我が家のレシピに込められた想いを辿る、胃も心も満たすグルメ×家族小説。『口福のレシピ』
『三人屋』『ランチ酒』『まずはこれ食べて』――旬のおいしい小説作家が、家庭料理のレシピの歴史に挑む意欲作!
あなたに、おいしく食べてもらいたい。
骨酒、冷や汁、生姜焼き――
女ふたり暮らしの食卓は、今日も豊かでお酒が進む。
品川留希子の実家は江戸時代から続く古い家柄で、老舗料理学校「品川料理学園」を経営している。幼い頃から後継者の道が決まっている雰囲気や、昔ながらの教則本を使う学園の方針への抵抗があり、大学卒業後は製品開発会社にSEとして就職した。当初はひとり暮らしをしていたが、今は離婚したばかりの友人・小井住風花に誘われて一軒家に同居している。お酒が大好きな風花に晩酌のアテをふるまうのが留希子の楽しみだ。
«知らない人からしたら、ふっくらと優しげな風花は料理上手、背が高くて痩せ、首元で短く切りそろえたボブの留希子は料理に興味がないタイプ、と見えるだろう。
けれど、実際は反対で、風花は酒とそのつまみにはこだわるし知識はあるが、料理は面倒くさがり、留希子はくたくたに疲れていても冷蔵庫の中身を考えるだけでしゃっきり元気になる質(たち)だ。
働く女の料理というのはむずかしい。その日食べたいものと、自分の身体の状態をいつも秤(はかり)にかけている。疲れていたり、残業帰りで時間がなかったりしたら、冷蔵庫に買い置き食材が用意してあってもすべてがご破算になってしまう。»
激務に追われ会社を退職した留希子は、毎日、料理の写真を撮ってTwitterに上げていた。「作り方を教えて」というコメントをきっかけにレシピを公開し始めると、フォロワー数がぐんと増え、雑誌から仕事の依頼がきた。家業を拒んでいたはずの留希子だったが、いつのまにか「料理」が仕事になっていた。
ところが、あるレシピをめぐり、問題が起きる。それぞれ品川料理学園の会長と校長である祖母と母が、盗作で留希子を訴えるというのだ。
«「失敗だわね」
「え」
留希子は思わず、小さく叫んだが、母は「はい」とうなずいて目を伏せた。
「あなたの子育てはまったく失敗だったわけね。こんな子に育つなんて」
「申し訳ございません」
人生、これ優等生の母が小さくなって頭を下げている。
「人のレシピを盗んだ上に、きちんと謝ることもできない。自分の罪を認めることもできない。多少、料理ができても、こんなんじゃ、仕方がない」
その言葉をゆったりとした口調で言うから、恐ろしいのだ。
「罪って」
留希子は思わずつぶやいたが、祖母はこちらを見ようともしなかった。
「品川家の人間なのに、このレシピの重要性をわからない。料理を作る人間なのに、先人に対する尊敬の念もない。いったい、どこまで思い上がっているのか」
祖母はやっと留希子を見た。»
我が家の味を参考にしただけなのに、祖母はなぜここまで怒るのか。
いったい誰が考案したものなのか。
そのレシピに込められた想いとは――?
品川家に伝わるレシピを巡る、胃と心の空白を満たすグルメ×家族小説。
読むだけでおいしい料理もてんこ盛り!
『口福のレシピ』 著/原田ひ香 定価:本体1500円+税 判型/頁:4-6/288頁 ISBN978-4-09-386586-9 小学館より発売中(8/21発売) 本書の紹介ページはこちらです↓ https://www.shogakukan.co.jp/books/09386586 |
【著者プロフィール】
原田ひ香(はらだ・ひか)
1970年神奈川県生まれ。2006年「リトルプリンセス二号」で第34回創作ラジオドラマ脚本懸賞公募の最優秀作受賞。2007年「はじまらないティータイム」で第31回すばる文学賞受賞。著書に『東京ロンダリング』『人生オークション』『母親ウエスタン』『三人屋』『ギリギリ』『ラジオ・ガガガ』『ランチ酒』『三千円の使いかた』『DRY』『おっぱいマンション改修争議』『まずはこれ食べて』など。
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