薬物療法で改善しないパニック症にオンライン認知行動療法が有効 ― ランダム化比較試験で実証 ―
千葉大学子どものこころの発達教育研究センターの関陽一助教、同大大学院医学研究院の清水栄司教授らの研究グループは、薬物療法を行っても症状が残るパニック症患者さんに対して、医療機関のセラピスト(公認心理師)によるオンラインでの認知行動療法が、通常診療のみを行う場合よりも、有効性が優れていることをランダム化比較試験(注1)により、世界で初めて明らかにしました。
今回の成果により、薬物療法でも症状が十分に改善しないパニック症に対する新たな治療の選択肢となる可能性が示され、外出が難しい患者さんでも自宅で認知行動療法が受けやすくなるメリットも期待されます。
本研究成果は、2025年9月25日(日本時間)に国際医学雑誌BMC Psychiatryのオンライン版に掲載されました。
■研究の背景
パニック症は、強い不安とともに、動悸や息切れ感、めまいなどのパニック発作を繰り返し、外出が難しくなってしまうなど日常生活や社会活動に深刻かつ重大な影響を与える精神疾患です。パニック症の治療には薬物療法と認知行動療法などの心理療法があります。認知行動療法とは、自身の不安を強めてしまう考え方の傾向に気づき、それを整理しながら、少しずつ行動を広げていくことで気持ちを楽にする心理療法です。欧米では認知行動療法の研究が進んできており、治療ガイドラインにも取り入れられています(参考文献1,2)。日本では認知行動療法を実際に提供できる専門家が限られていることもあり、薬物療法が主要な治療法として広く行われてきました。一方で、薬物療法を行っても症状が残る患者さんも少なくなく、エビデンスのある治療法の確立が望まれていました。そこで本研究グループが開発した「パニック症に対するオンラインによる個人認知行動療法(注2)」を用い、薬物療法で十分に改善しないパニック症患者さんに対して臨床研究を行いました。
■研究の成果
本研究は、通常診療として適切な薬物療法を行っても、十分な改善を認めないパニック症患者さん30名(平均年齢39.6歳、20歳~58歳、男性11名、女性19名)を対象としました。研究参加者を、通常診療に加えてオンライン個人認知行動療法を受ける「介入群」と通常診療のみを継続する「対照群」にランダムに割り付け、介入群には、千葉大学医学部附属病院認知行動療法センターのセラピスト(公認心理師)が週1回50分、全16回にわたり、オンラインで認知行動療法を提供しました。介入群の患者さんは、自宅でパソコンやタブレットを用いて、セラピストとビデオ会議で対話をしながら、パニック症状の仕組みの理解、対処スキルの習得や行動実験(注3)などの認知行動療法に取り組みました。
主な評価指標である「PDSS」(注4)による症状スコアは、介入群において平均12.8点から5.4点へと有意に改善しました(図1)。一方、対照群では明らかな変化は見られず、その差は統計的に有意であり、オンラインによる認知行動療法の有効性が示されました。また介入群において80%の患者さんが改善を認め、67%の患者さんが寛解基準に達しました。また、本臨床試験では重篤な有害事象は報告されておらず、安全な治療法であることも確認されました。

■今後の展望
本研究の結果から、薬物療法を受けても症状が残るパニック症の患者さんにとってオンライン認知行動療法が新しい治療の選択肢となる可能性が示されました。これまで研究チームは、比較する「対照群」を置かないパイロット研究で、パニック症、強迫症、社交不安症の3つの不安に関連する精神疾患の患者さんに対して、オンライン認知行動療法の実用可能性と前後比較で症状が改善する可能性を示しました(参考文献3)。本研究は、薬物療法を受けても症状が残る患者さんを対象とし、また、比較する対照群を置いて、ランダム化比較試験で対照群よりも優れた有効性を明らかにできた世界初の研究であり、薬物療法でよくならない患者さんに改善の可能性を示せた点に大きな意義があると考えます。今後は長期的な効果を確認する研究を進めるとともに、将来的に日本の多くの施設でオンライン認知行動療法が受けられるようにしたいと考えています。
■用語解説
注1)ランダム化比較試験:臨床研究で用いられる方法の一つで、参加者を無作為に(ランダムに)2つ以上のグループに分け、一方には新しい治療を、もう一方には標準的な治療や対照条件を行う。両群を比較することで、偶然や偏りの影響を減らし、治療の有効性や安全性を科学的により正確に評価することができる。
注2)個人認知行動療法:認知行動療法の中でも、セラピストと1対1で行われるもの。対して、複数人で治療を受けるものを「集団認知行動療法」という。
注3) 行動実験:「行くと不安になる、発作が起こる」と思って避けていた場所にあえて行き、「実際には何も起きなかった、思ったより大丈夫だった」、という経験をしてもらう方法。この“予想と結果の違い”を体感することで、不安の感じ方や考え方を変えていくことを目的としている。
注4)PDSS(Panic Disorder Severity Scale):パニック症の重症度評価尺度で、7項目から構成されている。評価者が予め用意された質問に加え、被面接者の状況や回答に応じて、質問の順序や内容などを変化させる面接法である半構造化面接を通じてパニック発作、予期不安、生活障害度などの症状を1~4点の4段階で評価し、総得点は最大28点である。点数が高いほどパニック症状が重いことを示す。
■論文情報
タイトル:Videoconference-delivered cognitive behavioral therapy in patients with symptomatic panic disorder following primary pharmacotherapy: a randomized, assessor-blinded, controlled trial
著者:関陽一(a), 竹村 亮(b),須藤千尋(c),野口玲美(a),岡本洋子(a),大平育代(a),永田忍(d),清水栄司(a, c,e)
(a) 千葉大学 子どものこころの発達教育研究センター
(b) 慶應義塾大学病院 臨床研究推進センター 生物統計部門
(c) 千葉大学大学院医学研究院 認知行動生理学
(d) 就実大学 心理学部 心理学科
(e) 千葉大学医学部附属病院 認知行動療法センター
雑誌名:BMC Psychiatry DOI:10.1186/s12888-025-07320-2
■参考文献
1)タイトル: American Psychiatric Association. Practice guideline for the treatment of patients with panic disorder Second Edition. Work Group on Panic Disorder.
発行:American Psychiatric Association ISBN-13: 978-0890427095
2)タイトル: National Institute for Health and Care Excellence. Generalised anxiety disorder and panic disorder in adults: management.
発行:NICE Clinical Guidelines ISBN-13: 978-1-4731-2854-5
3)タイトル:Internet-based cognitive behavioral therapy with real-time therapist support via videoconference for patients with obsessive-compulsive disorder, panic disorder, and social anxiety disorder: pilot single-arm trial.
雑誌名:J Med Internet Res DOI: 10.2196/12091
■研究プロジェクトについて
科学研究費助成事業 基盤研究(C) 「パニック症に対する個人認知行動療法のランダム化比較試験による費用効果分析」(16K08863)
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