言葉で表現しづらい「香り」印象を、情景画像を用いた評価アプローチで可視化
~生理計測・心理検査だけではわからない、感情的な情緒価値を多面的に把握するために~
今回、言葉と紐づけた情景画像による新たな香りの印象の評価法を試みました。本手法を用いることで、調香師のような専門的知識を持たない一般の方が持つ香りへの印象を、画像を介したスコアに基づいてマッピングし、情景画像によって特徴を可視化できるようになりました。
これにより、既存の生理計測や心理検査で評価することができる身体的な効果性に加え、情緒価値の理解に及んだ香料の開発を推進することができます。
本研究成果については、2024年3月7日(木)~3月8日(金)に開催される「第19回日本感性工学会春季大会」にて発表いたします。
研究の背景
香りの感じ方は、他の感覚に比べ、言葉で正確に表現することが困難であるため、香りに対する印象や感情を理解するのは難しいとされています。近年では、香りが及ぼす身体への影響を客観的に把握するためには自律神経系※1の反応や脳活動等の計測手法を用い、鎮静/覚醒方向への生理反応を利用して検証することが一般的です。しかし、この方法においても、香りをどのように感じているかは推し量ることができず、香りの実感となる情緒的な部分の把握が必要でした。
研究内容
香りを嗅ぐと、過去の経験や体験の場面、それにまつわる感情が呼び起こされると言われています。その場面は類似した画像に置き換えられ、その類似画像に対する感情は、香りの印象につながると考えました。この仮説から、言葉では説明が難しい香りに対して、情景画像を用い、その人が直感的に感じる香りの印象を把握できるか試みました。
■実験概要
[対象] 30-49歳女性19名
[試験香料] スキンケア製品用香料(以下香料A)、ラベンダー精油、オレンジスイート精油(すべて1%ジプロピレングリコール溶液)
[評価方法(図1)]
・ 情景画像21枚、感情を表す「ことば」16語、印象を表す「ことば」16語をあらかじめ選出。
・実験対象者は事前に、各情景画像に対し、選出した感情ことば・印象ことばを結び付けておく。
・瓶口で各香料の香りを嗅ぎ、その香りに合致した画像を1~複数枚選択。香りとの適合度に基づいて選択した画像に重みづけを行い、スコア化する。
・画像のスコアは事前に結び付けたことばのスコアに置き換え、解析する。
感情ことばへ変換したスコアについてコレスポンデンス分析(対応分析・数量化Ⅲ類)し、マップを作成しました(図2)。各試験香料の近くにあることばは、その香りとの結びつきが強いことを示します。この分析では、数値データから各香料と感情ことばとの関連の強さを導き、それを二次元上に反映させてマップにしています。このマップから、ラベンダー精油は「落ち着く/鎮まる」、「リラックスする」などの鎮静的な属性、一方でオレンジスイート精油は「わくわくする」、「元気が出る/活力が出る」などの覚醒的な属性を示し、この2種の香りにおいて、従来認識されている特性と相違ないことが確認できました。鎮静と覚醒は相反する特徴であり、マップ上でも対称の位置にありました。その他の感情ことばについても矛盾を感じることなく配置されていることから、得られたマップの信頼性は高いと考えられ、本手法の有効性が示唆されました。
図3には、各香りで多く選択された画像とその画像に最も多く結びついた印象ことばを示しました。これら図2や図3から、本試験で使用した香料Aは、「癒される」というほっとした気持ちや「すがすがしい」「明るい」という前向きな気持ちを引き起こすとともに、女性らしい花や果実の華やかさを表現した香りであることが可視化されました。
この香りの生理的・心理的な身体への影響も併せて確認するため、香料Aに対する生理計測・心理検査を行いました。その結果、香料Aを嗅ぐことにより、空気(コントロール)と比較し、自律神経系※1の反応である縮瞳率※2、末梢皮膚温※3ともに有意に高くなり、また、中枢神経系※4の反応である前頭前野中央部分のfNIRS※5による脳活動は有意に低下していました(図4)。さらに、POMS2短縮版※6による心理検査において、香料Aを嗅いだ後は、怒り-敵意、抑うつ-落込み、疲労-無気力の項目において有意に低下が認められました。これらの生理計測・心理検査の変化はすべて鎮静方向への反応を示すものでした。
■実験概要
[対象] 30-49歳女性15名
[試験香料] 香料A、空気(コントロール)
[試験項目]
・ 縮瞳率、末梢皮膚温(自律神経系反応)
・近赤外分光法(fNIRS)(中枢神経系反応)
・ POMS2短縮版(心理検査)
マンダムでは、「香り」はスキンケア製品をはじめとした化粧品の情緒的な価値において極めて重要な要素であると認識しており、生活者が香りを嗅ぐことで感じる真の気持ちの理解は製品の設計に必須と考えます。機能性は当然のことながら、人の気持ちを高める効果もわかりやすく示し、それが生活者にとって製品選びの有用な情報となるよう、今後も情緒価値に着目した研究開発に取り組んでまいります。
注釈および用語解説
※1 血圧等、体内の生命維持に必要な機能を調節する。集中・緊張時は交感神経、睡眠中やリラックス時は副交感神経優位となる。
※2 光刺激を与えた時の瞳孔径の縮小率をあらわす。縮小する程、値は増加する。
※3 人差し指先の皮膚温変化。
※4 脳、脊髄の部分。
※5 近赤外光を頭皮上から照射し、大脳皮質付近での血流活動を推定する手法。
※6 POMS2短縮版:気分プロフィール検査(質問紙法)。7つの尺度とネガティブな気分状態を総合的に表す「TMD得点」から、所定の時間枠における気分状態を評価する。
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