって自分に言い聞かせていたんです。私にもできるはずって」
誰にも頼らず、たった一人で理恵さんは子どもを産もうとした。里帰り出産した姉が置いていったベビー服を引っ張り出した。陣痛が始まってバスタオルとビニール袋を、風呂場に備えた。
「おなかがすっごく痛かったんです。すっごく痛かった」»
(本書「序章」より)
10年近く前、理恵さんは熊本の「赤ちゃんポスト」を訪ねた。彼女は病院の建物の脇に扉があるのを見つけ、赤ちゃんを置いた――。
2007年に慈恵病院(熊本市)が開設した「赤ちゃんポスト」は〝命を救う〟という理念のもと、理解を広げてきた。だが、実際の運用は一筋縄ではいかない。
出産状況が分からないため医療者の負担も大きい。2019年3月までに預けられた144人中、病院が想定した早期新生児は76人。残りの約半数が、ある程度育った赤ちゃんだった。障害児や外国人の赤ちゃんもいた。
ポストに関する法律はなく、預けられた子どもは、置き去りにされた場合と同様の行政手続きとなる。病院はまず児童相談所と警察に報告。赤ちゃんは戸籍法に基づき「棄児」(捨て子)と位置づけられ、児童相談所は親を捜す調査をするが、それでも身元が分からない場合、親の名前が空欄の一人戸籍がつくられ、姓名は熊本市長が定める。身元が判明しない子どもは健康保険に入ることはできず、医療費は熊本市が負担する。
よくいえば慈恵病院の信念に基づいた孤軍奮闘によって、より現実的にいえば現行法では扱えず、グレーゾーンで運用されている。
ちなみに、第1次安倍内閣時の安倍晋三はポスト設置構想が浮上した際、「匿名で子どもを置いていけるものをつくるのがいいのか。大変抵抗を感じる」と否定的な意見を述べた。
「匿名」という壁をこえ、地元紙記者が細い糸をたどるようにポストに預けた母、預けられた子を訪ねた。また数多くの医療・福祉関係者や熊本市長や県知事にもあたった。
«取材を重ねてきたものの、赤ちゃんポストについての結論を私は出すことができない。
「救われた命がある」という主張が何度も頭をよぎった。反論はできない。いや、私自身、救われた命はあるかもしれないと思うこともあった。救われてほしいという願いかもしれない。一方で繰り返すようだが、法律がない中、赤ちゃんポストを運営するリスクは依然感じている。だが、「ではどうすればいいのか」と突きつけられるたびに、答えに窮する自分がいた。
対案を示すこともできない。
つまり、何が「正しい」のか分からない。
答えがわからない問いだからこそ、さまざまな立場の人間が繰り返し考え続ける必要があるのではないか、と考えた。
価値観は時代とともに変わっていくものだろう。
後世、検証する上で同時代の関係者の証言が少しでも役立つのなら、本書を出版する意味もあるだろうと自分を納得させている。»
(本書「あとがき」より)
冒頭の理恵さんは「ポストに子どもを預けようと考える人に、何を言いたいですか」と聞くと、「とにかく誰かに相談してください。一人で考えても何も始まりません。助けてくれる人はいます」と訴えかけた。
開設されて13年、赤ちゃんポストが日本社会に問いかけたものとは何か?
大手メディアの「美談」からこぼれ落ちた事実(ファクト)を、ひたすら拾い集めた執念のルポルタージュ。
〈目次〉
序章 罪の意識
第1章 命を救う
第2章 市長の葛藤
第3章 想定外
第4章 出自を知らない子どもたち
第5章 抑止力
第6章 世界のポスト
第7章 理事長との対話
第8章 神の手と呼ばれて
第9章 内密出産
第10 メディアと検証
終章 真実告知
『赤ちゃんポストの真実』 著/森本修代 定価:本体1500円+税 判型/頁:4-6/320頁 ISBN978-4-09-388772-4 小学館より発売中(6/30発売) 本書の紹介ページはこちらです↓ https://www.shogakukan.co.jp/books/09388772 |
【著者プロフィール】
森本修代(もりもと・のぶよ)
1969年熊本県生まれ。ジャーナリスト。静岡県立大学在学中にフィリピン・クラブを取材して執筆した『ハーフ・フィリピーナ』(森本葉名義、潮出版社、1996年)で、第15回潮賞ノンフィクション部門優秀作。
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