循環する細胞外小胞が脳梗塞モデルラットの機能回復に寄与

― 脳梗塞慢性期治療の新たな選択肢としての可能性 ―

学校法人 順天堂

順天堂大学医学部神経学講座の平健一郎非常勤講師、宮元伸和准教授、服部信孝特任教授、上野祐司客員教授(山梨大学医学部内科学講座神経内科学教室教授)らの研究グループは、脳梗塞慢性期に血清中の細胞外小胞(EVs)*¹に豊富に含まれるmiR-451-5p*2が、脳梗塞モデルラットの脳組織の神経再生とアストロサイト(星状膠細胞)の性質/状態を制御し、運動機能回復を促進させることを明らかにしました。本成果は、脳梗塞慢性期における機能回復を目的とした新規治療の新たな選択肢として期待されます。

本論文はJournal of Cerebral Blood Flow & Metabolism誌のオンライン版2025年7月28日付で公開されました。

本研究成果のポイント

●  脳梗塞28日後(慢性期)に血液中を循環するEVs内にはmiR-451-5pが豊富に含まれていた。

●  MiR-451-5pは神経細胞内のmacrophage migration inhibitory factor (MIF)とアストロサイト内のcyclin D1(CCND1)を制御し、神経再生とアストロサイトのプロファイルの変化をもたらした。

● MiR-451-5pは脳梗塞後の機能回復を目的とした新規治療薬となる可能性がある。

背景  

脳梗塞は世界的に主要な死因・障害原因の一つであり、急性期治療が進歩した現在においても、慢性期における機能回復には限界がありました。これまで脳梗塞慢性期の機能回復に着目した治療として、幹細胞移植が試みられてきましたが、腫瘍化のリスクや免疫拒絶、費用の面などで課題がありました。一方でEVsは、血液脳関門(BBB)を通過でき、保存性も高く、腫瘍化リスクも低いことから安全かつ実用的な治療アプローチとして注目されています。これまで急性期における抗炎症効果を目的としたEVs治療の報告は多数ありますが、回復期における神経再生、機能回復を目的としたEVs治療の報告はありませんでした。一方で、脳梗塞後において未治療でも限局的に機能回復が促されるという報告があります。研究グループは、この限局的な機能回復をヒントに脳梗塞慢性期に血液中を循環するEVsに着目し、慢性期における機能回復を治療ターゲットとする視点から本研究を開始しました。

内容  

本研究では、健常時のラットの全血血清由来のEVs、脳梗塞急性期モデルラット(脳梗塞発症3日後)のEVs、脳梗塞慢性期モデルラット(脳梗塞発症28日後)のEVsを脳梗塞モデルラット(永久的中大脳動脈閉塞モデル)の急性期が終わるタイミング(7日後)に尾静脈から投与し、脳梗塞発症28日後(慢性期)の機能回復を検討しました。まず、全血血清に含まれるEVsの個数は急性期モデルラット由来のEVsでその他と比べ有意に減少していました。一方で総蛋白量は慢性期モデルラットでその他と比べ有意に多い傾向でした。神経徴候や運動機能は急性期モデルラットと慢性期モデルラットの全血血清由来EVs投与にて有意に改善されました。脳梗塞周囲のperi-infarct area*³では軸索と樹状突起の再生が認められました。またGFAP陽性の活性化アストロサイトのうちC3d陽性の細胞障害作用の強いアストロサイトは減少し、神経保護作用の強いS100A10陽性アストロサイトは増加していました。特にS100A10陽性アストロサイトの増加は急性期モデルラットの全血血清由来EVs投与群に比べ慢性期モデルラットの全血血清由来EVs投与群において顕著でした。尾静脈から投与したEVsの体内での集積を検証したところ、急性期モデル由来のEVsは筋肉に、慢性期モデル由来のEVsは肺、肝、骨に有意に集積していました。また、脳では梗塞巣への集積が確認できましたが、各EVsで有意差はなく、梗塞巣の神経細胞、軸索、樹状突起、アストロサイトへの集積を比較しても有意差はありませんでした(図1)。網羅的解析において慢性期モデル由来のEVsにはmiR-451-5pが豊富に含まれていることが明らかなになりました。さらにmiR-451-5pはEVsの中でも細胞表面のテトラスパニン*⁴の一つであるCD9が陽性のEVsに多く含まれることが分かりました。

MiR-451-5pを増幅したEVsを作製し、脳梗塞モデルラットに投与したところ、神経徴候や運動機能は著明に改善し、初代神経細胞培養においても軸索、樹状突起を示すマーカーであるpNFH(リン酸化ニューロフィラメント重鎖)、npNFH(非リン酸化ニューロフィラメント重鎖)の発現が著しく上昇しました。さらに、神経細胞内においてmacrophage migration inhibitory factor (MIF)の発現はmiR-451-5pにより減少し、アストロサイト内においてcyclin D1(CCND1)が減少することが分かりました(図2)。

以上の結果から、脳梗塞慢性期に血清に含まれるEVs内にはmiR-451-5pが豊富に存在し、これにより神経細胞内でMIF、アストロサイト内でCCND1を制御することにより、神経再生とアストロサイトのプロファイルを変化させ、脳梗塞後の機能回復が促進されることが明らかとなりました(図3)。

図1:血液中を循環するEVsのperi-infarct areaへの集積

脳梗塞後、循環するEVsはperi-infarct areaにおいて神経細胞、軸索、樹状突起、活性化アストロサイトに集積する。

図2:MiR-451-5pによる神経再生と、関連蛋白の制御

MiR-451-5pは虚血後培養神経細胞において軸索、樹状突起の発現を促進し神経細胞内のMIFの減少

アストロサイト内のCCND1の減少をもたらす。

図3:脳梗塞後慢性期におけるmiR-451-5pによる機能回復のメカニズム

脳梗塞慢性期にCD9陽性EVsに多く含まれるmiR-451-5pにはMIF、CCND1を制御し神経再生とアストロサイトのプロファイルを変化させ、機能回復を促す。

今後の展開  

今回、研究グループはmiR-451-5pが脳梗塞慢性期における新規治療薬の一つとして応用できる可能性を見出しました。増幅したmiR-451-5pを選択的に脳梗塞部位に到達できる方法と、治療薬の開発を引き続きすすめていきます。

用語解説

*1 細胞外小胞(EVs): extracellular vesiclesのことで、あらゆる細胞が分泌する微小な粒子のこと。30-150nmのものはエクソソームと呼ばれる。

*2 miR-451-5p: マイクロRNAの一種で、遺伝子の発現調整に関与する小さな非コードRNA分子のこと。

*3  peri-infarct area: 脳梗塞モデルラットの梗塞巣周囲300µmの範囲のこと。

*4 テロトラスパニン: 細胞表面にある蛋白質であり、細胞どうしのつながりや情報のやりとりを助ける役割を持つとされている。

原著論文 

本研究はJournal of Cerebral Blood Flow & Metabolism誌のオンライン版に2025年07月28日付で公開されました。

タイトル: Circulating extracellular vesicles in facilitated stroke recovery via MiR-451-5p/MIF and MiR-451-5p/CCND1 axes

タイトル(日本語訳): 循環する細胞外小胞がMiR-451-5p/MIF及びMiR-451-5p/CCND1経路を介して脳卒中回復を促進する

著者: Kenichiro Hira1), Nobukazu Miyamoto1), Toshiki Inaba1), Hai-Bin Xu1), Yoshifumi Miyauchi1), Chikage Kijima1), Takao Urabe2), Nobutaka Hattori1)3), Yuji Ueno1)4)

著者(日本語表記): 平健一郎1)、宮元伸和1)、稲葉俊東1)、徐海濱1)、宮内淑史1)、木島千景1)、卜部貴夫2)、服部信孝1)3)、上野祐司1)4)

著者所属:1)順天堂大学医学部神経学講座、2)順天堂大学医学部附属浦安病院脳神経内科、3)理化学研究所脳神経化学研究センター神経変性疾患共同研究室、4)山梨大学医学部内科学講座神経内科学教室

DOI: 10.1177/0271678X251361247   

本研究はJSPS科研費JP22K15652の支援を受け実施されました。

なお、本研究にご協力いただいたセルソース株式会社には深謝いたします。

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