地球の磁気バリアの破れを可視化する~X線が宇宙天気の新たな診断ツールに

国立大学法人千葉大学

                      

 千葉大学大学院融合理工学府博士前期課程の百瀬遼太氏(研究当時)、同大国際高等研究基幹の松本洋介准教授、名古屋大学宇宙地球環境研究所の三好由純教授らの研究グループは、太陽から吹き付ける高速プラズマ流(太陽風)によって地球の磁気バリアが剥がされる様子を、X線で可視化する新しい手法を発見しました。本研究は、打ち上げが計画されている「GEO-X」などのX線撮像衛星が宇宙天気の診断に活用できることを示唆するものです。

 本研究成果は、2025年6月23日に(米国時間)アメリカ地球物理学連合が発行するGeophysical Research Letters誌で公開されました。

■研究の背景
 地球が持つ固有磁場「地球磁気圏(注1)」は太陽風に地球大気が直接晒されるのを防いでくれるものの、太陽側の磁気圏境界(注1)は「磁気リコネクション(注2)」というプロセスによって剥がされています。この磁気バリアの破れによって太陽風エネルギーの一部が磁気圏内に流入することで、地球近傍の宇宙環境である「ジオスペース」が激しく変動したりオーロラを発生させたりします。人類のジオスペース利用が進む現代ではこのような「宇宙の天気」を理解・予測することが求められています。また、磁気リコネクションは地球の磁気バリアを破るだけでなく、プラズマ実験装置や太陽・ブラックホールなどにおける様々な爆発現象の根源的プロセスでもあり、その理解は核融合反応を起こす際に高温のプラズマを安定して長く閉じ込める技術の向上や、高エネルギー宇宙線(注3)の起源に迫ることにもつながります。

 一方で、太陽風中には微量ながら高階電離した酸素や炭素などのイオンが含まれており、地球近傍の水素原子と太陽風電荷交換反応(注4)をすることでX線が放射されることが近年明らかになってきました。この電荷交換反応によるX線放射を捉えることを目的とした「GEO-X」などの人工衛星の打ち上げが計画されており、ジオスペースにおけるX線環境を遠くから撮像することで宇宙の天気を理解しようとする試みが進んでいます。

■研究の成果
 
研究グループは、太陽風―地球磁気圏相互作用モデルと太陽風電荷交換反応によるX線放射モデルを組み合わせて、ジオスペースにおけるX線強度分布について調べました。今回、X線強度分布を計算するために、スーパーコンピューター「富岳」(注5)を用いた大規模シミュレーションを実施しました。その結果、激しい太陽風が到来した際には太陽側磁気圏境界で発生する磁気リコネクション領域でX線が特に明るく放射されることを発見しました(図1)。

図1:モデル計算によるX線発光強度分布(色)と地球磁場(線)。(図中心にある球体が地球で図左手が太陽側。地球から離れたところに仮想的なX線撮像衛星を置いて疑似的な観測をしている様子を表している。)

 

 そこで、モデル内に仮想的なX線撮像衛星を配置し疑似観測することで、磁気リコネクション領域のX線写真を作成することを試みました。月と同程度の遠方から撮像すると、明るい領域は尖った特徴的形状を持っており、磁気リコネクションが進行している磁場の形状を反映していることがわかりました(図2)。

 磁気バリアがどの程度の効率で剥がされているかを特徴づける量として「リコネクション率」があります。リコネクション率は磁場のエネルギーからプラズマのエネルギーに変換される割合を表す量でもあり、磁気リコネクションによるエネルギー解放を理解するうえでも重要な量です。限られた状況下ではあるものの、これまでレーザー実験や太陽コロナ領域の観測などでリコネクション率を実験的に推定する試みがなされており、その効率が10%程度であることが報告されていました。それに対して本研究は、磁気圏境界のX線で明るい領域の尖り具合とリコネクション率が良い対応関係にあることを示すことで、新たなリコネクション率推定方法として提案したものです。本手法においてもその効率が約13%であることが推定され、これまでの報告と矛盾しない結果となりました。本成果は、太陽側磁気圏境界から放射されるX線を撮像することで磁気圏内への太陽風エネルギー流入率を推定することが可能であり、宇宙天気の新たな診断ツールになりうることを示したものです。

図2:(上段)モデル内でのX線疑似観測の全体写真。色は白いほどX線強度が強い。(下段)GEO-Xで想定される視野・角度分解能を元にした磁気リコネクション領域の拡大図。等高線の尖り具合が磁気リコネクションを反映している。

■今後の展望

 現在、日本では太陽風電荷交換反応によるX線放射を捉えるGEOspace X-ray imager (GEO-X) の開発が進んでおり、2027年以降の衛星打ち上げを計画しています。また同様に、欧州宇宙機関と中国科学院の共同ミッションSolar wind Magnetosphere Ionosphere Link Explorer (SMILE) も開発が進んでおり、近年中の打ち上げが予定されています。これらX線撮像ミッションによる協調観測と既存の人工衛星による「その場」観測(注6)を組み合わせることで、地球の磁気バリアの破れが多面的に理解されることが見込まれます。また、磁気リコネクションが持つ多スケール構造を観測的に明らかにすることで、核融合プラズマの閉じ込め向上や宇宙線加速機構の解明に寄与することが期待されます。

 

■用語解説

注1) 地球磁気圏・磁気圏境界:地球の固有磁場が太陽風と相互作用した結果として形成される勢力範囲のこと。磁気圏と太陽風の太陽側境界では太陽風磁場と地球磁場が互いに反平行になりやすく、磁気リコネクションが発生しやすい領域となっている。

注2) 磁気リコネクション:宇宙などで互いに反する向きの磁力線が繋ぎ変わることで磁気エネルギーがプラズマの運動エネルギーや熱エネルギーに変換される物理過程。太陽フレアやオーロラ、高エネルギー粒子加速のカギとなる物理過程としても知られる。

注3) 高エネルギー宇宙線:宇宙から地球に降り注ぐ非常に高いエネルギーを持った粒子(陽子などの原子核)。これらは宇宙のどこかで加速されたと考えられているが、その起源や加速メカニズムは大きな謎として残されている。

注4) 太陽風電荷交換反応:電子がほとんど剥ぎ取られた高階電離状態の酸素イオンや炭素イオンが太陽風中に微量ながら存在している。それらが地球の上層大気(外圏)の水素原子などと衝突する際に電子を受け取り、その後X線を放射する。この放射を利用して地球磁気圏周辺のプラズマ分布を撮像するGEO-XミッションやSMILEミッションが現在計画されている。

注5) スーパーコンピューター「富岳」:理化学研究所が設置し2021年3月から共用を開始した日本のフラッグシップスーパーコンピューター。2020年6月に世界第1位の性能を達成し、2025年6月現在でも世界トップレベルの性能を維持している。

注6)その場観測:人工衛星が宇宙空間に直接赴き、プラズマや電磁場の計測器によって人工衛星がいる場所の物理量の時間変化を測定する観測手法のこと。離れたところから計測するリモートセンシングに対し、本手法はその地点での詳細な情報を得ることができる。

■研究プロジェクトについて

 本研究は日本学術振興会科学研究費補助金(20K20945、22K21345、23K25925、25K01012)からサポートを受けて実施したものです。また、文部科学省スーパーコンピューター「富岳」成果創出加速プログラム「シミュレーションとAIで解き明かす太陽地球環境変動」(JPMXP1020230504)の一環として、「富岳」の計算資源の提供を受け実施しました(課題番号:hp230201, hp240212)。

 

 ■論文情報

タイトル:Estimation of Reconnection Rate from Soft X-ray Emission at the Earth’s Dayside Magnetopause

著者:Ryota Momose, Yosuke Matsumoto, and Yoshizumi Miyoshi

雑誌名:Geophysical Research Letters

DOI:10.1029/2024GL114342

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本社所在地
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未上場
資本金
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設立
2004年04月