白金(プラチナ)電極の粗面化や溶出を抑制する新しい手法を発見 〜活性と耐久性を両立する電極触媒開発に期待〜
白金は、燃料電池や水電解に用いられる重要な電極触媒です。本研究で得られた知見を応用することにより、白金の反応活性の向上や、燃料電池の耐久性・コスト削減につながることが期待されます。
本研究成果は、2024年3月20日に、米国化学会誌 Journal of the American Chemical Society オンライン版に掲載されました。
研究の背景:
貴金属である白金は、燃料電池や水電解などの様々な電気化学反応に高い活性を示します。このため、腐食性の強い電解質を用いた電気化学デバイスの電極材料に用いられています。耐腐食性のある白金ですが、燃料電池では、起動・停止を繰り返していくと、白金の溶出や凝集が起こり、発電性能が徐々に低下していくことが課題となっています。
現在のところ溶出する理由は次のように考えられています(図1)。燃料電池の起動・停止により、電極触媒である白金の電極電位が変動します。①白金の電極電位が正電位になると水(アルカリ中では水酸化物イオン)と反応し、白金表面に水酸基や酸素原子が吸着。②白金原子と吸着酸素の原子位置が変わる原子位置交換と呼ばれる現象が発生。③その結果原子位置交換した白金が、電極電位を負電位側に還元し容易に溶出。
これまでの燃料電池触媒の研究では、酸化されにくい電極触媒を用いたり、酸素源である水が反応しにくいように疎水性物質を触媒表面に吸着させたりする取り組みにより、耐久性を向上させていました。今後は、さらなる活性化や耐久性の向上に向けて、異なるアプローチが求められています。
研究の成果:
本研究では、白金表面から少し離れた場所にあるイオンに着目しました。水溶液中においてイオンは水和(注1)されていますが、水との親和性はイオンの種類によって大きく異なります。アルカリ金属イオンの場合、イオン半径の小さなリチウム(Li)イオンは、水と親和性が強く親水性となりますが、カリウムイオンやセシウムイオンは親水性が弱くなります。水との親和性の弱いアルキル基をもつアルキルアンモニウムイオンは強い疎水性となります。このような親水性や疎水性に着目し、様々なイオンを電解質に用いて、大型放射光施設SPring-8(注2)や放射光実験施設フォトンファクトリー(PF)(注3)を利用した表面X線回折法(注4)により白金表面の構造を決定しました。また、表面酸化物を振動分光法(注5)により調べました。
これまでの研究から親水性イオンは白金表面の水酸基と強く相互作用するため、表面構造を安定化しやすいと考えられていました。しかし、疎水性であるテトラメチルアンモニウム(TMA)イオンを用いても、高電位側において白金の表面が平滑であり原子位置交換が起こりにくいことが分かり、予想と反する結果でした。一方、水との親和性が中程度のカリウム(K)イオンでは、原子位置交換がより低電位から起こり、白金の電極電位が変動することによって、粗面化しました(図2)。つまり、原子位置交換の起こりやすさは、陽イオンの親水性と密接に関係しているのです。アルキルアンモニウムイオンは、平滑な白金電極の燃料電池反応を活性化する効果もあるため(注6)、活性と耐久性の両立が可能となります。
さらに振動分光により吸着酸素と吸着水酸基の観測を行ったところ、原子位置交換の起こりやすさには、吸着水酸基と吸着酸素が関与していることが分かりました。図3のように中程度の親水性陽イオン(K)は、吸着水酸基と相互作用します。同時に吸着酸素も存在しますが、どちらも負の電荷を帯びているため互いに反発します。この負電荷同士の反発力を低減するために、白金原子が表面から持ち上げられることが原子位置交換を促進します。白金表面の酸化過程は複数の酸化状態をとり複雑な構造となりますが、最先端な分析を駆使することにより、詳細な構造や酸化メカニズムの解明につながりました。
今後の展望
本研究により、白金溶出の前段階である表面原子の位置交換の起こりやすさは、表面近傍の親水性・疎水性イオンの影響を受けることがわかりました。とくに疎水性イオンは平滑な白金電極で起こる燃料電池反応の活性を著しく高めることが知られています。そのため、今回明らかとなった疎水性イオンによる粗面化の抑制は、高い触媒活性の維持につながると考えられます。本研究の成果により、活性と耐久性を両立した電極触媒の開発につながります。
用語解説、参考資料
注1)水和:水溶液中において、水分子が溶質であるイオンや分子と相互作用して取り囲むこと。
注2)大型放射光施設SPring-8:SPring-8は、兵庫県の播磨科学公園都市にある理化学研究所が所有する世界最高性能の放射光を生み出す大型放射光施設で、利用者支援等は高輝度光科学研究センター(JASRI)が行っている。SPring-8(スプリングエイト)の名前はSuper Photon ring-8 GeV(ギガ電子ボルト)の略。放射光を用いてナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われている。
注3)放射光実験施設フォトンファクトリー (Photon Factory, PF):PFは、茨城県の筑波研究学園都市にある高エネルギー加速器研究機構(KEK)が所有する放射光実験施設で、1982年に完成した日本で最初の放射光X線源加速器である。SPring-8と共に、物質、材料、生命科学など様々な分野の研究に利用されている。
注4)表面X線回折法:表面にX線を入射することにより、表面各原子からX線が散乱する。原子が規則的に配列していれば、散乱X線は干渉され回折が起こる。検出器によって回折強度を測定し、構造解析から表面原子の電子密度分布や熱振動の情報が得られる。
注5)振動分光法:測定対象に赤外線や可視光などの電磁波を照射し、透過光、反射光や散乱光を分光することにより、分子の振動や結晶格子の固有の振動数がわかる。固有の振動数から化学種の同定を行うことができる。
注6) 詳細は以下リリースを参照。
燃料電池反応を活性化する電極反応場を発見 ~最高で8倍の活性化に成功~(2018年11月5日)
https://www.chiba-u.ac.jp/about/files/pdf/20181106.pdf
論文情報
タイトル:Surface extraction process during initial oxidation of Pt(111): Effect of hydrophilic / hydrophobic cations in alkaline media
著者:T. Kumeda, K. Kondo, S. Tanaka, O. Sakata, N. Hoshi, M. Nakamura
雑誌名:Journal of the American Chemical Society
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