気象衛星ひまわりで30分ごとに光合成活動を可視化~ 植物の“昼寝”を宇宙から監視できる時代へ ~

国立大学法人千葉大学

 千葉大学国際高等研究基幹/環境リモートセンシング研究センターの山本雄平助教と同センターの市井和仁教授らが主導する、日本・韓国・ドイツの大学の国際共同研究チーム(日本からは国立環境研究所(NIES)、森林総合研究所、宇宙航空研究開発機構(JAXA)などが参画)は、気象衛星「ひまわり8号・9号」の観測データを活用し、東アジア地域における植生の光合成量を30分ごとに推定する新たな手法を開発しました。この手法により、従来モデルでは表現が困難だった晴天・曇天時の光利用効率の違いや、真昼の強光・高温・乾燥時に見られる光合成活動の抑制(いわゆる“昼寝現象”)をより正確に捉えることが可能となりました(図1)。本成果は、異常気象時に植物が受けるストレスやダメージの早期発見に利用できるだけでなく、日周から年スケールの炭素収支を一貫して捉える新たな枠組みとしての活用も期待されます。
 本研究成果は2025年6月16日に、国際誌Remote Sensing of Environmentに掲載されました。

■研究の背景

 植物の光合成量は、陸域生態系の炭素循環や気候変動を理解する上で基盤となる指標です。特に、近年増加している熱波や干ばつなどの異常気象に対する植生活動の応答をいち早く把握するには、一日を通じた光合成量の変動(日周変動)を捉えることが不可欠です。

 しかし、植生の光合成活動を含む陸域の観測には、同じ地点を飛来する頻度が低い極軌道の人工衛星が主に利用されており、光合成量の推定は数日から一ヶ月単位で行われてきました。また、衛星観測データをもとに光合成量を推定する従来の光利用効率モデル(以下、「従来モデル」)は、真昼の強光・高温・乾燥条件や、日の出直後や日没前の薄暗さ、放射環境(空模様)の急激な変化など、一日の中で起こる多様な気象環境の変動を考慮していませんでした。

図1.気象衛星ひまわりによる光合成量推定の概略図。右端の葉は、高温によるストレスで気孔が閉じている様子(昼寝現象)を表している。

■研究の成果

 研究チームは、静止軌道衛星(注1)であるひまわり8号・9号による高頻度の観測データを活用し、東アジア地域における光合成量を30分ごとの時間間隔で推定する新たな手法を検討しました。ひまわりは、光合成量の推定に重要な日射量を1km解像度・10分間隔で推定できますが、今回の研究では地上で観測された光合成量データと整合させるため、30分単位で推定しました。

 従来モデルを日周スケールへと拡張するにあたり、以下の点に着目して精度の向上を図りました。

1.一日の中で変化する光の吸収量:森林は太陽から直接届く「直達光(Direct Radiation)」より   も、大気中の微粒子等で散乱しながら届く「散乱光(Diffuse Radiation)」を、より効率よく光合成に利用する傾向があります。また、太陽の日周運動に伴って光の射し込む角度が変わるため、森林内部へ光が届く量も時間帯によって異なります。本研究では、ひまわりの観測データから得られた直達・散乱日射量に加え、樹種・樹高・密度などの森林構造と太陽高度に応じた光の吸収効率を推定モデルに組み込みました。

2.光の強さに応じて変わる光合成の効率:植物は、光が弱いときには効率よく光を使って光合成を行いますが、ある程度以上に強くなると光の利用が頭打ちになります。一日の中で光の強さは大きく変化するため、時間帯によって光合成速度も変わります。本研究では、こうした光の強さに対して光合成の反応が一定ではなく、複雑で非線形(Non-Linear)な動きをすることを考慮して、推定モデルに取り入れました。

3.猛暑時の高温ストレス:光合成量を推定するモデルでは、高温や乾燥によって植物が受けるストレスの影響も考慮されます。本研究では、猛暑時における光合成速度の低下をより正確に捉えるために、数値気象モデル(注2)で計算された気温と、ひまわりが捉えた植生面温度のどちらが適しているかを評価しました。

1をモデルに考慮したものをDD(Direct/Diffuse)設定、1と2を考慮したものをDD-NL(DD with Non-Linear relationship)設定とし、従来モデルと比べてどれだけ精度が向上するかを調べました。3については、最も精度の高かったDD-NLモデルを使って評価しました。これらのモデルの性能は、日本と韓国に設置された18地点のフラックスタワー(注3)のデータを用いて検証しました。

 従来モデルでは、晴れた日の昼間に光合成量を過大に見積もり、逆に朝夕や曇りの日には少なく見積もる傾向がありました。森林では、DD-NL設定によってこれらの誤差(バイアス)を大きく軽減できました(図2右上)。一方、水田では強い光による制約が小さく、DD設定でも十分な改善が見られました。

 ひまわりの観測データを従来のモデルにそのまま適用すると、朝夕や曇りなどの弱光条件で生じた推定誤差が積み重なり、日単位や年単位の積算量に大きな負のバイアスが生じることが分かりました。従来モデルをDD-NL設定で制御することでこのバイアスを大幅に抑えることができ、異常気象の影響が現れやすい日内スケールから、気候変動の影響が現れる年スケールまでをつなげた解析が可能になります。

 従来の数値気象モデルの気温データの代わりにひまわりで推定された植生面温度データを用いることで、猛暑時の日中に光合成活動が低下する「昼寝現象」をより高い感度で検出できるようになりました(図2右下)。これにより、過酷な気象条件下での植生活動の応答をより正確に把握できます。

■今後の展望

 衛星から光合成量そのものを直接観測することはできません。そのため、光合成活動に関連する複数の要素(日射量など)を衛星観測から推定し、それらと実際の光合成量とが合うように光合成量推定モデルを調整します。モデルの調整には、現地観測から得られた光合成量データが不可欠です。本研究では、現地でCO2フラックスを観測してきた研究者の協力を得て、モデルの汎用性や安定性を実証できました。この成果により、異常気象が森林や農作物に与える影響を高頻度で把握できるようになり、被害の早期検出や農業・林業のリスク管理への貢献が期待されます。また、日周から年スケールにわたる光合成量の変動を捉えることで、気候変動に関わる長期的な炭素収支のより正確な評価にもつながります。今後は、より多くの観測サイトでモデルの調整を進め、アジアおよびオセアニアをカバーする高頻度の光合成量データセットの開発を目指します。

■用語解説

注1)静止軌道衛星:赤道上空約36,000 kmに位置し、地球の自転と同じ速度で周回しているため、同じ地域を常に観測できる衛星。ひまわり8号・9号はこの静止軌道にあり、日本周辺や東南アジア、オーストラリアなどの地域を10分ごとに観測しています。

注2)数値気象モデル:気温や風、湿度などの大気の状態を、物理法則に基づく数式で表現し、スーパーコンピュータなどを用いて時間的・空間的な変化をシミュレーションするモデル。

注3)フラックスタワー:森林や農地などで、植物と大気の間で行われる二酸化炭素や水蒸気、熱のやり取りを観測する設備。

■研究プロジェクト

本研究は以下の支援を受け、実施されました。

日本学術振興会(JSPS)科学研究費(JP23K17027, JP19H03301, JP22H05004, JP18H03365, JP26241005)、研究拠点形成事業(JPJSCCA20220008)、日中韓フォーサイト事業 (JPJSA3F20220002)、文部科学省 VLプロジェクト、農林水産省 (MAFF1251)、環境省地球環境保全試験研究費(NOU2254)

■論文情報

タイトル:Modeling diurnal gross primary production in East Asia using Himawari-8/9 geostationary satellite data

著者:Yuhei Yamamoto, Kazuhito Ichii, Wei Yang, Yui Shikakura, Youngryel Ryu, Minseok Kang, Shohei Murayama, Su-Jin Kim, Yuta Takao, Masahito Ueyama, Tomoko Kawaguchi Akitsu, Hiroki Iwata, Hojin Lee, Junghwa Chun, Atsushi Higuchi, Takashi Hirano, AReum Kim, Hyun Seok Kim, Kenzo Kitamura, Yuji Kominami, Kazuho Matsumoto, Jun Suzuki, Kentaro Takagi, Yoshiyuki Takahashi, Satoru Takanashi, Hideaki Takenaka, Shingo Taniguchi, Yukio Yasuda

雑誌名:Remote Sensing of Environment

DOI: 10.1016/j.rse.2025.114866

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未上場
資本金
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設立
2004年04月