高速・高感度の多重三次元免疫組織化学法の開発に成功

―ナノボディと蛍光チラミドシグナル増幅システムによる三次元免疫組織化学法―

学校法人 順天堂

抗体分子を用いて三次元組織内の標的分子の分布を明らかにする三次元免疫組織化学法は、主に二次元で行われてきた免疫組織化学法を大幅に拡張し、組織学、病理組織診断に新しい視野を与えるものです。一方で、三次元免疫組織化学法の運用には抗体分子の三次元組織への迅速な浸透、シグナル検出感度の向上が大きな課題となっていました。順天堂大学大学院医学研究科脳回路形態学の山内健太 助教、日置寛之 教授らの研究グループは、ペルオキシダーゼ(*1)標識ナノボディ(*2)(POD-nAb)と、研究グループが独自に開発した蛍光チラミドシグナル増感法(*3)(FT-GO法(*4))とを組み合わせることにより、高速・高感度の多重三次元免疫組織化学法(POD-nAb/FT-GO 3D-IHC法)の開発に成功しました。

本論文はCommunications Biology誌に2025年6月18日付で公開されました。

本研究成果のポイント

● 高速・高感度の多重三次元免疫組織化学法の開発

● 通常使用するIgG(*5)抗体が浸透しづらい組織深部の標的分子の標識に成功

● 通常の標識ナノボディを用いた染色法と比較して5倍以上のシグナル増幅を達成

背景

抗体分子を用いて三次元組織内の標的分子の分布を可視化する三次元免疫組織化学法は、主に二次元で行われてきた免疫組織化学法を大幅に拡張し、組織学、病理組織診断に新しい視野を与えるものです。三次元免疫組織化学法は、二次元組織では見ることのできなかった分子発現、細胞分布、組織構造を明らかにします。良いことずくめのようにみえる三次元免疫組織化学法ですが、通常の二次元免疫組織化学法をそのまま三次元生体組織へ適用しても組織深部に位置する標的分子を効率良く標識することはできず、三次元免疫組織化学法の運用には抗体分子の三次元組織への浸透、シグナル検出感度の向上が大きな課題となっていました。そこで、研究グループは、ラクダ科動物に由来する小さな抗体フラグメント(断片)であるナノボディに着目し、そのナノボディをペルオキシダーゼにより標識することにより(図1)、高速・高感度の多重三次元免疫組織化学法の開発に取り組みました。

内容

研究グループが開発した高速・高感度の多重三次元免疫組織化学法(POD-nAb/FT-GO 3D-IHC法)では、抗体分子としてペルオキシダーゼ標識ナノボディ(POD-nAb)を使用します(図2)。ナノボディはラクダ科動物に由来する小さな抗体フラグメントであり、ペルオキシダーゼ標識を行った後でも、その大きさは通常の免疫組織化学に使用するIgG抗体の40 %程度(〜60 kDa(*6))となります。通常の抗体分子の半分以下のサイズのPOD-nAbを用いることにより、三次元生体組織への迅速な抗体分子の浸透を狙いました。一方でペルオキシダーゼは抗体分子の高感度検出を可能にするチラミドシグナル増感を触媒することができます。ペルオキシダーゼをナノボディに付加し、研究グループが独自に開発した多色蛍光チラミドシグナル増感法であるFT-GO法と組み合わせて、抗体分子の検出感度の大幅な向上を図りました。POD-nAb/FT-GO 3D-IHC法を用いることにより、通常の免疫組織化学法で用いる組織と比較して20〜100倍の厚みを持つ1 mm厚の脳組織内に存在する標的分子を、3日間で高感度に検出することが可能となります。

研究グループは最初に、今回開発したPOD-nAb/FT-GO 3D-IHC法に使用する抗体分子であるPOD-nAbが通常の免疫組織化学に使用するIgG抗体と比較して三次元脳組織の深部に迅速に浸透することを明らかにしました。また、POD-nAbの組織内部への浸透は、脳組織を生体組織の透過性を向上させるScaleA2溶液(*7)で前処理することにより、より一層促進されることも示しました。

次に、POD-nAb/FT-GO 3D-IHC法と通常の標識ナノボディを用いた三次元免疫組織化学法との検出感度の比較を行いました。その結果、POD-nAb/FT-GO 3D-IHC法は、標識ナノボディを用いた染色法と比較して5倍以上のシグナル増幅をもたらすことが明らかになりました。蛍光シグナル検出の利点の一つは異なる蛍光色素を用いた多色標識が可能なことです。FT-GO法を用いて多色標識を行うには、一つの蛍光色素を用いた染色が終了するごとに、シグナル検出を触媒するペルオキシダーゼを失活させる必要があります。そこで、研究グループは、防腐剤の一つであるアジ化ナトリウムを用いることにより、三次元組織中の異なる標的分子を異なる蛍光色素により標識できるPOD-nAb/FT-GO 3D-IHC法を確立させることができました。

アルツハイマー病の患者さんの脳組織では、アミロイド斑(*8)周囲において脳の免疫活動を担うミクログリアが集合し、活性化することが知られています。最後に、研究グループはミクログリア表面に発現する抗原ITGAM(*9)に対するPOD-nAbを作成し、アルツハイマー病モデルマウスの脳組織に対してPOD-nAb/FT-GO 3D-IHC法を適用することにより、厚みのある脳組織内でアミロイド斑周囲のミクログリアの集合と活性化とを可視化することに成功しました(図2)。

    

 

図1:ITGAM POD-nAbの立体構造予測

本論文で作成したPOD-nAbの一つであるITGAM POD-nAbの立体構造予測。ITGAM POD-nAbは脳の免疫細胞であるミクログリア表面に発現する抗原を認識する。POD-nAbは抗原を認識するナノボディ(図中左側)と高感度検出を可能にするペルオキシダーゼ(図中右側)の融合タンパクをして調製される。立体構造はAlphaFold3(*10)により予測した。

   

 

図2:アルツハイマー病モデルマウス脳におけるITGAM POD-nAb/FT-GO 3D-IHC

500 µm厚のアルツハイマー病モデルマウス脳スライスにおける活性化したミクログリア細胞の分布(マゼンタ)をPOD-nAb/FT-GO 3D-IHC法により可視化した。抗体はミクログリア細胞の表面抗原を認識するITGAM POD-nAbを用いた。脳組織中のアミロイド斑(白)は蛍光アミロイド染色により可視化している。上図は三次元ボリュームレンダリング像(*11)を、下図はスライス表面から深さ250 µmにおける染色像を示している。下図の矢頭はアミロイド斑周囲に集積、活性化したミクログリア細胞を示す。

今後の展開

今回、研究グループが開発した高速・高感度のPOD-nAb/FT-GO 3D-IHC法は、通常の免疫組織化学法では標識できない組織深部の抗原を高速かつ高感度で検出することができます。三次元免疫組織化学法は、二次元組織では見ることのできなかった分子発現、細胞分布、組織構造を明らかにすることができます。POD-nAb/FT-GO 3D-IHC法は、これまで二次元を主体に行われてきた組織学、病理組織診断を拡張し、これら分野に新しい視野を与えていくことが期待されます。

用語解説

*1 ペルオキシダーゼ:酸化還元酵素の一種。過酸化水素による物質の酸化を触媒する。

*2 ナノボディ:ラクダ科の重鎖抗体の可変領域。他のポリペプチドの存在なしで抗原と結合する単鎖抗体。分子量は通常の免疫グロブリンG(IgG)の10分の1程度(12-15 kDa)。

*3 チラミドシグナル増感法:ペルオキシダーゼの酵素活性を用いてチラミド基質を組織に共有結合させることによりシグナルの増幅を行う方法。ペルオキシダーゼ近傍に大量の標識チラミドが沈着することによりシグナル増幅がなされる。

*4 FT-GO法:研究グループが独自に開発した多重蛍光チラミドシグナル増感法(Yamauchi et al., Sci Rep. 12:14807.)。チラミドシグナル増感に必要不可欠な過酸化水素の供給をグルコースオキシダーゼの酵素反応により行う。

*5 IgG:免疫グロブリンG。最も一般的な抗体分子。2本の重鎖と2本の軽鎖から構成されるY字型の分子でその分子量はおおよそ150 kDa。

*6 kDa:キロダルトン。分子質量の単位。1 Da(ダルトン)は炭素12の原子1個の質量の1/12に相当。1 kDaは1,000ダルトン。

*7 ScaleA2溶液:理化学研究所の宮脇敦史 博士らによって開発された透明化試薬。生体組織の物質透過性も向上させる。

*8 アミロイド斑:アミロイドβと呼ばれるタンパク質が凝集して形成される細胞外のタンパク質の沈着。アルツハイマー病患者の脳組織で観察され、同病の進行に関わると考えられている。

*9 ITGAM:αMインテグリンのこと。別名CD11bとも呼ばれる。単球、顆粒球、マクロファージ、NK細胞など自然免疫に関与する多く細胞表面に発現する。脳では主にミクログリア細胞に発現することが知られている。

*10 AlphaFold3:DeepMind社により開発されたタンパク質立体構造予測プログラム。開発者らは2024年のノーベル化学賞を受賞。

*11 ボリュームレンダリング像:ボリュームデータを構成する一つ一つのボクセル(3次元空間における最小体積要素)が持つ値の情報に、閾値(いきち)、不透明度、色、明るさの各要素を設定することで表示される立体画像のこと。

原著論文 

本研究はCommunications Biology誌に(2025年6月18日付)公開されました。

タイトル: A Three Dimensional Immunolabeling Method with Peroxidase-fused Nanobodies and Fluorochromized Tyramide-Glucose Oxidase Signal Amplification

タイトル(日本語訳): ペルオキシダーゼ標識ナノボディとFT-GOシグナルチラミド増幅法を用いた三次元免疫組織化学法の開発

著者:Kenta Yamauchi, Masato Koike, Hiroyuki Hioki

著者(日本語表記): 山内健太1, 2)、小池正人2)、日置寛之1, 2, 3)

著者所属: 1)順天堂大学大学院医学研究科脳回路形態学、2)順天堂大学大学院医学研究科神経機能構造学、3)順天堂大学大学院医学研究科マルチスケール脳構造イメージング

DOI: 10.1038/s42003-025-08317-z   

本研究は以下の支援を受け、多施設との共同研究の基に実施されました。また、本研究にご協力いただいた皆様に深謝いたします。

【日本学術振興会(JSPS)】

基盤研究(B) JP21H02592

基盤研究(C) JP20K07231, JP23K06310, JP20K07743

国際共同研究加速基金(国際先導研究)JP23K20044

【日本医療研究開発機構(AMED)】

革新的技術による脳機能ネットワークの全容解明プロジェクト「マルチスケール構造情報を繋ぐ順行性CLEMウイルスベクター技術群の開発」(JP21dm0207112)

脳神経科学統合プログラム「脳統合研究を推進するウイルスベクター技術の整備と高度化」(JP24wm0625103)

【科学技術振興機構(JST)】

創発的研究支援事業「シナプス構築から探る大脳新皮質の構造原理」(JPMJFR204D)

ムーンショット型研究開発事業「臓器連関の包括的理解に基づく認知症関連疾患の克服に向けて」(JPMJMS2024)

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会社概要

学校法人 順天堂

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URL
http://www.juntendo.ac.jp/
業種
教育・学習支援業
本社所在地
東京都文京区本郷2-1-1
電話番号
03-3813-3111
代表者名
小川 秀興
上場
未上場
資本金
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設立
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