あなたの心脳血管疾患リスク予測、もっと正確に
日韓共同研究から、米国発の最新予測式「PREVENT」のアジア人への有効性を確認
順天堂大学大学院医学研究科総合診療科学 教授/AIインキュベーションファーム センター長 矢野 裕一朗教授と、京都大学大学院医学研究科社会健康医学系専攻 井上 浩輔 教授、韓国・延世大学デジタルヘルスケア革新研究らの共同研究グループは、米国で開発された新しい心血管疾患(CVD)リスク予測式*¹(PREVENT:Predicting Risk of CVD EVENTs)*²、アジア人集団においても有効であることを解明しました。
「PREVENT」は欧米人におけるCVDリスクを正確に予測する手法として期待されていましたが、アジア人への有効性は不明でした。研究グループが約770万人の大規模データを解析した結果、「PREVENT」がアジア人においても将来の心筋梗塞や脳卒中の発症リスクを高い精度で予測できることを初めて発見しました。本成果は、アジア人一人ひとりの健康管理を大きく前進させ、CVDの予防医療に貢献するものです。
本論文は、The Journal of the American College of Cardiology (JACC)誌のオンライン版に2025年11月18日付で公開されました。
本研究成果のポイント
● アジア人の心血管疾患リスク予測精度が向上
● アジア人における今後の予防医療に向けた新たな課題と方向性を提示
● グローバルな医療への貢献
背景
健康診断などで、将来、心筋梗塞や脳卒中といった命に関わる病気にどれくらいなりやすいか、そのリスク(危険度)を予測することは、予防医療において非常に重要です。
これまで、リスク予測には主に欧米人のデータに基づいて作られた計算モデルが世界中で使われてきました。しかし、このモデルを日本を含むアジアの人々に使うと、実際よりもリスクが「高い」と判定されてしまう傾向がありました。その結果、不必要な治療や投薬につながる恐れがあるだけでなく、世界共通の基準で健康課題に取り組む上での大きな障壁となっていました。そのような中、2023年に米国で、より精度の高い新しいリスク予測式「PREVENT」が開発されました。そこで本研究では、「この新しいモデルは、果たしてアジア人にも正確に当てはまるのか?」という疑問を検証するため、韓国の約770万人の大規模データを使い、その有効性を評価することを目的としました。これが実証されれば、世界中の人々をより公平で正確な「ものさし」で評価できるようになり、グローバルな予防医療の発展に大きく貢献することが期待されます。
内容
・研究の方法:約770万人分のデータで予測の「答え合わせ」
今回の研究では、韓国の国民的な健康データベース*³を用いて、過去に心臓や血管の病気をしたことのない30歳から79歳までの成人、約770万人という膨大なデータを解析しました。具体的には、リスク予測式「PREVENT」を使い、この770万人が10年以内に心筋梗塞や脳卒中、心不全を発症する確率を一人ひとり予測しました。そして、その予測がどれだけ正確だったかを、追跡調査による実際のカルテ記録(=現実)と照らし合わせることで、その精度を厳密に検証しました。この「答え合わせ」を、従来の予測モデルとも比較しています。
・主な結果:見えてきた「光」と「今後の課題」
最も重要な成果は、動脈硬化が原因となる心血管疾患(心筋梗塞や脳卒中といった心臓や血管の病気)のリスク予測精度です。予測と実際の発生率が完全に一致すると、精度を示す指標(較正スロープ)は1.0になります。今回の結果、「PREVENT」の数値は女性で0.87、男性で0.84と、理想値である1.0に非常に近い優れた結果を示しました。これに対して、従来モデルの数値は女性で0.53、男性で0.47と、1.0から大きく離れていました。この数字は、「PREVENT」が、従来モデルが抱えていた「アジア人のリスクを約2倍に過大評価してしまう」という深刻な問題を、大幅に改善したことを明確に示しています。
一方で、心不全のリスクについては、実際よりもやや高く予測してしまう(過大評価)傾向が見られました。これは、心不全の診断基準などが国や地域によって異なることが影響している可能性があり、アジア人に最適化するための今後の改善点を示唆しています。もう一つ重要な発見として、「10年後のリスクは低い」と予測された人の中でも、実際には60歳未満の比較的若い世代で発症するケースが少なからず存在することが明らかになりました。これは、「10年」という期間だけでは不十分な場合があることを示しており、若い世代こそ、より長期的な視点で健康管理に取り組む必要性を浮き彫りにする結果となりました。
今後の展開
今回の研究により、「PREVENT」がアジア人における心筋梗塞や脳卒中のリスクを正確に評価できることが明らかになりました。これにより、今後は国際的な臨床研究や大規模な健康調査において、人種や地域を超えた共通の「ものさし」として活用できる道が開かれました。世界中の研究者が同じ基準でデータを比較できるようになり、グローバルな予防医療戦略の発展が大きく加速することが期待されます。
一方で、心不全の予測精度のように、地域ごとの特性に合わせた「微調整(ファインチューニング)」*⁴が必要な課題も見えてきました。今後は、モデル(リスク予測式「PREVENT」)を開発した米国の研究機関とも協力しながら、アジア人のデータに基づいた独自の改良を加えていくことを目指します。本研究で実証された共同研究の成功モデルは、今後もさまざまな医療課題の解決に貢献していきます。

図.アジア人におけるPREVENT予測式の精度評価
各アウトカムにおけるキャリブレーション(傾きおよび予測リスクのデシルごとの観測値と予測値のプロット)。キャリブレーションプロットでは、観測リスクの95%信頼区間に対応する誤差線が短すぎて可視化されなかった。これらのモデルには、HDLコレステロールとnon-HDLコレステロール(全心血管疾患および心血管疾患の場合)、BMI(心不全の場合)、収縮期血圧、糖尿病、現在の喫煙状況、推算糸球体濾過量(eGFR)、降圧薬またはスタチンの使用、年齢が予測因子として含まれている。
全心血管疾患=心筋梗塞、致死性冠動脈疾患、致死性/非致死性脳卒中、および心不全、心血管疾患=心筋梗塞、致死性冠動脈疾患、致死性/非致死性脳卒中
用語解説
*1 心血管疾患(CVD)リスク予測式: 個人の健康情報をもとに、将来、心筋梗塞や脳卒中といった心臓や血管の病気を発症する確率を計算するツールのことです。一言でいえば、「あなたの体の未来の天気予報」のようなものです
*2 PREVENT: Predicting Risk of CVD EVENTs とは、2023年に米国心臓協会(AHA)が開発した、新しい心血管疾患の将来のリスクを予測するための新しい計算方法です。米国の医療の場面では、その計算式をもとに、スタチン(コレステロールを下げる薬)や降圧薬による治療が推奨されます。
*3 韓国の国民的な健康データベース: 韓国の国民健康保険公団(NHIS)が構築・管理する、非常に大規模な医学研究用のデータベースです。韓国の国民皆保険制度の情報を基にしており、公衆衛生や医療政策に関する様々な研究に活用されています。
*4 微調整(ファインチューニング): 既存のモデルを、新しいタスクに適応させるための追加学習プロセスのことです。
原著論文
本研究は The Journal of the American College of Cardiology (JACC)誌のオンライン版に2025年11月18日付で公開されました。
タイトル: Evaluation of the PREVENT Equations in a Nationwide Cohort of 7.7 Million Korean Adults
タイトル(日本語訳): 770万人の韓国成人を対象とした、心血管疾患リスク予測式PREVENTの有効性評価
著者: Hokyou Lee 1,2, Kosuke Inoue 3,4, Dasom Son 1, Yuichiro Mori 3, Eugene Yang 5, Yuichiro Yano 6, Hyeon Chang Kim 1,2, Dhruv S. Kazi 3, Donald M. Lloyd-Jones 7, Sadiya S. Khan 8,9
著者所属:
1 Department of Preventive Medicine, Yonsei University College of Medicine, Seoul, Korea;
2 Institute for Innovation in Digital Healthcare, Yonsei University, Seoul, Korea;
3 Richard A. and Susan F. Smith Center for Outcomes Research in Cardiology, Beth Israel Deaconess Medical Center, Harvard Medical School, Boston, MA, USA;
4 Department of Social Epidemiology, Graduate School of Medicine, Kyoto University, Kyoto, Japan;
5 Division of Cardiology, Department of Medicine, University of Washington School of Medicine, Seattle, WA, USA;
6 Department of General Medicine, Juntendo University School of Medicine, Tokyo, Japan;
7 Section of Preventive Medicine and Epidemiology, Department of Medicine, Boston University Chobanian & Avedisian School of Medicine, Boston, MA, USA;
8 Department of Medicine, Northwestern University Feinberg School of Medicine, Chicago, IL, USA;
9 Department of Preventive Medicine, Northwestern University Feinberg School of Medicine, Chicago, IL, USA.
DOI: https://doi.org/10.1016/j.jacc.2025.09.1591
本研究は、韓国科学技術情報通信部による韓国研究財団の助成金(課題番号:2022R1F1A1066181)を受けたものです。
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