ユニークな性質をもつ次世代半導体、有機半導体を用いた光エレクトロニクスに欠かせない励起子束縛エネルギーの本質を解明

国立大学法人千葉大学

 千葉大学大学院工学研究院の吉田弘幸教授、融合理工学府博士前期課程(研究当時)の杉江藍氏、理化学研究所創発物性科学研究センター(CEMS)の中野恭兵研究員、但馬敬介チームリーダー、広島大学大学院先進理工系科学研究科の尾坂格教授の共同研究チームは、有機半導体(注1)の励起子束縛エネルギーの精密測定(注2)に世界で初めて成功し、励起子束縛エネルギーがバンドギャップ(注3)の1/4に比例することを発見しました。この結果は、有機半導体の光エレクトロニクスの根幹にかかわるもので、有機半導体の光電子物性を制御するカギとなります。
 本研究成果は、アメリカ化学会のThe Journal of Physical Chemistry Letters誌に2023年12月11日(現地時間)にオンライン公開されました。
  • 研究の背景・目的

 有機半導体はプラスチックの一種であり、現在最も標準的なシリコンなどの無機半導体に比べて、薄くて軽いフレキシブルなデバイスが製造できる特徴をもっています。この特徴をもつ有機EL素子を使ったテレビやスマートフォンなどの高性能フラットパネルディスプレイはすでに普及しています。生体との相性も良いことから、今後、バイオセンサーやヘルスケア分野への展開も期待される次世代半導体材料です。この有機半導体には、薄さや軽さのほかにも無機半導体とは大きく異なる性質があり、これらを捉えていくことが、今後の有機半導体研究には不可欠です。その性質の一つが励起子です。

半導体が光を吸収すると、励起子と呼ばれる電子と正孔(注4)がクーロン引力(電荷同士が互いに引き合う力)で結びついた準粒子が生成されます。この引力の大きさを励起子束縛エネルギーと呼びます(図1)。無機半導体では、励起子束縛エネルギーは室温エネルギー(0.03 eV)よりも小さいので、室温では即座に励起子が電子と正孔に解離するため、それほど重要ではありません。しかし、有機半導体では、励起子束縛エネルギーは室温エネルギーの10倍以上あるため、励起子が有機半導体中にいつまでも残ってデバイス動作を決定づけます。このことから有機半導体の光エレクトロニクスでは、励起子束縛エネルギーを制御することが重要です。例えば、太陽電池では、まず半導体が太陽光を吸収すると励起子が生成します。この励起子を解離して電子と正孔に分けることで発電します。励起子をできるだけ効率よく解離するには、励起子束縛エネルギーを小さくすることが肝要です。しかし、これまで有機半導体では励起子束縛エネルギーの精密な測定はなく、励起子の性質についての研究が進んでいませんでした。

  • 研究の成果

 研究グループは、吉田教授が2012年に開発した低エネルギー逆光電子分光法(LEIPS)(注5)を用いて、有機半導体の電子親和力(注6)を0.05 eVという画期的な高精度で測定することに成功しました。これを使って励起子束縛エネルギーを0.1 eVという従来の5倍の精度で決定する方法を確立しました(図1)。

 この方法で、有機太陽電池材料、有機EL素子などの42種類もの有機半導体の励起子束縛エネルギーを決定しました。この結果をまとめたところ、励起子束縛エネルギーがバンドギャップの4分の1に比例するという結果が得られました(図2)。従来は、このような系統的で精密な測定結果がなかったため、大まかに励起子束縛エネルギーは0.5 eV程度であり、分子の形や官能基の種類と関係すると信じられてきました。本研究の結果は、分子の形などによらずバンドギャップだけで励起子束縛エネルギーが決まるという驚くべき結果であり、従来の学説からは全く予想できない結果でした。このことから、励起子束縛エネルギーを制御するには、バンドギャップを変えるのが最も効果的であることがわかります。

 さらに研究グループは、この結果が、水素原子モデルを当てはめると説明できることを明らかにしました。このような簡単な説明ができることは、有機半導体の励起子の性質を解明する上で重要な情報となります。


 これらの結果は、光エレクトロニクスと直結するものです。本研究から、有機太陽電池材料では励起子束縛エネルギーが0.2 eVから0.6 eV、有機EL材料では1eV以上であることが明らかになりました。有機太陽電池の材料では、高い開発電効率を得るためには励起子束縛エネルギーは小さいほうが望ましいです。一方で、有機EL材料では励起子束縛エネルギーが大きい方が電荷を結合して発光するのに有利と考えられます。これまでの有機デバイスの開発では、試行錯誤により材料が選ばれてきたわけですが、本研究の結果から励起子束縛エネルギーの面からも適切な材料が選ばれてきたことがわかりました。

励起子束縛エネルギーはバンドギャップに比例し、バンドギャップはイオン化エネルギーと電子親和力の差であることから、光エレクトロニクスデバイスで励起子束縛エネルギーを最適化するには、バンドギャップを制御すること、そのためには適切なイオン化エネルギーと電子親和力の材料を選ぶ必要があることになります。バンドギャップは光波長と関わり、イオン化エネルギーや電子親和力は電子や正孔の注入・収集効率と関わります。応用目的に合わせて、電極材料の選択まで含めた総合的なデバイス設計が必要であり、本研究の成果はその指針を与えるものです。

  • 今後の発展・展望

これらの結果は、これまで不明だった有機半導体の励起子の性質を明らかにする大きな一歩です。本研究成果がきっかけとなって、励起子の性質について基礎・応用研究が急速に発展し、今後の有機半導体を使った光エレクトロニクスの材料選択やデバイス設計に役立てられることが期待されます。

  • 用語解説

注1)有機半導体:電気が流れる有機物。1940年代に発見され、1997年に有機半導体を使った初の有機EL素子が実用化し、高性能ディスプレイとして普及している。今後、さらに大きな発展が期待される次世代半導体である。

注2)励起子束縛エネルギーの精密測定法(図3):励起子エネルギーとバンドギャップの差として計測される。励起子エネルギーは光吸収と光発光の測定から決める。バンドギャップの測定は困難で、イオン化エネルギーと電子親和力の差から計算する方法が最も確実な方法。従来は、電子親和力の測定が困難であったが、本研究ではLEIPSにより克服した。

注3)バンドギャップ:半導体では、電子の入ることのできない禁制帯があり、このエネルギー幅をバンドギャップと呼ぶ。電気特性や光学特性を決める重要な値である。

注4) 電子と正孔:電子は負の電荷をもつ素粒子で、電子の流れが電流である。半導体では、電子の抜けた穴を正孔と呼び、正の電荷をもつ粒子として扱う。半導体デバイスは、電子と正孔が動くことで動作する。

注5)低エネルギー逆光電子分光法:吉田が2012年に開発した固体の電子親和力を精密に観測する方法。イオン化エネルギーを測定する紫外光電子分光法と相補的な実験手法である。吉田の特許を基に世界中に普及し始めている。

注6)電子親和力:物質から電子を取り出して正イオン(正孔のある状態)を生成するのに必要なエネルギーイオン化エネルギー。物質に電子を注入して負イオン(電子のある状態)を作る際に放出されるエネルギーが電子親和力。半導体の正孔と電子の輸送されるエネルギー準位を表す。イオン化エネルギーと電子親和力のエネルギー差がバンドギャップである(図3)。

  • 論文情報

タイトル:Dependence of Exciton Binding Energy on Bandgap of Organic Semiconductors

著者:Ai Sugie, Kyohei Nakano, Keisuke Tajima, Itaru Osaka, Hiroyuki Yoshida

雑誌名:The Journal of Physical Chemistry Letters

DOI: 10.1021/acs.jpclett.3c02863

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未上場
資本金
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設立
2004年04月