病原真菌「アスペルギルスフミガタス」の薬剤耐性化リスク系統の解明 カビによる難治性疾患の新たな治療戦略に向けて
この結果により、感染菌の系統を評価することで、薬剤耐性化が起こり得るかの予測にもつながることが期待されます。さらに診断に応用されれば、治療中に薬剤耐性化のリスク評価が可能となり、治療方針の先鋭化につながるなど、医療への応用が期待されます。
本研究成果は、2024年3月14日(現地時間)に、学術誌Communications Biologyで公開されました。
研究の背景
真菌(カビ)による感染症は、2022年にWHO(世界保健機関)からその脅威について警鐘が鳴らされています(図1)。中でも、難治性疾患である肺アスペルギルス症は世界中で年間300万人罹患しているとも言われています。その起因菌であるアスペルギルスフミガタスは、最も警戒すべき菌種として位置付けられ、症例監視の強化や治療法の開発が求められています。同菌は土壌など環境中に普遍的に分布しておりインフルエンザやCOVID-19などの他の肺感染症がリスク要因となるだけではなく、唯一の経口薬であるアゾール薬への耐性株が出現し、その治療は困難を極めています。
我が国の臨床現場では、本菌による感染例が数多く報告され、治療中に薬剤耐性化が起こることも知られています。その過程で、多くの菌株が収集されてきましたが、世界各国で収集された菌株との違いや薬剤耐性化しやすいハイリスク系統の存在については不明でした。
研究の成果
本研究では、我が国で分離された株と世界中で報告された株について、そのゲノムデータと薬剤感受性試験データを世界最大規模で統合して解析を行いました。統合したデータセットの集団ゲノミクス解析によって、国や地域ごとの菌株の遺伝的特徴、薬剤耐性化するハイリスク系統の原因遺伝子座を探索しました。実験の結果、我が国で分離される菌株の遺伝的特徴や、集団間での交雑の程度が明らかになるとともに、薬剤耐性化に寄与する遺伝子座が明らかとなりました(図2)。
今後の展望
本研究により、我が国で分離されるアスペルギルスフミガタスの集団構造や薬剤耐性株(注4)の出現に関連する遺伝子座が分かりました。診断に応用されれば、治療中に薬剤耐性化のリスク評価が可能となり、治療方針の先鋭化につながるなど、医療への応用が期待されます。一方で、真菌はペニシリンに代表される創薬資源として重要であるため、本研究で産生されたゲノムデータの利活用により、新規有用物質の発見が期待されます。
用語解説
注1)肺アスペルギルス症:アスペルギルス属真菌(カビ)によって起こされる肺感染症。慢性や侵襲性などの病態があり、特に免疫低下時に身近な感染リスクとなる。
注2)アスペルギルスフミガタス:土壌や空気中に普遍的に存在する真菌(カビ)で、我が国の発酵産業で重要な麹菌(アスペルギルスオリゼ)と同属。有機物分解の重要なステップを担っており、地球上の物質循環に貢献している。
注3)遺伝子座:染色体上の遺伝子の位置。アスペルギルスフミガタスは8本の染色体を有しており、約2,700万塩基対で構成されている。
注4)薬剤耐性株:耐性遺伝子の獲得や変異によって抗生物質が効かない株。2050年には、薬剤耐性株による感染症による死者数が癌による死者数を上回るとの推計もある。
研究プロジェクトについて
本研究は、下記事業からの支援を受けて行われました。
•科学研究費助成事業「真菌ゲノミクスによる薬剤耐性株出現機構と病原因子の解明」(21K07001) (研究代表者 高橋弘喜)
•日本医療研究開発機構(AMED)新興・再興感染症研究基盤創生事業(多分野融合研究領域)「集団機能ゲノミクスによる病原真菌の適応機構の解明と遺伝子を標的とした新規治療法の開発」(JP23wm0325035)(研究代表者 高橋弘喜)
•日本医療研究開発機構(AMED)感染症研究革新イニシアティブ(J-PRIDE)「病原真菌Aspergillus fumigatusの環境適応能の数理モデル化による理解とそれに基づく感染防御を目指した研究」(JP19fm0208024)(研究代表者 高橋弘喜)
論文情報
タイトル:Genomic diversity of the pathogenic fungus Aspergillus fumigatus in Japan reveals the complex genomic basis of azole resistance
著者:He X, Kusuya Y, Hagiwara D, Toyotome T, Arai T, Bian C, Nagayama M, Shibata S, Watanabe A, and Takahashi H.
雑誌名:Communications Biology
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