ニュートリノが示す最高エネルギー宇宙線の正体~アイスキューブ実験が探る極限宇宙~
千葉大学ハドロン宇宙国際研究センターのマキシミリアン マイヤー助教を中心とする研究グループは、世界最大のニュートリノ検出装置「アイスキューブ(IceCube)」(図1)を用いて、超高エネルギー宇宙線由来のニュートリノ探索を約13年分のデータを使い実施しました。
宇宙には「宇宙線」と呼ばれる高エネルギーの粒子が飛び交っています。中には、可視光の1垓(=10²⁰)倍という桁外れのエネルギーをもつものも存在します。しかし、こうした超高エネルギー宇宙線の正体や起源となる天体はいまだ謎に包まれており、これまでその組成(陽子か原子核か)についても、いまだ決着がついていませんでした。その手がかりとなるのが、宇宙線が宇宙空間を進む中で生み出す素粒子ニュートリノです。ニュートリノの量は、宇宙線の成分や放射源の特徴に深く関係しています。ニュートリノ観測は、この長年の論争に終止符を打つ鍵となるのです。
本研究での解析の結果、予測されていたよりも超高エネルギーニュートリノの量が大幅に少ないことが分かりました。この成果により、超高エネルギー宇宙線の主成分は陽子ではなく、より重い原子核であることが示され、40年以上の議論に終止符を打ちました。また、可視光の約10京倍のエネルギーをもつニュートリノ検出を報告していたKM3NeT実験の結果を、約70倍の感度で否定することとなりました。
本研究結果は米国物理学会発行のPhysical Review Letters (PRL)に2025年7月15日に掲載される予定です。また、本論文はPRL誌が選ぶ特に重要な論文として”PRL Editors' Suggestion”に選出され、PRLのホームページで特集されます。

■研究のポイント
・IceCubeの約13年間の観測で、10PeV(ペタ電子ボルト。1ペタ電子ボルトは可視光の10¹⁵倍相当のエネルギー)を大きく超える高エネルギーニュートリノは確認されず、100PeV以上のニュートリノの流量は非常に小さい(1平方メートルあたり年間0.00006個以下)ことが示されました。
・超高エネルギー宇宙線の主成分が陽子であれば、より多くの高エネルギーニュートリノが生まれるはずであることから、超高エネルギー宇宙線の主成分は陽子ではなく存在量の少ない重い原子核であることを明らかにしています。
・今年2月にネイチャー誌で発表されたKM3NeT実験による約220ペタ電子ボルトのニュートリノ検出は、KM3NeTの約70倍の感度を持つIceCube実験では確認できず、KM3NeT実験により推測されたニュートリノ量とは大きな矛盾が生じます。
■研究の背景
宇宙に存在する超高エネルギー宇宙線の莫大なエネルギーが、宇宙のどのような天体でどのように生み出されているのかは、宇宙物理学における大きな謎の一つです。現在、巨大なブラックホールの重力エネルギーを運動エネルギーに変換していると考えられている活動銀河核や、重い星が一生を終えて爆発するガンマ線バーストといった現象が、超高エネルギー宇宙線の起源候補として挙げられています。
これらの天体から飛び出した宇宙線が主に陽子であれば、宇宙線は我々の銀河系に飛来する途中で、ビッグバンの名残である宇宙マイクロ波背景放射と衝突し、極めて高エネルギーのニュートリノを生成します。これを「宇宙生成ニュートリノ」と呼びます。もし起源天体の大多数が遠方宇宙(注1) に存在すれば、宇宙生成ニュートリノの生成量は増加します。IceCube実験では、このニュートリノの観測によって、超高エネルギーニュートリノ存在量の上限値を求め、起源天体がむしろ比較的近傍の宇宙(「ビッグバン後100億年以上経過した現在の宇宙」)に多く存在する可能性を示しています(参考文献1)。
また、Auger実験やテレスコープアレイ(TA)実験によって超高エネルギー宇宙線の観測は進んでいますが、その組成については未だ結論が出ていません。これは両実験ともに、宇宙線が大気中で起こす衝突反応の詳細モデルに依存しているため、組成の推定には大きな不確定性がつきまとうからです。さらに、エネルギーが10²⁰ eVを超える超高エネルギー宇宙線は、宇宙空間を長距離伝搬できず、地球に届くのは比較的近くの天体からのものに限られます。つまり、もし起源が宇宙の遥か遠方にあれば、その痕跡を宇宙線で捉えることはできませんし、見えてもその情報は近隣宇宙からの宇宙線によるものに限られてしまい、その解釈にバイアスが生じます。
この制約がないニュートリノの観測は、超高エネルギー宇宙線の起源を探る上で極めて重要な手段となります。ニュートリノは宇宙線の生成過程で生じ、相互作用の理論的不確かさが比較的小さいことに加え、電磁場や物質の影響をほとんど受けずに宇宙の最果てから地球まで直進することができるためです。つまり、ニュートリノは宇宙線の起源をより「直接的に」もたらす、極めて貴重なメッセンジャーなのです。

■研究の成果
2010年6月から約13年間にわたる最新の長期観測データを用いて、前回発表時の約3倍の感度で超高エネルギー宇宙ニュートリノの探索を行いました。その結果、最大で約10PeV(可視光の10¹⁶乗倍)のニュートリノを同定しましたが(図2)、宇宙生成ニュートリノとしてはエネルギーが低すぎるものでした。また100PeV以上の超高エネルギーニュートリノは検出されませんでした。
超高エネルギーニュートリノが検出されなかったという事実は、宇宙生成ニュートリノの量がこれまでの理論予想よりも大幅に少ないことを示しています。これは、超高エネルギー宇宙線の主成分が陽子ではなく、より重い原子核である可能性を強く示唆します(図3)。原子核も宇宙マイクロ波背景放射と衝突することでニュートリノを生成しますが、陽子に比べて生成されるニュートリノの数は圧倒的に少なく、そのエネルギーも低くなるからです。この結果は、超高エネルギー宇宙線の組成をめぐって長年対立してきたAuger実験とTA実験の議論にも重要な示唆を与えるものです。Auger実験は早くから「原子核主成分説」を支持してきた一方で、TA実験の観測結果は「陽子主成分説」と矛盾しないものでした。両実験とも、宇宙線が大気中で起こす衝突反応の詳細に起因する大きな不確定性が避けられません。それに対し、宇宙生成ニュートリノには観測はこうした不確定性はありません。今回のIceCubeの観測結果は、独立した手法により、超高エネルギー宇宙線の主成分が陽子ではなくより重い原子核であることを強く示すものです。

さらに、本結果は、KM3NeT実験による220 PeV のエネルギーを持つニュートリノの検出報告(参考文献2)とは矛盾します。報告されたニュートリノはわずか一つであるため大きな統計誤差がありますが、この誤差を考慮した上で、今回のIceCube実験の結果と整合する確率は0.4パーセント、すなわち1000回実験をすれば、4回程度起こりえるかどうかという小ささとなります。現在のIceCube実験の観測データはKM3NeT実験の70倍の感度を持つため、自然な仮定では、KM3NeT実験の結果は説明できません。
■今後の展望
本研究結果は、新たな謎を投げかけます。宇宙に最も多く存在する陽子ではなく、少数派である原子核が選ばれて加速されている理由は明らかではありません。しかも原子核は壊れやすいため、激しい環境下での生成・加速は難しいと考えられています。宇宙線は比較的静かな環境で作られているのか、それとも未知の物理機構が存在するのでしょうか。
IceCubeでは、超高エネルギー宇宙線の謎に迫るため、感度を8倍に高めた次世代計画「IceCube-Gen2」計画を進めています。千葉大学ハドロン宇宙国際研究センターは「IceCube-Gen2」ニュートリノ望遠鏡の主要検出器の開発とその製造を担っており、観測精度の飛躍的な向上に貢献します。IceCube-Gen2による高感度・高統計の観測が実現すれば、ニュートリノを起点としたマルチメッセンジャー観測により起源天体の直接観測ができるかもしれません。宇宙の加速現象と高エネルギー原子核の生成に関する理解が飛躍的に進むと期待されます。
■用語解説
注1)遠方宇宙:光の速さは有限であるため、宇宙を観察するとき、対象が遠方にあるほど現在より遡った時間の(=現在と比べて若い頃の)状態を見ていることになる。
■論文情報
タイトル:Search for extremely-high-energy neutrinos and first constraints on the ultra-high-energy cosmic-ray proton fraction with IceCube
掲載誌:Physical Review Letters
著者:IceCube Collaboration
■参考文献
1)タイトル:Constraints on Ultrahigh-Energy Cosmic-Ray Sources from a Search for Neutrinos above 10 PeV with IceCube
掲載誌:Physical Review Letters
DOI:10.1103/PhysRevLett.117.241101
2)タイトル:Observation of an ultra-high-energy cosmic neutrino with KM3NeT
掲載誌:Nature
DOI:10.1038/s41586-024-08543-1
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