CO2をCO、メタン、エタン、プロパンへ〜光の強さを変えて自在に生成物を生み出す
千葉大学大学院融合理工学府博士後期課程の大弓知輝氏、博士前期課程の阿部一響氏、佐々木将人氏、同大大学院理学研究院の泉 康雄教授は、鉄(Fe)–酸化ジルコニウム(ZrO2)光触媒に照射する光の強度を上げていくことで、順に一酸化炭素(CO)、メタン(CH4)、エタン(C2H6)、プロパン(C3H8)を作り分ける技術を開発しました(図1、2)。
本研究で用いた鉄は第一周期遷移金属元素の中で最も安価で入手しやすい金属であり、持続可能な社会づくりに適した材料です。さらにエタンやプロパンは、持続可能社会で経済的にも有用な物質であるため、カーボンニュートラル・サイクルの実現に寄与することが期待されます。
本研究成果は、2025年5月13日に、英国化学会刊行のChemical Communications誌にオンライン掲載されました。

■研究の背景:
太陽光などの持続可能なエネルギー源を使用して、CO2を燃料や高付加価値物質に変換できれば、新たなカーボンニュートラル・サイクルを形成することができます。しかし、実際に持続可能社会で適用するためには、環境面だけでなく、社会的・経済的に成り立つための技術が必要です。
現在、光触媒を用いてCO2を光還元して得られる生成物の価格が、C1化合物(注1)であるCOやメタン(CH4)の場合には、1 kgあたり9–26円であるのに対し、C2,3の炭化水素(注1)では、1 kgあたり130–1,200円と5〜130倍もの価格差があります。このため、CO2からの生成物を簡便に作り分ける技術が期待されてきました。さらには光触媒を作るための価格および設備(還元反応装置)にかかるコストが、生成物の価格を下回ることが望まれます。
本研究では、半導体の性質を有し、紫外可視光(注2)照射により電荷分離(注3)が起きる酸化ジルコニウム(ZrO2)と金属状に還元した鉄(Fe)ナノ粒子とを組み合わせた光触媒を用い、紫外可視光の強度を徐々に上げてゆくことで生成物をCOからCH4、C2H6、C3H8と順に作り分けることができることを発見し、その活性構造および光反応過程を詳細に検討しました。
■研究の成果:
本研究では、安定した炭素同位体である¹³Cを含む¹³CO₂(注4)を使い、光還元反応を詳しく調べました。まず、Fe–ZrO2光触媒を用いて110 mW cm−2の紫外可視光照射下でH2を還元剤として13CO2光還元反応試験を行ったところ、13COが毎時光触媒1 gあたり3.7マイクロモルで安定して生成されました(図2(a))。次に紫外可視光強度を322 mW cm−2 まで上げて13CO2光還元反応試験を行うと、生成物が13CH4(注4)に切り替わりました(図2(b))。ただし、反応時間が5時間経過すると、110 mW cm−2での光反応試験よりも低活性になりました。これはCO2が活性なFeの表面を覆ってしまったせいと考えられます。

そこで、さらに紫外可視光強度を472 mW cm−2まで増加させて試験を行いました。その結果、光反応5時間で13CH4が毎時光触媒1 gあたり170マイクロモルまで高速に生成され、5時間経過後も失活することなく13CH4生成を続けました(図2(c)および図3(A)中オレンジ色のバー)。20〜48時間の長時間反応では、13C2H6(注4)および13C3H8(注4)も生成され(図2(cʹ)および図3(A)中緑色および灰色のバー)、その割合は15%に達しました。この光の強さでは、Feの表面がCO2で覆われることが無くなり、代わりにギ酸イオン種やCHx種(x = 0〜3)により部分的に覆われていると思われます。この状態で、光反応試験中に光触媒に紫外可視光照射しながら真空処理することで、触媒を再活性化できることも分かりました(図3(B))。
以上をまとめると、照射する光の強さを110〜472 mW cm−2の範囲で上げていくと、13CO2からの生成物を13CO, 13CH4, 13C2H6 & 13C3H8と切り替えてゆくことができました(図2)。

■今後の展望:
光触媒に照射する光の強さを変えるだけで、生成物を安価なCOやCH4から、市場価値の高いエタン(C2H6)およびプロパン(C3H8)を選んで作ることができるこの技術は、持続可能社会での光触媒の適用に向けた切り札となり得ます。今後は、安価なFeを使ってCOとH2との光触媒反応によりエチレン(C2H4)やプロピレン(C3H6)を生成し、さらにCO2と水から直接C2〜3炭化水素を合成する研究も進めていきます。
■用語解説:
注1)C1~3炭化水素:炭化水素は炭素(C)と水素(H)原子から構成される化合物で、そのうち1分子中に含まれるC原子数によりC1~3炭化水素と称する。C1はメタン、C2はエタン、エチレン、アセチレン、C3はプロパン、プロピレンが挙げられる。
注2)紫外可視光:波長が100〜400ナノメートルの光を紫外光、波長が400〜800ナノメートルの光を可視光と呼ぶ。両者を合わせて紫外可視光と称する。
注3)電荷分離:光照射由来で光触媒(半導体)内部に生じた電子とホール(正電荷)とが空間的に分離された状態。
注4)13CO2、13CH4、13C2H6、13C3H8:通常のC原子は質量数12であるが、中性子が一つ多く質量数13のCを13Cという。13Cを含むCO2、CH4、C2H6、C3H8分子を13CO2、13CH4、13C2H6、13C3H8と称す。これらは13C標識の分子と呼ばれ、本実験で調べた光触媒反応経路と、自然界に存在する12Cの分子の挙動とを区別して調べることができる。
■研究プロジェクトについて:
本研究は、科学研究費助成事業 基盤研究B「不飽和半導体-金属ナノ粒子光触媒によるCO2から各種C2,3生成物への自在で精密な制御」(24K01522)および基盤研究B「合金ナノ粒子–超薄層半導体複合表面でのCO2光多電子還元と同位体標識種時分割追跡」(20H02834)の支援を受けて行われました。
■論文情報:
タイトル:Light intensity–directed selective CO2 photoreduction using iron(0)–zirconium dioxide photocatalyst
著者:Tomoki Oyumi, Ikki Abe, Masahito Sasaki, and Yasuo Izumi
雑誌名:Chemical Communications
DOI:10.1039/D5CC01147G
■参考文献:
2024年10月7日千葉大学リリース「CO2 はパラフィンへ、CO はエチレン/プロピレンへー用途に応じて目的生成物を自在に選べる光触媒」
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