【国立科学博物館】ウグイスの谷渡り鳴きの新仮説~谷渡り鳴きは警報ではなく雌へのアピールである~
捕食者の出現をきっかけとして谷渡り鳴きが発せられることがあるのは、危険な状況のなかで目立つ行動をとることによって、捕食者から逃れることができるという自身の高い質を誇示している可能性があり、音声の新たな機能として解明が期待されます。
この研究成果は、2024年10月28日、Zoological Science誌でオンライン公開されました。
研究のポイント
・ウグイスの雄は「ピルルルルルケッキョケッキョ……」などと聞こえる、長く続く「谷渡り鳴き」をすることがあります(谷を渡るときの鳴き声というのは俗説)。この音声は人と遭遇したときなどに発せられることから、捕食者の存在を同種他個体に知らせる「警報」であると長く信じられてきました。しかし、科学的に検証されたことはありませんでした。
・本研究は、雄は雌がいない繁殖期の初めにはあまり谷渡り鳴きをせず、雌が渡来すると活発に谷渡り鳴きをするという時間的パターンを明らかにしました。また、なわばり内の雌がいるところで谷渡り鳴きが行われるという空間的パターンを明らかにしました。
・谷渡り鳴きを聞いた雌が薮に逃げ込むなど捕食者を回避する行動を示さないこと、非営巣雌(妻ではない未婚雌)と推定される個体がいる場所でも谷渡り鳴きをしていること、そして雌がいる時期には非常に頻繁に谷渡り鳴きをしていることも合わせ、この音声は警報ではなく雌に対する雄のアピールであるという仮説を提唱しました。
研究の背景
ウグイスの雄は繁殖期の春から夏、「ホーホケキョ」などと聞こえるさえずりのほかに「谷渡り鳴き」と呼ばれる声を発します。谷渡り鳴きは「ピルルルルルケッキョケッキョ……」などと聞こえ、ときに1分以上も長く続く音声で、人間が急に姿を現したときなどに発せられる場合があることから、近くにいる個体に危険を知らせる「警報」であると長い間考えられてきました*1。しかし、科学的研究は行われてきませんでした。
声紋のもとの音声は
QRコードから聞く
ことができる。
濱尾は30年来ウグイスの生態を調査するなかで、捕食者の出現が認められないのにしばしば雄が谷渡り鳴きをすること、雌の声に反応して谷渡り鳴きの始まる場合があることに気づきました。また、野外での剥製提示実験から、捕食者のハイタカを見せた場合にも同種雌を見せた場合にも雄は谷渡り鳴きを発すること、またタカ・雌いずれの場合の谷渡り鳴きでも、音の周波数や長さに差異がないことを確かめました*2。
今回、谷渡り鳴きと雌との関係をより明らかにするため、時空間的なパターン、つまり雌がいる時に、また雌がいる場所で谷渡り鳴きが行われるかどうかを調べました。
研究の内容
調査は新潟県妙高市、上越市で行いました。雪が多いこの地域ではウグイスは越冬せず、繁殖期にのみ生息します。春先には、まず雄がやって来てなわばりを張り、2~3週間遅れて雌が渡来し繁殖活動が始まります。渡来のタイミングが雄と雌で異なるため、通年ウグイスが生息する地域とは異なり、雌がいないときといるときの雄の行動を比較し、谷渡り鳴きの時間的なパターンを調べることができます。
2017年4月中旬から8月中旬にかけて約20日ごとに合計7回、この調査地を巡回し、出会ったウグイスの雄を5分間観察して、谷渡り鳴きの回数となわばり内に雌がいるかどうかを記録しました。その結果、雌がいない4月から5月の初めには谷渡り鳴きはあまり行われず、雌が渡来する5月中旬から繁殖期を通じて谷渡り鳴きが活発に行われることがわかりました。雌の渡来後は、大半(72%)の雄が5分間に1~20回(中央値3.0)と頻繁に谷渡り鳴きを行いました。季節が進んだことで捕食者の出現が頻繁になったということはなく、谷渡り鳴きと雌の存在との関連が深いことが示されました。雄のなわばりのうち、雌の存在が確認されたなわばりでは雌が確認されなかったなわばりよりも谷渡り鳴きが活発に行われており、このことも雌との関連を示しています。
雪が残る雌渡来前の様子。 雌渡来後、谷渡り鳴きが活発になる。(発表論文より改変)
一方、空間的なパターン、つまり雌のいる場所で谷渡り鳴きが行われるかどうかを調べるのは容易ではありません。ウグイスはよく茂った薮に潜んで生活しているため、さえずっている雄以外を見る機会が大変少ないからです。そこで、日の出から日没まで1羽の雄を観察し続ける終日観察の2日分のデータを用い、雄の行動とそのなわばり内で観察された雌の位置との関連を調べました。その結果、雄が谷渡り鳴きを行う地点は日によって異なること、谷渡り鳴きはその日に雌がよく見られた地点に集中することがわかりました。営巣中の雌は雄のなわばりのうち巣の周辺(最大でも巣から77.6m*3)のみを行動範囲としますが、雄は巣から77.6mよりもはるかに遠いところであっても雌(未婚の非営巣雌と思われる個体)がいると谷渡り鳴きを行いました。このような谷渡り鳴きの空間的パターンも、雌の存在との関連を示しています。
20m四方の方形区ごとに回数を黒丸の大きさで示す。多角形は雄のなわばりを、アスタリスクは雌が営んだ巣を表す(一夫二妻であった)。円は、雌の行動範囲と推定される巣から77.6mの範囲。谷渡り鳴きをした地点は雌が観察された地点に集中すること、営巣雌の行動範囲外でも(未婚と考えられる)雌のいる地点で谷渡り鳴きをしていたことがわかる。(発表論文より改変)
以上のように、谷渡り鳴きが行われる時間的・空間的パターンは雌との強い関連を示しました。このことは、谷渡り鳴きによって雄が雌に自身の存在をアピールしていることを示唆しています。「つがい相手の雌に危険を知らせるため、雌のいる時期に雌がいる場所で鳴く」という異なる仮説も考えられそうですが、谷渡り鳴きをする雄の近く(10m以内)で雌を観察することができたすべてのケースで、雌は薮に逃げ込むなどの捕食者を避けようとする行動をとっていませんでした(13例のうち、9例:採食・枝移り、2例:雄と求愛行動、2例:雄に追われ逃げていた)。また、雄が未婚と推定される雌にも谷渡り鳴きをしていたことからもこの仮説は支持されません。つがい相手ではない個体の安全を図っても、雄に利益はないからです。さらに、大半の雄が頻繁に谷渡り鳴きをしていたことも、捕食者の出現を雌に知らせていたと考えると極めて不自然なことです。
捕食者に出会ったときにも谷渡り鳴きは行われますが、それは多少なりとも危険な状況下で目立つ行動をとるというコスト(出費)を伴うものです。そのような状況にもかかわらず谷渡り鳴きをしている雄は、捕食者から余裕をもって逃れることができる優れた個体であるはずです。雄は谷渡り鳴きによって、雌に対して自分の質を誇示しているという仮説が考えられます。雌がいる時期に、雌がいる場所で谷渡り鳴きをするという今回明らかにされた事実は、この仮説を支持しています。
今後の課題
捕食者をきっかけとして雄が発する音声で警報とは考え難いものは、オーストラリアムシクイ類でも報告があります。当該論文の著者は、雌への広告ではないかというアイデアを述べているものの、実証はされていません。
今回、日本人によく知られたウグイスの谷渡り鳴きについて、警報ではなく雌へのアピールであることを示唆する成果が得られました。今後、雄は谷渡り鳴きによってつがい相手を得ることに成功しているのか、また優れた雄が高い質を表すような谷渡り鳴きをしているのかを検証していくことが期待されます。後者については、体が大きい雄やなわばりを長期間維持することができる雄は谷渡り鳴きを鳴くスピードが速い(単位時間当たりに発せられる音の数が多い*4)かどうかを調べることでアプローチして行きたいと考えています。
【注釈】
*1 谷渡り鳴きが警報だとする文献(例):
清棲幸保 (1966) 『野鳥の事典』. 東京堂出版.
高野伸二 (1981) 『日本産鳥類図鑑』. 東海大学出版会.
*2 タカにもウグイスの雌にも同じ谷渡り鳴きを発するという発見:
Hamao, S. (2024) A vocalization in male Japanese bush warblers in response to both predators and
conspecific females. Ethology130(2): e13422.
*3 営巣する雌の行動範囲(最大77.6m)の根拠:
濱尾章二 (1992) 番い関係の希薄なウグイスの一夫多妻について.日本鳥学会誌40: 51–66.
*4 周波数幅の広い(高い音から低い音までを含む)音声やスピードが速い(単位時間に多くの音を発する)
鳴き方はコストがあり、高い質の雄のみで可能であると言われている。
Cardoso GC and Hu Y (2011) Birdsong performance and the evolution of simple (rather than
elaborate) sexual signals. American Naturalist178: 679–686.
【発表論文】
表題:A predator-elicited vocalization in male Japanese bush warblers: temporal and spatial singing
patterns in relation to presence of conspecific females
(捕食者によって誘発されるウグイス雄の音声:同種雌の存在が関係する発声の時空間的パターン)
著者:濱尾章二(国立科学博物館)
掲載雑誌:Zoological Science
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