アレルギー物質の体内センサー(IgE)を除去する新規抗体医薬の発見
― アナフィラキシー・花粉症・喘息・食物アレルギーの新規治療薬候補 ―
順天堂大学大学院医学研究科アトピー疾患研究センターの安藤智暁 准教授、王合興 協力研究員、北浦次郎 教授、奥村康 センター長ら、およびAbwiz Bio Inc. (米国)のToshiaki Maruyama 博士らの研究グループは、ヒトのIgE(*1)のCε2部位(*2)に対する新規抗体医薬が、細胞表面にすでに結合したIgEを引き剥がすことにより、アレルギー反応を抑制する作用を持つことを示し、ヒトIgEのCε2部位が新規治療標的となることを初めて報告しました。IgEはマスト細胞や好塩基球などの表面に結合することにより、アレルゲンに対するセンサーとして機能しますが、これまでに実用化されているヒトIgEに対する抗体医薬であるオマリズマブにはIgEを剥がす力はなく、効果を示すのに時間がかかることが問題でした。研究グループは、IgE受容体ヒト化マウス(*3)やヒトIgE変異体を用いた実験により、IgEを剥がす抗体医薬の結合部位を詳細につきとめ、より早く効果を示す抗体医薬の候補を複数発見しました。本研究成果は、2025年12月11日に米国科学誌「Journal of Allergy and Clinical Immunology」に掲載されました。
本研究成果のポイント
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ヒトIgE Cε2部位に対する新規Fab抗体断片ライブラリー(*4)で機能的スクリーニングを実施
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ヒトIgE Cε2部位に対するFab断片がIgEの細胞への結合を阻止・解離できることを発見
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ヒトIgEを標的とした即効性のある新規治療薬候補を複数同定
背景
花粉症、食物アレルギー、喘息などのアレルギー疾患はここ数十年間に増加し、現在では日本の人口の約半数が罹患しているとされています。アレルギー疾患は、私たちの体がアレルギー物質を検出し、マスト細胞や好塩基球などの免疫細胞が活性化することによって生じます。そのメカニズムには、IgEというセンサー物質が関わっています。マスト細胞や好塩基球が特定のアレルギー物質に反応するIgEを結合すると、その細胞がそのアレルギー物質に反応するようになります。従って、アレルギーの血液検査のほとんどは、特定のアレルギー物質に対するIgEがどれくらい存在しているかを調べています。
IgEがこれらの細胞に結合できなくする抗体医薬(オマリズマブ*5)はすでに開発されており、世界中で花粉症、食物アレルギー、喘息、特発性慢性蕁麻疹などの治療に使われていますが、すでに細胞表面に結合したIgEを剥がすことはできず、一旦結合したIgEが自然になくなるまで時間がかかることが問題でした。研究グループは、IgEと細胞の結合を安定化させるIgE内のCε2部位に着目し、この部位に対する新規抗体医薬ライブラリーを作製しました。このライブラリーを用いて、IgEと細胞との結合を不安定化させる抗体医薬をスクリーニングし、より早期に効果を示すことのできる抗体医薬の開発を試みました。
内容
研究グループは、ヒトIgE断片で免疫したウサギから、ヒトIgEのCε2部位に結合することのできる抗体の遺伝子を取り出し、結合部位(Fab断片)のライブラリーを作製しました。これらのFab断片について、細胞表面にヒトIgEが結合するのを抑制する機能と、結合したヒトIgEを除去する機能を指標にスクリーニングしたところ、特にこれらの機能活性の高い3種類のFabを得ることに成功しました。
これらのFabを、あらかじめヒトIgEを結合させたマスト細胞に投与すると、細胞からIgEを引き剥がすことができ、その結果、アレルゲンを加えた際の細胞活性化を抑制できることが明らかになりました。一方、同じ濃度で既存の抗IgE抗体医薬であるオマリズマブを投与しても、このような作用は見られませんでした。
さらに、この3種類のFabがCε2部位のどこに結合しているのかを調べるため、様々なアミノ酸変異を入れたCε2を作製し、Fabの結合性を調べたところ、これらのFabが共通の部位に結合していることが判明し、その部位に変異を入れたIgEに対してはFabが除去活性を示さないことも確かめられました。
研究グループは、この作用が生体内でも発揮され、早期にアレルギー反応を抑制する薬剤として使用可能かを調べるため、ヒトIgEを結合できるヒト化マウスを用いて、二つのアナフィラキシー(*5)モデルに対する効果を調べました。あらかじめアレルゲンに対するIgEを投与して、アレルギー反応を起こせる状態にしたマウスに、これらのFabを投与したところ、アナフィラキシー反応の発症を抑制することに成功しました。
以上の結果から、Cε2の特定の部位に対するFab抗体断片が、オマリズマブよりも早期の治療効果を持つ新規抗体医薬となりうることが明らかになりました(図1)。
今後の展開
今回の研究では、これまで治療標的として注目されてこなかったヒトIgEのCε2部位に対する複数のFab断片が、IgEを引き剥がすことによってアレルギー反応を早期に抑制できることを明らかにしました。本研究で発見されたFab断片はアレルギー疾患の新規抗体医薬のプロトタイプです。研究グループはこれらウサギ由来のFab断片のヒト化を進めており、ヒトのアレルギー疾患への応用を目指す予定です。

マスト細胞や好塩基球の表面に結合したIgEがアレルギー物質を認識すると、細胞から生理活性物質が放出されアレルギー反応を生じる。本研究で開発されたFab抗体断片を投与すると、細胞表面からIgEを除去することができ、アレルギー物質に遭遇しても認識されず、アレルギー反応を抑制できる。
用語解説
*1 IgE:アレルギー物質を検出する生体内のセンサー物質。
*2 Cε2部位:IgEを特徴付ける部位にはCε1~Cε4が存在する。Cε2は先端から2番目の部位。
*3 IgE受容体ヒト化マウス:ヒトのIgEはマウスの細胞に結合しないため、疾患モデルの作製には、マウスの細胞にヒトのIgEを結合するタンパク質(受容体)を発現したマウス(ヒト化マウス)を用いる。
*4 Fab抗体断片ライブラリー:抗体が物質に結合する部位(Fab)を多数集めたコレクション。
*5 アナフィラキシー:アレルギー物質が体内に取り込まれることによって短時間のうちに強いアレルギー反応が生じること。
研究者のコメント
これまでも私たちのチームはアレルギー疾患の予防、診断、治療を目的とした研究を続けて参りましたが、本研究成果は特に実用化に近いものです。安全性を確認しながら、一歩一歩実用化に向けて歩みを進めていきたいと考えています。
原著論文
本研究はJournal of Allergy and Clinical Immunology誌のオンライン版で(2025年12月11日付)先行公開されました。
タイトル: Fabs targeting a Cε2 epitope disassemble IgE-receptor complexes and suppress anaphylaxis
タイトル(日本語訳): Cε2エピトープに対するFab抗体断片がIgEと受容体の複合体を分解しアナフィラキシー反応を抑制する
著者: Hexing Wang1), Tomoaki Ando1), Toshiaki Maruyama3), Shigeru CJ Okumura3), Kumi Izawa1), Ayako Kaitani1), Akie Maehara1), Risa Yamamoto1), Paul D Entzminger3), Jonathan K Fleming3), Nobuhiro Nakano1), Keiko Maeda1), Hideo Yagita4), Hideoki Ogawa1), Ko Okumura1), and Jiro Kitaura1,2)
著者(日本語表記): 王合興 1,2), 安藤智暁 1), Toshiaki Maruyama 3), Shigeru CJ Okumura 3), 伊沢久未 1), 貝谷綾子 1), 前原明絵 1), 山本里彩 1), Paul D Entzminger 3), Jonathan K Fleming 3), 中野信浩 1), 前田啓子 1), 八木田秀雄 4), 小川秀興 1), 奥村康 1), 北浦次郎 1,2)
著者所属: 1)順天堂大学 アトピー疾患研究センター, 2)順天堂大学 アレルギー・炎症制御学, 3)Abwiz Bio, Inc., 4) 順天堂大学 免疫学
DOI: 10.1016/j.jaci.2025.11.010
本研究はJSPS科研費23K27637, 23K09033, 20H03721, 20K08808, 小林財団および文部科学省私立大学戦略的研究基盤形成事業の支援を受け多施設との共同研究の基に実施されました。
なお、本研究にご協力いただいた皆様には深謝いたします。
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