フロー体験中の時間の歪みの発生やその方向を決める要因を特定 ゲームプレー中の「ゾーンに入る」体験と時間の歪みの程度についての分析から確認
千葉大学文学部(研究当時)の高橋紀香氏と同大学大学院人文科学研究院の一川誠教授は、実験参加者がタイピングゲームのプレー中にしばしばフローを体験する(ゾーンに入る)ことを利用し、フロー体験中の主観的時間の歪みがどのような要因によって変動するのか調べる実験を行いました。その結果、課題に極度に集中するほど主観的時間の歪みが大きくなること、課題目標に向かえていない感覚や課題に対するコントロールができていない感覚が強いほど主観的時間は実際より短く感じやすく、気力が充実するほど主観的時間は長く感じやすくなることを見出しました。
この結果により、フローを感じるほど楽しく過ごす時間を伸ばす方法の確立につながることが期待されます。
本研究成果は、2025年1月31日に日本感性工学会出版の国際誌International Journal of Affective Engineeringにて公開されます。
■研究の背景:フロー体験時の大きな時間の歪み
目標達成に向けて自分の持つ技能を発揮し、自分の存在を忘れるほど没頭した時に生じる「楽しさ」「ワクワク感」「充実感」などに代表される最適な心理状態のことを「フロー体験」と呼んだり、「ゾーンに入る」と表現したりします。フロー体験の特徴の一つとして、時間の感覚が極端に大きく歪むことが知られています(参考文献1)。たとえば、課題に没頭してフローを体験すると、数十分程度と思っていたのに実際には数時間が経過していたり(時間の圧縮)、一瞬のことが数十秒にわたって展開するように感じられたり、飛んでいるボールが止まって見えたり(時間の拡張)することがあります。しかしながら、フロー体験時の時間の長さの極端な歪みを成立させる要因や、歪みの方向(時間の圧縮と拡張)を決定する要因が何であるかはわかっていませんでした。
■研究の手法:
タイピングゲームを用いたフロー体験の喚起
本研究には、20名の大学生が実験に参加しました。参加者はまず、日常生活で取り組む主要なスポーツ、芸術、音楽活動、社会活動、知的活動、趣味を5つ挙げました。また、それぞれの活動中にどの程度フローを体験するかを、フロー状態を判定するために開発されたフロー体験チェック項目(参考文献2)(「うまくやる自信がある」「我を忘れている」「楽しんでいる」「チャレンジしている」「目標に向かっている」など10項目)を用いた評定により申告しました。
その後、参加者は4試行のタイピングゲームに取り組みました。各試行では30文字程度の短文が15通り提示され、参加者はそれらを1文ずつ、できるだけ速くタイプして、高得点を得ることを目指しました。最初の1試行は練習で、あとの3試行のデータが分析対象となりました。参加者は、各試行のタイピング終了時に、15通りの文章をタイプするのにかかった時間の長さについて推定しました。
フロー体験チェックリストによるフロー体験判定
各試行の長さの推定のあと、その試行でフローが体験されたか判定するために、その時点での心的状態についてフロー体験チェック項目を用いた評定を行いました。また、各試行の終了時の気分について、石村(2014)がフロー体験中の気分に関する経験サンプリング法で抽出した12通りの気分項目(「不安な」「リラックスした」「無気力な」「退屈な」「緊張した」など)を使って評定しました。
フロー体験の成立判定基準(参考文献2)に従い、日常生活の中で取り組む主要な5つの活動でのフロー体験チェック項目の評定点と各試行直後のフロー体験チェック項目の評定点を比較しました。各試行直後の方が得点が高かった試行ではフローが体験されたと判定しました。その結果、フロー体験は全試行のうち56.7%の試行で体験されたことがわかりました。
各試行での「時間の歪み」に影響を及ぼす要因の特定
タイピングに実際に要した時間よりも時間が過小評価された程度と過大評価された程度(時間の歪み)と、フロー体験チェックの10項目と気分に関する12項目の評定値との間の対応関係を分析したところ、以下の相関関係があることがわかりました。
① 時間の過小評価について (図1)
・ゲームへの集中度が高い
・自分の設定した目標に向かえていないという主観的感覚が強い
・状況をコントロールできていないという主観的感覚が強い
ほど、フロー体験中の時間の過小評価の程度が大きくなる(時間が短く感じる)。
② 時間の過大評価について (図2)
・ゲームへの集中度が高い
・気力の充実感が高い
ほど、フロー体験中の時間の過大評価の程度が大きくなる(時間が長く感じる)。
■まとめ
さまざまなゲームに集中すると、その間の時間の長さを過小評価したり過大評価したりすることがあります。今回の実験結果は、ゲームプレーなどの際に体験されるフロー体験中に生じる主観的な時間の長さの大きな歪みが生じるためには、課題への極度の集中が必要であることを示しています。また、その時間の歪みは、課題遂行において目標に向かえていないと感じたり、課題遂行をコントロールできていないように感じられたりすると過小評価(圧縮)方向となることがわかりました。それに対し、気力が充実していると、フロー体験中の時間の歪みは過大評価(拡張)方向となることもわかりました。今後は、たとえば、フローを感じるほど楽しい時間を、主観的に大きく伸ばす方法論の確立など、主観的時間の長さの圧縮や拡張に向けた応用が期待されます。
■論文情報
タイトル:Factors influencing distortion of subjective temporal duration in flow experience during game play.
著者:Norika TAKAHASHI and Makoto ICHIKAWA
雑誌名:International Journal of Affective Engineering
DOI:10.5057/ijae.IJAE-D-24-00022
■参考文献1:
タイトル:Flow: The psychology of optimal experience
著者:Csikszentmihalyi, M
出版社:Harper & Row
ISBN-13: 978-0060162535
(邦訳:チクセントミハイ, M. (1996). フロー体験 喜びの現象学. 今村浩明訳, 世界思想社)
■参考文献2:
タイトル:フロー体験の促進要因と肯定的機能に関する心理学的研究
著者:石村郁夫
出版社:風間書房
ISBN-13: 978-4-7599-2033-8
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