乳がんの悪性化に関わるがん関連線維芽細胞の新たな仕組みを解明

― エンドグリンを介した腫瘍増殖や転移促進機構 ―

学校法人 順天堂

順天堂大学大学院医学研究科消化器内科学の大久保捷奇 助教、分子病理病態学の目澤義弘 助教、白木原琢哉 准教授、折茂彰 主任教授らは、乳がん組織に豊富に存在するがん関連線維芽細胞(CAFs)(*1)のうち、筋線維芽細胞様CAFs(myCAFs)ががんを悪性化させる仕組みを明らかにしました。本研究では、CAFsが多く存在する乳がん組織において、TGF-β(*2)共受容体であるエンドグリン(*3)と呼ばれるタンパク質の発現量が高いと、がん患者の予後が悪くなることを発見しました。さらに、エンドグリンがmyCAFs内でTGF-βシグナル伝達経路を活性化することで、がんの増殖と転移を助長していることが分かりました。この成果は、乳がん治療における新たな治療標的の可能性を示すものです。本論文はMolecular Oncology誌のオンライン版に2025年7月11日付で公開されました。

本研究成果のポイント

  • 乳がんのmyCAFsで高発現するエンドグリンが腫瘍増殖および浸潤・転移に関わることを発見しました。

  • エンドグリンがmyCAFsのTGF-βシグナル伝達を活性化してTGF-β1産生を促すことでがん進展を促進することを示しました。

  • myCAFsのエンドグリンを標的とした新たな乳がん治療の可能性が示唆されました。

背景

乳がんは日本人女性に最も多いがんであり、その進行や転移を制御するためには、がん細胞だけでなく、それを取り巻くがん微小環境に着目する必要があります。中でも、CAFsはがんの増殖、転移、薬剤耐性などさまざまながん悪性化に深く関与するとされ、CAFsの性質を理解することが治療戦略の鍵と考えられています。CAFsの一種であるmyCAFsでは、TGF-βシグナル伝達経路が活性化していることや、がんを悪化させることが知られていますが、その詳細なメカニズムには不明な点が多く残されていました。

内容

232例のヒト乳がん組織サンプルの解析から、CAFsでのエンドグリンの発現が陽性である67例は予後が不良あることが明らかになりました。免疫染色や遺伝子発現解析によって、エンドグリンは筋線維芽細胞様のCAFs(myCAFs)に発現しており、これらの細胞が腫瘍内でTGF-β1の産生源となっていることを確認しました。さらに、myCAFsのエンドグリンの発現抑制により、TGF-βシグナル経路の活性化およびTGF-β1の産生が低下しました。このことにより、エンドグリンを介したTGF-β1のオートクリン(自己分泌)様式の作用がmyCAFsの活性化状態の維持に必須であることが示唆されました。

乳がんマウスモデルにおいても、エンドグリンの発現抑制がmyCAFsの腫瘍増殖能や浸潤能、肺転移促進能を抑えることが分かりました。また、myCAFsが産生するTGF-β1が、パラクリン(傍分泌)様式でがん細胞に対して部分的な上皮間葉移行(*4)を誘導し、浸潤・転移能を高める仕組みが解明されました。これらの知見により、エンドグリンはmyCAFsのがん促進機能を媒介する中核的因子であり、治療標的として極めて有望であることが示されました。

図1:myCAFsのエンドグリンが乳がん進展に関わるメカニズム

エンドグリンはmyCAFsにおけるTGF-βシグナル伝達促進因子であり、乳がんの増殖や浸潤・転移を促進し予後不良に関わります。myCAFsから産生されたTGF-β1は、エンドグリンを介してmyCAFs自身のTGF-βシグナルをオークトクリン様式で活性化するのみならず、パラクリン様式で近傍のがん細胞に部分的な上皮間葉移行を引き起こすことによって浸潤・転移を促進することが明らかになりました。

今後の展開

myCAFsにおけるTGF-βシグナル活性化や癌促進能の分子機構は不明でした。本研究によりmyCAFsで発現しているTGF-β共受容体であるエンドグリンが乳がんの増殖や浸潤・転移に重要な役割を果たすことが明らかになりました。エンドグリンはmyCAFsの自己刺激的なTGF-β1産生を促すことによってmyCAFsの活性化の維持に必須であるのみならず、がん細胞に部分的な上皮間葉移行を引き起こすことで浸潤・転移を促進することが明らかになりました。これらの知見は、乳がん治療においてmyCAFsのエンドグリンを標的とすることで、がんの進行や転移を抑える可能性を示唆しており、新たな治療戦略の開発に貢献することが期待されます。今後は、エンドグリンの発現がmyCAFsでどのように亢進するのか、また、エンドグリンを介したTGF-βオートクリンシグナル伝達によって産生される他の腫瘍促進因子について、さらなる研究を進める予定です。

用語解説

*1 がん関連線維芽細胞(CAFs):Carcinoma-associated fibroblastsの略称。腫瘍微小環境に存在する線維芽細胞で、主に腫瘍の増大や転移に作用することが知られている。

*2 TGF-β(トランスフォーミング増殖因子-β):細胞の増殖や分化を調節するシグナル伝達分子。

*3 エンドグリン:TGF-βスーパーファミリーの共受容体であり、血管内皮細胞や線維芽細胞に発現する。

*4 上皮間葉移行:上皮細胞が形態的・機能的に間葉細胞の性質を獲得すること。正常な胎児の発生時期や創傷治癒の他、線維症やがん転移などの疾患にも関与すると考えられている。

研究者のコメント

私たちはCAFsという「がんを支える細胞」に焦点を当てることで、がんそのものへの直接的なアプローチとは異なる治療戦略の基盤を提供することを目指しています。今回の研究ではmyCAFsにおけるエンドグリンの役割を明らかにし、乳がん治療の新たな標的としての可能性を示しました。今後もさまざまな側面からCAFsの特性を追究し、がんの克服に繋がる成果を発表していきたいと考えています。

原著論文

本研究はMolecular Oncology誌のオンライン版に2025年7月11日付で公開されました。

タイトル:Endoglin mediates the tumor- and metastasis-promoting traits of stromal myofibroblasts in human breast carcinomas

タイトル(日本語訳):乳癌の癌関連線維芽細胞で高発現するエンドグリンは腫瘍形成と転移促進に関与する

著者:Shoki Okubo1)2), Yoshihiro Mezawa2), Zixu Wang2), Ahmet Acar3), Yasuhiko Ito1)4), Atsushi Takano5)6), Yohei Miyagi7), Tomoyuki Yokose8), Toshinari Yamashita9), Yataro Daigo5)6), Takuya Shirakihara2), Akira Orimo2)

著者(日本語表記):大久保捷奇1)2)、目澤義弘2)、王子旭2)、Ahmet Acar3)、伊藤恭彦1)4)、高野淳5)6)、宮城洋平7)、横瀬智之8)、山下年成9)、醍醐弥太郎5)6)、白木原琢哉2)、折茂彰2)

著者所属:1)順天堂大学医学部消化器内科学講座、2)順天堂大学医学研究科分子病理病態学、3)トルコ中東工科大学、4)順天堂大学大学院医学研究科アトピー疾患研究センター、5)東京大学医科学研究所附属病院抗体・ワクチンセンター、6)滋賀医科大学先端がん研究センター臨床腫瘍学講座・腫瘍内科・腫瘍センター、7)神奈川県立がんセンター臨床研究所がん分子病態部、8)神奈川県立がんセンター病理診断科、9)神奈川県立がんセンター乳腺外科

DOI: 10.1002/1878-0261.70074

本研究はJSPS科研費JP19K16754, JP15K14385, JP25640069, JP24300332, JP24K10459および文部科学省私立大学戦略的研究基盤形成事業S1311011の支援を受け多施設との共同研究の基に実施されました。なお、本研究にご協力いただいた皆様には深謝いたします。

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本社所在地
東京都文京区本郷2-1-1
電話番号
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代表者名
小川 秀興
上場
未上場
資本金
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設立
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