植物の葉の油滴に存在する新規タンパク質の発見 ~葉が「太る」意義の解明を目指して~
本研究成果は、2024年3月1日にFrontiers in Plant Scienceに掲載されました。
研究の背景
脂質は植物にとって重要な栄養素であり、生長や開花、種子形成など、あらゆる場面で必須です。そのため、植物は必要な脂質を必要な時に利用できるよう、細胞内に脂質を貯蔵しています。
研究チームは以前より、脂質の貯蔵に関わる細胞小器官(注1)である油滴(図1)に着目しています。油滴はナタネやゴマなどの油糧種子(注2)の細胞に非常に多く存在し、発芽のためのエネルギー源として脂質を貯蔵しています。私たち人間にとっても、油糧種子の油滴に蓄えられた脂質は、サラダ油などの食料資源や、バイオ燃料などの工業資源として非常に重要です。そのため、これまでの油滴の研究は油糧種子を中心に進められてきました。
一方で、葉の細胞でも、ストレスなど特殊な環境下で油滴が増えることが知られています。私たちは油滴が増えることを、「植物が太る」と定義しています。研究チームは、これまでの研究でなぜ葉に油滴を蓄えて「太る」のかを研究し、油滴が葉において、抗菌物質の産生(参考文献1)や脂質代謝制御(参考文献2)に関わることを見出してきました。このことは、葉の油滴がエネルギー源の貯蔵だけでなく、多様な機能を持つ重要な細胞小器官であることを示しています。これらの結果から、植物の葉が「太る」のは、油糧種子とは異なる重要な意義があることが分かってきました。
植物の葉が「太る」意義をさらに探るためには、油滴の機能解析が必要です。油滴は内部に脂質を貯めるだけでなく、その表面にタンパク質が存在していることがわかっています(図1)。しかし、植物の油滴にどのようなタンパク質が存在するのか、その解析は十分には進んでいませんでした。そこで本研究では、葉の油滴の機能解析のために、油滴に存在するタンパク質を網羅的に同定し、新規の油滴タンパク質を発見することを目指しました。
研究の内容と結果
葉の油滴に存在するタンパク質を網羅的に調べるために、研究チームは実験材料に用いる植物(シロイヌナズナ(注3))と、油滴の精製方法の確立を目指しました(図2)。通常、シロイヌナズナの葉には油滴が少量しか存在しないので、油滴を精製して解析するのが困難です。そこで、実験材料として、葉に油滴を過剰蓄積するシロイヌナズナのhigh sterol ester 1(hise1)変異体(注4)を用いることで、油滴の単離が非常に簡便になりました。また、油滴を効率よく単離するために、研究チームは遠心分離法(注5)を用いた方法と、共免疫沈降法(注6)を利用する方法の2種類を確立しました(図2)。
単離した油滴を用いて、質量分析法(注7)により、約3,000種類もの油滴タンパク質候補を同定することに成功しました。あくまで候補ではありますが、葉の油滴には非常に多くの種類のタンパク質が存在していることが分かり、葉の油滴が多様な機能を持つことを裏付けています。
これらの候補のなかから、研究チームは、実際に油滴に存在する新規のタンパク質を発見することにも成功しています。まず、そのひとつがミオシン結合タンパク質(myosin-binding protein, MYOB)です(図3)。ミオシンは、細胞骨格であるアクチン繊維注8)の上を動く機能をもつタンパク質であり、細胞小器官が細胞内を移動するために必要です。ミオシン結合タンパク質はその名の通り、ミオシンに結合するタンパク質のひとつで、シロイヌナズナは16種類のミオシン結合タンパク質を持つことが分かっていますが、そのうちの5種類(MYOB1, 2, 3, 5, 14)が油滴に存在することが分かりました。ミオシン結合タンパク質の機能には未解明の部分も多く残っていますが、研究チームは今回、葉の油滴がアクチン繊維に沿って動く様子を捉えることに成功しました。つまり、葉の油滴はミオシン結合タンパク質を介して、細胞内を動くことが示唆されました。
また、新規の油滴タンパク質として、フラン脂肪酸の合成に関わる可能性のある3種類の酵素タンパク質(AtUFAMD1, AtUFAO1, AtFUFM1)を発見しました。フラン脂肪酸はアシル基側鎖にフラン基を持つ特殊な脂質です(図4)。フラン脂肪酸は特殊な細菌により合成される他、植物の種子にも含まれることが分かっていますが、なぜ作られるのか、その機能はほとんど分かっていません。
本研究では、細菌のフラン脂肪酸合成酵素に非常によく似たアミノ酸配列を持つタンパク質がシロイヌナズナの葉の油滴に存在し、謎多き脂質の合成に葉の油滴が関わる可能性を見出しました。以上のように、本研究成果は、葉の油滴がエネルギー源としてのみならず多様な機能を持つことを支持する結果となりました。
今後の展望
今回の研究により、ミオシン結合タンパク質とフラン脂肪酸合成酵素が葉の油滴に局在することが判明しました。これにより、葉の油滴が細胞内を移動することや、葉の油滴とフラン脂肪酸の関わりが明らかになってきました。今後は、油滴が細胞内を動く意義や、フラン脂肪酸を合成する意義の解明を目指す必要があります。それぞれのタンパク質の解析が進むことで、葉の油滴の機能や植物の生態との関連が明らかになると考えています。また、今回の研究で同定された約3,000種類の油滴タンパク質候補を解析することで、油滴の実体が明らかになると期待できます。これらを通して、植物の葉がなぜ「太る」のか、その意義に迫ることができると考えています。それにより、植物脂質の増産や有効利用へとつなげることができれば、食料面、工業面両方での資源確保に役立つと考えています。
用語解説
注1)細胞小器官:細胞内に存在し、高度な機能を発揮する構造体の総称。細胞核や葉緑体などが含まれる。
注2)油糧種子:植物脂質を多く含み、脂質抽出の原材料となる種子の総称。ナタネやゴマなどが含まれる。
注3)シロイヌナズナ:アブラナ科の一年草であり、世界中の植物科学研究に用いられるモデル植物。
注4)high sterol ester 1(hise1)変異体:葉に油滴を多く含むシロイヌナズナ変異体として単離された。研究チームにより、hise1変異体の葉では、脂質の合成が活発に行われるようになることが明らかになった(参考文献2)。
注5)遠心分離法:遠心分離機を用いてサンプルに遠心力をかけ、粒子を沈降または浮遊させて分離する方法。本研究では、遠心分離により、油滴が浮遊することを利用して、油滴を単離した。
注6)共免疫沈降法:目的のタンパク質を、そのタンパク質に対する特異的抗体を用いて分離・回収する方法。本研究では、既知の油滴タンパク質に対する特異的抗体を用いて、油滴ごと油滴タンパク質を分離・回収した。
注7)質量分析法:物質をイオン化することで、その質量数や数を測定し、物質の同定を行う方法。本研究では、タンパク質の同定のために利用した。
注8)アクチン繊維:細胞骨格のひとつ。単量体のアクチンタンパク質が連なってできる繊維状の構造。アクチン繊維上をミオシンが動くことにより、物質や細胞小器官が運ばれる。
論文情報
タイトル:Lipid droplets in Arabidopsis thaliana leaves contain myosin-binding proteins and enzymes associated with furan-containing fatty acid biosynthesis
著者:Yuto Omata, Reina Sato, Emi Mishiro-Sato, Keiko Kano, Haruko Ueda, Ikuko Hara-Nishimura, Takashi L. Shimada
雑誌名:Frontiers in Plant Science
DOI:https://doi.org/10.3389/fpls.2024.1331479
参考文献1
タイトル:Leaf oil body functions as a subcellular factory for the production of a phytoalexin in Arabidopsis
雑誌名:Plant Physiology
DOI:https://doi.org/10.1104/pp.113.230185
参考文献2
タイトル:HIGH STEROL ESTER 1 is a key factor in plant sterol homeostasis
雑誌名:Nature Plants
このプレスリリースには、メディア関係者向けの情報があります
メディアユーザー登録を行うと、企業担当者の連絡先や、イベント・記者会見の情報など様々な特記情報を閲覧できます。※内容はプレスリリースにより異なります。
すべての画像