リゾホスファチジン酸がCOVID-19における血管損傷を防ぐことを世界で初めて実証

学校法人 順天堂

本研究成果のポイント

◆ COVID-19で問題となる血管損傷に対し、リゾホスファチジン酸(LPA)(注1)が血管保護効果を発揮することを世界で初めて発見

◆ 独自開発の3次元血管培養システム(注2)と動物実験により、LPAが炎症シグナルを抑制し血管構造を維持するメカニズムを解明

◆ 従来の抗ウイルス薬・抗炎症薬とは異なる血管標的治療の新戦略を提案、Long COVID予防への応用も期待

概要

福井大学医学系部門医学領域血管統御学の木戸屋浩康教授、細江尚唯大学院生、大阪大学微生物病研究所の村松史隆助教らの研究グループは、順天堂大学大学院医学研究科ウイルス学岡本徹教授、鈴木達也准教授、東京科学大学総合研究院難治疾患研究所島村徹平教授との共同研究により、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)による血管損傷を効果的に抑制する新たな治療標的を発見しました。

COVID-19では重篤な血管損傷が生じ、多臓器不全や長期後遺症の原因となることが知られています。本研究では、生体内の脂質メディエーターであるリゾホスファチジン酸(LPA)による血管保護作用が治療に有効であることを世界で初めて実証しました。研究グループは、ヒト血管内皮細胞(注3)を用いた3次元血管培養システムを構築し、SARS-CoV-2感染により破綻する血管構造がLPAにより保護されることを確認しました。さらに、動物モデルを用いた感染実験では、LPA投与により肺組織の炎症と血管損傷が有意に改善されました。そのメカニズムとして、LPAは炎症性サイトカインの産生を抑制し、血管内皮細胞間の接着を強化することが判明しました。この発見は、従来の抗ウイルス薬や抗炎症薬とは異なる治療法を提案するものであり、COVID-19の重症化予防やLong COVID対策に加え、将来の新興再興ウイルス感染症に対する初期治療法としての応用が期待されます。

   

〈研究の背景と経緯〉

COVID-19では、肺炎などの呼吸器症状に加えて、全身の血管炎や血管損傷が引き起こされることが知られています。血管内皮細胞の機能障害は、血管透過性の亢進、血栓形成の活性化、炎症細胞の血管外遊出を引き起こし、多臓器不全や長期後遺症の原因となります。

現在のCOVID-19治療は主にウイルス増殖抑制や炎症制御に焦点を当てていますが、血管そのものを保護・安定化させる治療法は確立されておらず、新たなアプローチが求められていました。また、将来発生する可能性のある新興再興ウイルス感染症においても、多くはCOVID-19と同様に血管損傷を伴うことが予想されるため、ウイルス特異的ではない血管保護を基軸とした治療法の開発は、ワクチンが確立されるまでの初期治療として極めて重要な意義を持ちます。研究グループは、これまでに腫瘍血管の機能的成熟化に関する研究でLPAの血管安定化作用を報告しており、この知見をCOVID-19の血管病態に応用することを着想しました。

〈研究の内容〉

研究グループは、肺、脳、腎臓由来のヒト血管内皮細胞を用いて、生体内の血管構造を模倣した3次元培養システムを構築しました。このシステムでは、血管内皮細胞が管腔構造を形成し、LPA受容体(LPA4)やSARS-CoV-2侵入受容体(ACE2、TMPRSS2)が生体内と同様に発現することを確認しました。

SARS-CoV-2を感染させた3次元血管培養では、血管構造の破綻と管腔容積の有意な減少が観察されましたが、LPA処理により血管構造が保護され、管腔容積の減少が抑制されました(図1)。網羅的な遺伝子発現解析により、LPAはSARS-CoV-2感染により誘導される炎症性遺伝子(TNF、インターフェロンシグナル等)の発現を抑制し、細胞接着分子の発現を回復させることが明らかになりました。

シリアンハムスターを用いた感染実験では、LPA投与(10mg/kg、30mg/kg、腹腔内投与)により、肺組織の炎症スコアが有意に改善し、血管内皮細胞の剥離や血管構造の破壊が抑制されることを確認しました(図2)。

〈今後の展開〉

本研究により、LPAを標的とした血管保護療法の可能性が示されました。今後は、LPA4受容体に選択的に作用するアゴニストの開発により、副作用を最小化した治療法の確立を目指します。また、COVID-19以外の血管病態を特徴とする疾患への応用や、将来の新興感染症に対する血管保護療法の基盤技術としての発展が期待されます。

特に注目すべきは、LPAによる血管保護効果が次なる新興再興ウイルス感染症に対しても有効である可能性です。多くのウイルス感染症では血管損傷が重篤化の要因となるため、血管を保護することで幅広い感染症に対応できると考えられます。これにより、将来パンデミックが発生した際に、ワクチンが確立されるまでの初期治療として活用できる可能性があり、新たな感染症対策となることが期待されます。

臨床応用に向けては、薬物動態試験や安全性試験、さらにはCOVID-19患者を対象とした臨床試験が必要となります。本研究成果は、血管を標的とした新たな治療戦略として、既存の抗ウイルス薬や抗炎症薬との併用により、COVID-19の治療効果向上に貢献することが期待されます。

〈参考図〉

 図1:3次元血管培養システムにおけるSARS-CoV-2感染とLPA保護効果

(CD31陽性の管腔構造を示す蛍光顕微鏡画像)

図2:LPA投与によるハムスター肺組織の炎症抑制効果

(H&E染色による組織病理学的解析)

〈用語解説〉

(注1)リゾホスファチジン酸(LPA)
生体内に存在する脂質メディエーターの一種。細胞増殖、分化、遊走など多様な生物学的機能を有し、血管形成や創傷治癒に重要な役割を果たす。6つのサブタイプ(LPA1-6)のGタンパク質共役受容体を介してシグナルを伝達する。

(注2)3次元血管培養システム
コラーゲンゲル内で血管内皮細胞を培養し、生体内の血管構造に類似した管腔構造を形成させる培養技術。従来の平面培養では再現困難な血管の立体構造や機能を解析することが可能。

(注3)血管内皮細胞

血管の内腔側の表面に位置し、血管の形態を構成する細胞。


〈論文タイトル〉

"Vasoprotective effects of lysophosphatidic acid inhibit vascular injury caused by SARS-CoV-2 infection"

(日本語タイトル:「リゾホスファチジン酸による血管保護作用がSARS-CoV-2感染における血管損傷を抑制する」)

〈著者〉

Fumitaka Muramatsu, Naoi Hosoe, Tatsuya Suzuki, Teppei Shimamura, Yumiko Hayashi, Kazuhiro Takara, Lamri Lynda, Anna Shimizu, Weizhen Jia, Yoshimi Noda, Nobuyuki Takakura, Toru Okamoto, Hiroyasu Kidoya

村松史隆(大阪大学 微生物病研究所 情報伝達分野 助教)

細江尚唯(福井大学 医学系部門医学領域 血管統御学 大学院生)

鈴木達也(順天堂大学 大学院医学研究科 ウイルス学 准教授)

島村徹平(東京科学大学総合研究院 難治疾患研究所 計算システム生物学分野 教授)

林弓美子(福井大学 医学系部門医学領域 血管統御学 助教)

高良和宏(福井大学 医学系部門医学領域 血管統御学 助教)

リンダ・ラムリ(福井大学 医学系部門医学領域 血管統御学 助教)

清水杏奈(福井大学 医学系部門医学領域 血管統御学 大学院生)

賈 維臻 (大阪大学 微生物病研究所 情報伝達分野 助教)

野田成美(大阪大学 微生物病研究所 情報伝達分野 日本学術振興会特別研究員(PD))

髙倉伸幸(大阪大学 微生物病研究所 情報伝達分野 教授)

岡本 徹 (順天堂大学 大学院医学研究科 ウイルス学 教授)

木戸屋浩康(福井大学 医学系部門医学領域 血管統御学 教授)

〈発表雑誌〉

雑誌名「Scientific Reports」(サイエンティフィック・リポーツ)

公表日:7月25日午前10時(英国時間)

DOI番号:10.1038/s41598-025-06569-7

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業種
教育・学習支援業
本社所在地
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代表者名
小川 秀興
上場
未上場
資本金
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設立
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