高齢心不全における握力低下の予後的意義:簡便な筋力指標の予後予測における有用性を検証
― FRAGILE-HF多施設コホートでの解析 ―
順天堂大学 大学院医学研究科循環器内科学の赤間友香 大学院生(共同筆頭著者)、中出泰輔 非常勤助教(共同筆頭著者)、末永祐哉 准教授、鍵山暢之 特任准教授、中村優 非常勤助手、藤本雄大 大学院生、南野徹 教授らの研究グループは、高齢心不全患者を対象に、握力低下と退院後2年間の全死亡との関連を検証しました。本研究では、退院前に測定した握力の低下が、従来のリスク因子とは独立して 予後不良に関連する重要な指標であることを示しました。さらに、握力の低下が加齢とともに予後への影響がより強まることも明らかとなり、高齢者ほど握力の低下が死亡リスクに強く結びつくことが示されました。これらの結果は、握力が「高齢心不全患者の全身的な脆弱性を捉える簡便かつ有用な指標」であることを示しており、今後のリスク層別化や臨床判断に寄与する可能性があります。
本研究成果は Journal of the American Heart Association 誌のオンライン版に、2025年12月18日付で掲載されました。
本研究成果のポイント
● 握力低下は、従来の臨床的リスク因子とは独立して、退院後2年以内の全死亡と有意に関連していた。
● 握力低下の予後予測能は加齢とともに強まり、高齢者ほど握力の低下が死亡リスクに強く関連することが示された。
● 握力を既存のリスクモデルに追加することで、死亡リスクの分類精度(リスク層別化)が向上し、臨床的有用性が確認された。
背景
日本を含む多くの国で高齢化が急速に進む中、心不全患者数は年々増加しており、その予後の悪さは社会的に大きな課題となっています。特に高齢心不全患者では、筋力の低下や身体機能の衰えを特徴とする「フレイル(*1)」や「サルコペニア(*2)」がしばしば合併し、入退院を繰り返す要因となるだけでなく、死亡リスクの上昇とも密接に関連することが知られています。筋力の評価にはさまざまな方法がありますが、その中でも「握力」は、測定が容易で、時間や設備をほとんど必要としないことから、世界的に広く用いられる筋力の代表的指標です。アジアでは、、握力はサルコペニア診断の主要な構成要素として位置づけられています(AWGS2025基準(*3))。一方で、心不全患者において握力がどの程度予後を反映するかについては、これまでの研究で結果が一致しておらず、特に高齢患者に限定した大規模データによる検証が不足していました。また、心不全は加齢とともに全身的な脆弱性が進行する疾患であり、「握力低下」の示す意味合いが年齢によって異なる可能性は、臨床現場における大きな関心事でした。しかし、握力低下が予後とどのように関連するのか、さらにその関連が年齢により変化するのかについて、高齢心不全患者を対象とした十分な検討はこれまで行われていませんでした。本研究では、このような背景を踏まえ、高齢心不全患者を対象に、退院前に測定した握力が退院後の予後に関連するかを、多施設共同コホート研究(FRAGILE-HF(*4))を用いて検討しました。
内容
本研究では、2016年から2018年にかけて国内15施設で実施された多施設共同前向きコホート研究「FRAGILE-HF」に登録された高齢心不全患者のデータを用いて解析を行いました。FRAGILE-HFは、急性非代償性心不全で入院し、その後独歩退院が可能となった65歳以上の患者を前向きに登録した研究です。今回の解析対象は、退院前に握力測定が実施された1,290名の高齢心不全患者(中央値年齢 81歳、男性 58%)でした。握力には性差があるため、アジア人の性別ごとの基準値で割って標準化し、その上で患者を3つの群(T1:高値、T2:中間、T3:低値)に分類し、予後との関連を検討しました。T2・T3群に分類された患者は、T1群と比較して年齢が高く、男性の割合が高い傾向にあり、さらに体格指数(BMI)が低く、左室駆出率も低値でした。また、T2・T3群ではヘモグロビン値が低く、血中尿素窒素やBNP値が高いなど、全身状態の悪化を示す特徴が観察されました。2年間の追跡期間中に275名(21.7%)が死亡していましたが、握力が低い群ほど死亡率は段階的に上昇しており、Kaplan–Meier解析(*5)ではT3群の生存曲線に明瞭な乖離が認められました(log-rank検定*5 P<0.001)(図1)。さらに、Cox比例ハザードモデル(*6)を用いて、従来の予後予測指標であるMAGGICリスクスコア(*7)やlog BNP(*8)などを調整した解析を行ったところ、握力中間群(T2)および低値群(T3)は基準となる高値群(T1)と比較して有意に高い死亡リスクと関連していました。具体的には、T2群ではハザード比(*9)1.64(95%信頼区間(CI)(*10): 1.14–2.37, P=0.007)、T3群では2.03(95%信頼区間: 1.42–2.90, P<0.001)と、握力が低くなるほど予後が不良となる明確な傾向が示されました。さらに、性別に層別化した解析においても、握力はこれらの共変量で調整した後でも男女いずれにおいても退院後2年以内の死亡と有意に関連しており、性別にかかわらず握力低下が高齢心不全患者における独立した予後不良因子であることが確認されました。加えて、握力は年齢との間に有意な交互作用(*11)を示し、高齢になるほど握力低下の死亡リスクに対する影響が強まることが明らかとなりました。また予後予測モデルの検討では、従来の予後予測モデル(MAGGICスコア+log BNP)に握力を追加することで、ネット再分類改善度(NRI)(*12)は有意に向上しました(NRI 0.282, 95%CI: 0.169–0.395, P<0.001)。握力を組み込むことで、患者のリスク層別化がより適切に行えることが示されました。
今後の展開
今回の研究により、握力という非常に簡便な指標が、高齢心不全患者における身体機能の低下や予後不良を適切に反映する可能性が明らかになりました。握力低下は従来のリスク因子とは独立して死亡リスクと関連しており、さらに加齢とともにその関連性が強まることも示されました。握力は測定が容易で、特別な設備や技術を必要としないため、外来診療や入院時評価、さらには地域医療においても広く活用できる点が大きな利点です。今後、握力測定を標準的な評価項目の一つとして組み込むことで、高齢心不全患者のリスク層別化がより精緻となり、適切なタイミングでの栄養介入や運動療法、心臓リハビリテーションの導入につながる可能性があります。今後は、握力改善が実際に予後改善と関連するかを検証する介入研究や、在宅医療を含む幅広い診療領域での有用性を検討することが重要となるでしょう。

図1:本研究の結果のまとめ
本研究では、FRAGILE-HF コホートのデータを用いて、高齢心不全患者における握力低下の予後予測能を検討した。標準化した握力値に基づき患者を三分位に分類したところ、低い握力は従来の危険因子で調整した後も、退院後2年以内の生存率の有意な低下と独立して関連していた。さらに、握力低下の予後に対する影響は加齢とともにより顕著に増大することが示された。これらの結果から、高齢心不全患者の診療において握力評価を取り入れることは、より正確なリスク層別化と適切な介入のタイミング把握に寄与する可能性が示唆された。
用語解説
*1 フレイル:(Frailty)加齢に伴って心身の予備能力が低下し、ストレスに対する抵抗力が弱くなる状態を指す。身体的要素(筋力低下・歩行速度低下)、精神・心理的要素(認知機能低下・抑うつ)、社会的要素(孤立・経済的困難)など、多面的な脆弱性を包括する概念。
*2 サルコペニア:加齢や疾患に伴って生じる骨格筋量および筋力の低下を特徴とする症候群
*3 AWGS2025 基準:(Asian Working Group for Sarcopenia 2019)アジア地域で広く用いられているサルコペニア(加齢に伴う筋肉量や筋力の低下)の診断基準。2025年に改訂。
*4 FRAGILE-HF:日本で行われた高齢心不全患者を対象とした多施設共同研究。
*5 Kaplan–Meier 解析および Log-rank 検定:観察期間中の生存率を時間経過に沿って推定し、群間の生存曲線の差を比較するために用いられる統計手法。
*6 Cox比例ハザードモデル:生存期間などの経過を解析するための統計手法。年齢や合併症などの影響を調整したうえで、特定の因子が死亡リスクにどの程度関与するかを評価する。
*7 MAGGICリスクスコア:国際共同研究に基づいて作成された心不全の予後予測スコア。年齢、心臓の機能、血圧、腎機能、体格、治療内容など複数の因子を総合して死亡リスクを推定する。
*8 Log BNP:心不全の重症度を反映する血液マーカーBNP(脳性ナトリウム利尿ペプチド)の値を対数変換したもの。統計解析を行いやすくするために用いる。
*9 ハザード比:時間経過に伴うイベント発生の相対的なリスクを示す統計指標。値が 1 より大きい場合は基準群に比べてイベント発生リスクが高く、1 未満の場合は低いことを示す。
*10 95%信頼区間:母集団における真の値が、この範囲の中に含まれていると考えられる確からしさが 95%であることを示す区間推定の指標。
*11交互作用:ある要因の効果が別の要因の水準によって変化する現象を指す。たとえば握力と死亡リスクの関係が年齢によって異なる場合、この 2つの要因の間に交互作用があると考えられる。
*12ネット再分類改善度(NRI):(Net Reclassification Improvement)新しい指標を加えることで、患者ごとのリスク分類(高リスクか低リスクか)がより適切に修正されたかを示す指標。0に近ければ改善なし、正の値なら改善を意味する。
研究者のコメント
本研究の強みは、握力低下の予後的意義を明確に示し、その有用性を実証した点にあります。握力は簡便で再現性の高い筋力指標であり、診察室を含め日常診療の場に容易に取り入れることができます。今回の結果を踏まえ、多くの医療従事者が握力測定を積極的に活用し、高齢心不全患者のリスク評価や診療方針の検討に役立てていただければ幸いです。
原著論文
本研究はJournal of the American Heart Association誌のオンライン版に2025年12月18日付で公開されました。
タイトル: Prognostic Value of Handgrip Strength in Older Patients with Heart Failure: A Post-hoc Analysis of FRAGILE-HF
タイトル(日本語訳): 高齢心不全患者における握力の予後予測能:FRAGILE-HF を用いた事後解析
著者: Yuka Akama (co–first author) 1), Taisuke Nakade (co–first author) 1), Yuya Matsue 1), Nobuyuki Kagiyama 1), Yutaka Nakamura 1), Yudai Fujimoto 1), Daichi Maeda 1), Hanako Inoue 1), Tsutomu Sunayama 1), Taishi Dotare 1), Kentaro Jujo 2), Kazuya Saito 3), Kentaro Kamiya 4), Hiroshi Saito 5), Yuki Ogasahara 3), Emi Maekawa 4), Masaaki Konishi, 6), Takeshi Kitai 7), Kentaro Iwata 8), Hiroshi Wada 9), Takatoshi Kasai 1), Hirofumi Nagamatsu 10), Shin-Ichi Momomura 11), and Tohru Minamino 1)
著者(日本語表記): 赤間友香 1) (共同筆頭著者), 中出 泰輔 1)(共同筆頭著者), 末永 祐哉 1), 鍵山 暢之 1), 中村 優1), 藤本 雄大 1), 前田 大智 1), 井上 華子 1), 砂山 勉 1), 堂垂 大志 1), 重城 健太郎 2), 齋藤 和也 3), 神谷 健太郎 4), 齋藤 洋 5), 小笠原 由紀 3), 前川恵美 4), 小西 正紹 6), 北井 豪 7), 岩田 健太郎 8), 和田 浩 9), 葛西 隆敏 1), 長松 裕史 10), 百村 伸一 11), 南野 徹 1)
著者所属(日本語表記): 1) 順天堂大学, 2) 西新井ハートセンター病院, 3) 心臓病センター榊原病院, 4) 北里大学, 5) 亀田総合病院, 6) 横浜市立大学, 7) 国立循環器病研究センター, 8) 神戸市立医療センター中央市民病院, 9) 自治医科大学附属さいたま医療センター, 10) 東海大学, 11) さいたま市民医療センター
DOI: https://doi.org/10.1161/JAHA.125.042280
「FRAGILE-HF」は、ノバルティスファーマ研究助成金および日本心臓財団研究助成金によって支援されました。本研究はAMEDから助成番号JP21ek0109543により資金提供を受け実施されました。
なお、本研究にご協力いただいた皆様には深謝いたします。
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