大人の注意欠如多動症(ADHD)治療に薬物療法+オンライン認知行動療法が有効〜専門家不足や多忙な生活に応える新アプローチ~

国立大学法人千葉大学

 千葉大学医学部附属病院認知行動療法センターの清水栄司教授、同大子どものこころの発達教育研究センターの江藤愛子特任研究員らの研究グループは、注意欠如多動症(以下、ADHD)を持つ成人に対して、通常の診療に加え、医療機関のセラピスト(公認心理師、臨床心理士)と自宅にいる患者さんをオンラインでつなぎマンツーマンで認知行動療法を実施したところ、一定の効果があることを世界で初めて明らかにしました。今回の成果により、専門家が少ない地域に住む患者さんや、仕事や家庭の事情で時間の都合がつきにくい患者さんでも、自宅から認知行動療法に取り組みやすくなると期待され、ADHDに対する新たな治療の選択肢となる可能性が示唆されました。

 本研究成果は、2025年6月5日(日本時間)に国際医学雑誌Psychotherapy and Psychosomaticsのオンライン版に掲載されました。

■研究の背景

  ADHDは、子どもだけではなく、大人にもみられる発達障がいで、大人ではおよそ30人に1人が該当するといわれています。不注意(集中しづらい)、多動性(じっとしていられない)、衝動性(考える前に行動してしまう)といった特性があり、仕事や人間関係等、日常生活の中で困難を感じる方も少なくありません。ADHDのある方は、うつ病や不安症、依存症を併せ持つことも多いことがわかっています。近年、日本でも、ADHDと診断される人が増加しており、社会的な関心が高まっています。

  ADHDのある方への薬の治療(薬物療法)は、7割の患者さんに有効とされ、治療の中心的手段です。ただし、単独では不十分なことも多く、環境調整や心理社会的介入との併用が推奨されます。そのため、患者さんには、環境の調整や心理社会的なサポートが重要です。薬物療法と心理社会的サポートは、組み合わせることもできます。

 その心理社会的サポートの一つが「認知行動療法」です。認知行動療法は、考え方や行動のパターンに働きかけ、ストレスや困りごとに対処できるようにする方法で、うつ病や不安症などで効果が確かめられています。近年では、ADHDに対しても認知行動療法が注目されており、欧米では2000年代から研究と実践が進んできました。ADHDそのものの症状に加え、気分の落ち込みや不安といった合併する症状の改善にも役立つことがわかっており、欧米の治療ガイドラインにも取り入れられています(参考文献1)。

 しかし、日本では認知行動療法に関する研究がまだ少なく、実際に治療を提供できる専門家も限られているため、ADHDの方がこの治療を受けたくてもなかなか受けられないという現状があります。そこで研究グループはウェブ会議システムを活用して、患者さんの利用のしやすさを改善した「ADHDに対するオンライン個人認知行動療法(図1)」を世界で初めて開発し、2022年8月から2024年5月までの1年9ヶ月で臨床研究を行いました。

図1: オンライン認知行動療法のイメージ図

■研究の成果

 本研究では、ADHDと診断され、通常診療として適切な薬物療法を受けてもなお、症状がある成人30名(平均年齢35.6歳、20-60歳、男性14名、女性16名)を対象に、通常診療のみを行う「対照群」と、通常診療に加えてビデオ会議システムを用いた個人認知行動療法を受ける「介入群」に、無作為に割り付けまし た。介入群では、千葉大学医学部附属病院のセラピストが週1回50分、全12回にわたりオンラインで認知行動療法を実施しました。患者さんは自宅からパソコンやタブレットを用いて接続し、「感情(気分)」「考え方(認知)」「行動」のパターンを見直し、問題解決や対処スキルの獲得を目指しました。また、ADHDの特性に由来する困りごとへの工夫や、対処法についてもセラピストとともに検討しました。

 主な評価指標である「ADHD-RS-IV with adult prompts」(注1)による症状スコアは、介入群において平均27.4点から18.7点へと有意に改善しました(図2)。一方、対照群では明らかな変化は見られませんでした。この差は統計的に有意であり、ビデオ会議を活用した認知行動療法の有効性が示されました。

 さらに、本臨床試験ではすべての参加者が全セッションを完了し、重篤な有害事象も報告されておらず、安全かつ高い受容性を持つ治療法であることも確認されました。

図2: ADHD-RS総得点の比較

■今後の展望

 本研究の結果から、オンライン認知行動療法は、薬物療法を受けても症状が残る患者さんに対して、ADHD症状の改善や、仕事や学業面での実行機能、生活の質の改善をもたらす可能性が示唆されました。今後、病院に来院することなくオンラインで認知行動療法の受療が可能になれば、患者さんの時間的、経済的および身体的負担が軽減できる可能性があります。さらに、医療者が不足している地域の患者さんにも、オンライン認知行動療法が治療の選択肢となることが期待されます。また、うつ病、社交不安症、パニック症、強迫症、PTSD(心的外傷後ストレス症)、神経性過食症に対する対面での認知行動療法は公的保険の適用がありますが、ADHDに対する対面での認知行動療法は、まだ公的保険が適用されていないため、今後、適用されるための医学的根拠の一つになりうると考えています。

 さらに、うつ病、社交不安症、パニック症、強迫症、統合失調症などのオンライン認知行動療法の有効性(参考文献2,3)は示されていましたが、ADHDに対するオンライン認知行動療法の有効性を示すことができたことは非常に重要で、薬物療法にオンライン認知行動療法を加えた治療を新たな選択肢に考えていただけるようになっていくことを願っております。

 

■用語解説

注1)ADHD-RS-IV with adult prompts: ADHDの重症度を評価するための尺度で、18項目から構成されています。評価者が予め用意された質問に加え、被面接者の状況や回答に応じて、質問を追加する面接法である「半構造化面接」を通じて不注意、多動性、衝動性の症状を0~3点の4段階で評価し、総得点は最大54点となります。点数が高いほどADHD症状が重いことを示します。

 

■研究プロジェクトについて

 本研究は、全方位・挑戦的融合イノベーター博士人材養成プロジェクトの支援により実施されました。

 

■論文情報

タイトル:Videoconference-Based Cognitive Behavioral Therapy in Medication-Treated Adults with Attention-Deficit/Hyperactivity Disorder: A Randomized, Assessor-Blinded, Controlled Trial

著者:江藤愛子, 遠藤歩, 吉田斎子, 関陽一, 田口佳代子, 本郷美奈子, 髙橋康平, 仕子優樹, 平野好幸, 清水栄司

雑誌名:Psychotherapy and Psychosomatics

DOI:10.1159/000546539

 

■参考文献

1)タイトル:Attention Deficit Hyperactivity Disorder Diagnosis and Management of ADHD in Children, Young People and Adults

発行:NICE Clinical Guidelines

ISBN-13: 978‑1‑85433‑471‑8

2)タイトル:Internet-based cognitive behavioral therapy with real-time therapist support via videoconference for patients with obsessive-compulsive disorder, panic disorder, and social anxiety disorder: pilot single-arm trial.

雑誌名:J Med Internet Res

DOI: 10.2196/12091

3)タイトル:Effectiveness of a Videoconference-Based Cognitive Behavioral Therapy Program for Patients with Schizophrenia: Pilot Randomized Controlled Trial

雑誌名:JMIR Formative Research

DOI: 10.2196/59540

このプレスリリースには、メディア関係者向けの情報があります

メディアユーザー登録を行うと、企業担当者の連絡先や、イベント・記者会見の情報など様々な特記情報を閲覧できます。※内容はプレスリリースにより異なります。

すべての画像


ビジネスカテゴリ
医療・病院学校・大学
ダウンロード
プレスリリース素材

このプレスリリース内で使われている画像ファイルがダウンロードできます

会社概要

国立大学法人千葉大学

76フォロワー

RSS
URL
https://www.chiba-u.ac.jp/
業種
教育・学習支援業
本社所在地
千葉県千葉市稲毛区弥生町1-33  
電話番号
043-251-1111
代表者名
横手 幸太郎
上場
未上場
資本金
-
設立
2004年04月