トンガ火山噴火によるペケリス波が引き起こした電離圏共鳴~電波時計の電波観測でペケリス波による下部電離圏変動を世界初検出~

国立大学法人千葉大学

 千葉大学大学院工学研究院の大矢浩代助教、環境リモートセンシング研究センターの高村民雄名誉教授、東北大学大学院理学研究科の土屋史紀教授、北海道大学大学院理学研究院の高橋幸弘教授、九州大学国際宇宙惑星環境研究センターの品川裕之学術研究者らの研究チームは、2022年1月15日に発生したフンガ・トンガ=フンガ・ハアパイ火山の大規模噴火が、下部電離圏(注1)に与えた影響を調査しました。火山噴火が電離圏に及ぼす影響を理解することで、無線通信の障害やGPS測位の誤差等の予測向上が期待できます。下部電離圏で反射する性質を持つ電波時計に使用されている電波を台湾で受信し、解析した結果、下部電離圏の高度(プラズマ密度)が、ペケリス波(注2)による音波共鳴(注3)効果により、変動していたことが初めて明らかになりました(図1)。また、この電離圏の変動がグローバル・サーキット(注4)を介して地表の大気電場変動を引き起こしていたことも示唆しました。

 これらの結果は、大気圏と電離圏との結合の解明のみならず、ペケリス波の特性解明にもつながることが期待されます。電離圏は長距離無線通信において重要な役割を果たしており、ペケリス波の特性を理解することで、電離圏の特性や変動を把握し、無線通信の品質や信頼性を向上させることが可能となります。

 本研究成果は、2024年7月16日に国際学術誌Scientific Reportsで公開されました。

図1:トンガ噴火によって生じたペケリス波の音波共鳴により下部電離圏変動が起こる模式図。

■研究の背景

 これまでトンガ火山噴火に伴い、ラム波(注5)・ペケリス波や大気重力波が発生し、様々な電離圏擾乱を引き起こしたことが報告されていました。しかしながら、大気圏から電離圏への通過点である下部電離圏が、ラム波・ペケリス波によりどのように変化するのかは未解明でした。

■研究の成果

 本研究では、下部電離圏で反射する標準電波を台湾で受信し、下部電離圏のプラズマ密度の変動を調べました。研究チームは、東南アジアに下部電離圏と雷観測を目的としたAVON(東南アジアVLF帯電磁波(注6)観測ネットワーク)を構築しており、台湾はAVONの受信局のうちの一つです。解析の結果、地表の大気圧はラム波によるもののほうがペケリス波(赤枠内赤線)よりも変動が大きかったのに対して、下部電離圏(3つのパスの標準電波の振幅)はペケリス波がラム波よりも変動の振幅が大きかったことが分かりました(図2)。ペケリス波は高度約30km以上の成層圏・中間圏の中性大気温度が極小になる高度で音波共鳴を起こすため、地表では振幅が小さく、下部電離圏の高度では振幅が大きくなる性質があると予想されてきました。今回、地表の大気圧が非常に小さいのに対し、下部電離圏で大きい変動が観測されたことは、この予想を観測で証明したものと考えられます。

図2:トンガ噴火によるラム波(青の枠線)とペケリス波(赤の枠線)による下部電離圏変動。

 中性風のシミュレーションにより、標準電波の反射高度(高度90 km)では、ラム波よりもペケリス波の速度が大きくなっています。これはペケリス波の音波共鳴によって、ラム波よりも電離圏プラズマ密度が大きく変動することを示唆しています(図3)。図3の下図のスペクトルの色は水平中性風の時間変化の周期ごとの強さを表しており、ラム波もペケリス波も似たような周期でした。

図3:高度90 km での中性風のシミュレーション。ペケリス波による音波共鳴により、ラム波よりも速度が大きくなることが示されている。

 また、ペケリス波が下部電離圏に到着した時刻に、地表の大気電場に標準電波と似た変動が起きていたことも観測されました(図4)。ペケリス波(赤枠内)の時刻に、100-1000s の周期で大気電場が変動していました。この大気電場の変動はグローバル・サーキットを介して、下部電離圏の変動が地表に反映されたものであることが示唆されます。

図 4:トンガ噴火によるラム波(青の枠線)とペケリス波(赤の枠線)による大気電場変動。

■今後の展望

 本研究により、火山噴火によって発生したペケリス波によって下部電離圏が変動することが分かりました。電離圏変動は、太陽フレアや地磁気嵐の影響だけでなく、地上の大規模な自然現象によっても引き起こされるため、包括的な宇宙天気モデルの構築に役立ちます。

■用語解説

(注1)下部電離圏:地球の大気中の分子や原子が、紫外線やX線などにより電離した、高度約60~100 km の領域。この領域はプラズマが非常に希薄で通常の電離圏観測手法を使用できず、未解明な点が数多くある。

(注2)ペケリス波:1937年にペケリス博士が理論的に提唱した地球大気の固有の共鳴振動による波であり、過去85年間にわたり観測されていなかった特殊な波動。高度約30kmで位相が反転する特徴がある。

(注3)音波共鳴:音波が地表と高度100 km付近の下部熱圏との間で共鳴現象を起こすことを指す。音波が特定の周波数で大気圏の空気の固有振動数と一致すると、波が増幅される現象である。

(注4)グローバル・サーキット:地表と下部電離圏間に存在する地球規模の電気回路で、雷・雷雲・降水等がその電源である。

(注5)ラム波:空気密度の粗密波で、地表面に拘束されて約310m/sの速度で遠方まで水平に伝わる波。

(注6)VLF帯電磁波:周波数が 3-30 kHz の電磁波で、地表と下部電離圏の間で反射しながら数千km長距離伝搬する性質を持つ。

■論文情報

タイトル:Lower ionospheric resonance caused by Pekeris wave induced by 2022 Tonga volcanic eruption

著者:Hiroyo Ohya, Fuminori Tsuchiya, Tamio Takamura, Hiroyuki Shinagawa, Yukihiro Takahashi, Alfred B. Chen

雑誌名:Scientific Reports

DOI:10.1038/s41598-024-65929-x

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未上場
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2004年04月