白血病悪化のカギを握る酵素を発見~がん遺伝子「MYC」を支える仕組みに迫る~

国立大学法人千葉大学

 千葉大学医学部附属病院の和泉真太郎医師、同大学院医学研究院の金田篤志教授、星居孝之准教授らの研究チームは、急性骨髄性白血病の悪性化に関わるがん原遺伝子MYCの新しい発現制御因子を発見しました。DNAに巻きついているヒストンタンパク質を化学修飾(メチル化)する酵素であるSETD1Bは、これまでにもがん細胞において重要な役割を持つと考えられていましたが、その分子機序の詳細は明らかではありませんでした。今回の研究により、SETD1Bは遺伝子全体に渡って観察される広範囲なヒストンのK4メチル化を調節していること、そしてこの働きががん原遺伝子であるMYCの発現維持や白血病細胞の増殖に必須となることが明らかとなりました。この成果は、特徴的なヒストンの修飾が白血病の悪性度を示す新たなバイオマーカーとなる可能性とともに、SETD1Bが今後の新たな治療標的になり得ることを示唆しています。

 本研究成果は、科学誌Leukemiaにて2025年5月8日(日本時間)にオンライン公開されました。

■研究の背景

 急性骨髄性白血病は血液がんの一種であり、骨髄にある造血組織で未熟な細胞が白血球に分化する途中で、主に遺伝子の異常がきっかけとなってがん化します。がん化した白血病細胞は急速に増加して正常造血の障害、多臓器障害などが進行します。特にFLT3という遺伝子に変異を持つ白血病は、再発が多く難治性であるため、その分子メカニズムの解明や治療標的の同定が求められています。

 白血病の悪性化にはヒストンH3のK4メチル化(注1)が必要とされています。研究チームは2018年にメチル化酵素の一つであるSETD1Aが白血病細胞の生存に必要であることを明らかとしましたが、メチル化酵素活性に依存しない分子機序でした(参考資料1)。哺乳類には複数のメチル化酵素が存在するため、どのメチル化酵素が、どのような分子メカニズムで白血病の進行に関わっているのかは解明されていませんでした。

■研究の成果

 研究チームは、FLT3が変異した白血病細胞株におけるヒストンH3K4メチル化酵素群に注目して、網羅的なゲノム編集(CRISPRタイリング法)(注2)を行いました。その結果、SETD1Bが白血病細胞の生存に必要であることを同定しました。

 さらにSETD1Bのメチル化酵素活性のみを喪失させた細胞株を用いた実験では、SETD1Bが転写の開始点ではなく遺伝子本体の領域でヒストンH3K4メチル化を担っているという特徴的な所見を発見しました。この特徴はがん原遺伝子のMYCとその関連遺伝子において顕著であり、遺伝子発現解析、タンパク質発現解析でもMYCの発現低下が確認されました。

 また、遺伝子本体部のヒストンH3K4メチル化がどのようにして遺伝子の発現に関与しているのかを明らかにするためにより詳細な解析を行った結果、SETD1Bのメチル化酵素活性が失われると、RNA合成酵素(RNA Pol II)がRNA鎖を伸長する反応(伸長反応)が低下することがわかりました(図1)。MYC自身も伸長反応に重要とされていましたが、SETD1B変異細胞にMYCタンパク質を強制的に発現させてみたところ、白血病細胞の増殖は回復しましたが、減弱した伸長反応に回復は認められませんでした。このことから遺伝子本体部のヒストンH3K4メチル化そのものが、転写において重要な役割を果たしていることが示されました。また、SETD1Bとは対照的に、ヒストン脱メチル化酵素であるKDM5Cを破壊すると、ヒストンメチル化は増加し、白血病は悪性化することが示されました。つまり、SETD1BとKDM5CによるヒストンH3K4メチル化の調節が白血病の悪性化に関わることが明らかとなったのです。

 以上よりFLT3変異を含む急性骨髄性白血病において、SETD1Bは遺伝子本体部のヒストンメチル化を介して、がん原遺伝子MYCの発現維持や白血病細胞の増殖に必須となることが明らかとなりました。

図1.これまでに明らかとなったSETD1Bによる遺伝子本体部のヒストンメチル化を介した転写制御モデル(上)とSETD1Bのメチル化酵素活性喪失による白血病細胞死の分子機序モデル(下)

■今後の展望

 現在SETD1Bを特異的に阻害する薬剤は存在しません。白血病におけるSETD1Bの機能解析をさらに進めることで、MYC依存性の白血病に対する有効な創薬につながることが期待されます。

用語解説

注1)ヒストンH3K4メチル化:DNAが巻き付くヒストンタンパク質H3の一部に対するメチル化修飾で、遺伝子発現開始のスイッチを入れやすくする目印の働きを持つとされる。

注2)CRISPRタイリング法:遺伝子編集の技術「CRISPR/Cas9」を使い、特定の遺伝子に対してガイドRNAを敷き詰める(タイリング)ことで、その遺伝子から産出されるタンパク質上の重要な機能を持つ場所を網羅的に検査・同定する手法。

研究プロジェクトについて

本研究は千葉大学・大阪公立大学・藤田医科大学・熊本大学の共同研究によって実施され、日本学術振興会科研費(JP19H03690, JP19K22399, JP22H03099, JP22H04684)、日本医療研究開発機構(AMED)(23ama221118h0002)、小林がん学術振興会、武田科学振興財団、千葉大学国際高等研究基幹の支援を受けました。

■論文情報

論文タイトル:Regulation of H3K4me3 breadth and MYC expression by the SETD1B catalytic domain in MLL-rearranged leukemia

著者:Shintaro Izumi, Ko Ohtani, Makoto Matsumoto, Seito Shibata, Bahityar Rahmutulla, Masaki Fukuyo, Mitsutaka Nishimoto, Hideo Miyagawa, Emiko Sakaida, Koutaro Yokote, Issay Kitabayashi, Kimi Araki, Atsushi Kaneda, Takayuki Hoshii* *責任著者

雑誌名:Leukemia

DOI: 10.1038/s41375-025-02638-y

■参考資料1

論文タイトル:A Non-catalytic function of SETD1A regulates Cyclin K and the DNA damage response

雑誌名:Cell

DOI: 10.1016/j.cell.2018.01.032

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業種
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本社所在地
千葉県千葉市稲毛区弥生町1-33  
電話番号
043-251-1111
代表者名
横手 幸太郎
上場
未上場
資本金
-
設立
2004年04月