鍵は“老化で減るKAT7”?-iPS細胞由来血小板産生低下のメカニズムを解明-

国立大学法人千葉大学

■研究の概要

 千葉大学大学院医学研究院の髙山 直也 准教授、Sudip Kumar Paul JSPS外国人特別研究員、陳 思婧 特任助教、江藤 浩之 特任教授(兼 京都大学iPS細胞研究所 教授)らの研究グループは、iPS細胞から作られる血小板前駆細胞(巨核球)を増幅と成熟させることができる細胞株「iPS細胞由来巨核球株(imMKCL)(注1) 」を用い、血小板産生能が低下するメカニズムを解明しました。これは、長期培養や培養環境の悪化により細胞が老化すると、リジンアセチル基転移酵素7(KAT7)(注2) というタンパク質が低下するために、染色体の安定性が損なわれて免疫反応(cGAS-STING経路(注3) )が活性化すること、さらにこの老化した細胞が炎症性物質を放出して同じ培養槽内にいる良い細胞の細胞周期も止めてしまうため、最終的に培養全体で血小板産生が低下するというメカニズムです(図)。さらに、KAT7は細胞が血小板を生み出すために不可欠な細胞周期を維持することで、品質の高い血小板産生に重要な役割を果たすことを見出しました。

 本成果は、iPS細胞由来血小板の大量製造において、細胞老化を早期検出する品質管理指標としてKAT7が有用であることを示しており、再生医療製品の安定供給に貢献することが期待されます。

 この研究成果は、2025年11月13日に国際学術誌Stem Cell Reportsにオンライン掲載されました。

図:KAT7 は「細胞増殖」と「免疫制御」をつなぐ重要因子であり、iPS細胞由来血小板の産生品質のカギとなる

■研究の背景

 社会の少子高齢化の影響などにより、献血のみに依存しない血小板輸血製剤の供給体制が希求されています。研究グループはこれまで、imMKCLを用いた血小板の大量製造技術を開発し、世界初の臨床試験を実現しました(参考文献1)。

 しかし、imMKCLには細胞の不均一性が存在し、特に免疫傾斜特性を持つ巨核球亜集団が血小板産生を阻害することが判明していました。この免疫傾斜特性がどのように制御され、血小板産生に影響を及ぼすのか、その分子メカニズムは不明でした。

 近年、KAT7(別名 HBO1)は、ヒストンアセチル化を介して染色体の安定性および遺伝子発現制御に関与するとともに、細胞老化の進行にも寄与する因子として注目されています。特に、KAT7はセントロメア(注4) の機能維持に関与し、細胞分裂時の染色体分配の正確性を保証することが知られています。しかし、KAT7が imMKCLにおいて、増殖や血小板産生にどのように寄与するか、その機能的役割は未解明のままでした。

■研究の成果

1)   細胞周期と血小板産生能の関連性

  研究グループは、imMKCLが3ヶ月以上の長期培養に伴い、増殖能の低下に連動して血小板産生能が低下することに着目し、細胞周期状態を解析しました。その結果、1か月未満の短期培養したimMKCL では、細胞周期が活発な状態の細胞が多く存在する一方、長期培養の imMKCL では 休止状態に停滞する細胞が増加することが明らかになりました。さらに細胞周期と血小板産生能の関係を解析したところ、活動期にある細胞が高い血小板産生能を示した一方、休止期の細胞では血小板産生が著しく低下していました。これらの結果から、血小板産生には細胞周期の活動が重要であり、長期培養による細胞の休止化が血小板産生能の低下に寄与していることが示唆されます。

2)   加齢に伴うKAT7発現の低下

 長期培養imMKCLおよびWerner症候群(注5) 患者さん由来のimMKCLでは、KAT7タンパク質の発現が低下していることが観察されました。KAT7は、DNAを巻き付けるヒストンタンパク質の一種であるH3の14番目のリジン残基(H3K14)にアセチル基を付けることで、遺伝子が働きやすい状態に保つ役割を持っています。これらの細胞では、H3K14のアセチル化も減少していました。その結果、増殖能および血小板産生能が著しく低下しており、KAT7がimMKCLの能力維持に重要であることが示唆されました。

3)   KAT7阻害による免疫傾斜特性の誘導

 研究グループがさらにKAT7の働きを人工的に抑える実験を行った結果、休止期の細胞が増加し、活動期の細胞が減少することが明らかになりました。さらに RNA-seq 解析(注6) から、KAT7 阻害は免疫反応に関わる遺伝子の活性化を誘導することが示されました。

 さらに、研究グループが以前に見出していた免疫的性質を持つ巨核球(免疫巨核球)特性を引き起こす遺伝子、RALB(注7), (参考文献2) の発現が上昇するとともに、炎症性サイトカインの分泌が有意に増加していることが確認されました。この結果、通常の血小板前駆細胞とは異なり、KAT7の機能低下が免疫巨核球特性を持つimMKCL亜集団を誘導することが実証されました。つまり、KAT7の働きが弱まると、血小板を作る能力が落ちるだけではなく、細胞は免疫的な性質を強める方向に変化することを示しています。

4) 染色体不安定性が cGAS–STING 経路を活性化する

 さらにKAT7を阻害すると、染色体の安定性が損なわれることを見出しました。具体的には、セントロメア機能に重要なタンパク質の発現低下を引き起こし、その結果、セントロメア構造が崩れやすくなりました。そのため、KAT7阻害後のimMKCLにおいて微小核(注8) と呼ばれる構造が増加し、染色体の不安定性が促進することを見出しました。実際にDNAが損傷した時に現れるマーカーの発現が増加し、細胞内のcGAS-STING経路と言う免疫反応のスイッチが活性化することが、一連の現象の主たる要因であることが見出されました。この経路が活性化されると、免疫反応に関わる遺伝子の働きや炎症性物質の分泌が増えることと関連しています。実際、STINGの働きを抑える薬を用いた実験により、KAT7阻害によって誘導される免疫細胞応答が抑制されることが確認されました。つまり、cGAS-STING経路がKAT7機能低下による免疫応答の重要な媒介因子であることが示されました。

5)   炎症性サイトカインによる細胞周期停止と血小板産生の抑制

 免疫傾斜imMKCLから分泌される炎症性サイトカインの直接的な影響を検証するため、炎症性物質であるTNF-αおよびIFN-βをimMKCLに添加しました。その結果、用量依存的に増殖が抑制され、多くの細胞が休止状態に入り、活動期の細胞は減少し、最終的に血小板産生能が有意に低下することを確認しました。これらの結果は、免疫巨核球から分泌される炎症性サイトカインが、周囲の細胞に作用して細胞周期の停止を誘導し、血小板の産生を阻害するメカニズムが存在することを示しています。

■今後の展望

 本研究の知見は、iPS細胞由来血小板の大量製造における品質管理方法の開発に重要な示唆を与えます。KAT7の発現レベルは、imMKCLマスターセルバンクの品質評価マーカーとして有用である可能性があります。さらに、KAT7活性の維持またはその機能低下による下流効果の緩和を目指した介入は、iPS細胞由来血小板製造の効率化と臨床応用の実現に貢献することが期待されます。

 今後は、KAT7活性を維持する方法や、免疫傾斜特性を抑制する新たな培養条件の開発が求められます。また、本研究で明らかになった分子メカニズムは、他の細胞治療製品の品質管理にも応用できる可能性があり、再生医療分野全体への貢献が期待されます。

 

■用語解説

注1)iPS細胞由来巨核球株(imMKCL):巨核球は造血幹細胞から作られ、血小板を生み出す細胞。巨核球は成熟すると核分裂はするが細胞分裂はしないという特殊な分裂を行い、大型で多核の細胞になる。imMKCLは、iPS細胞から出来る巨核球に遺伝子導入をすることにより樹立された、増幅と成熟の切り替えが可能な細胞株。

注2)リジンアセチル基転移酵素7 (KAT7):HBO1またはMYST2とも呼ばれるヒストンアセチル基転移酵素。ヒストンH3のリジン14およびヒストンH4のリジン5、8、12をアセチル化することで、染色体の構造や遺伝子発現、DNA複製、DNA修復を制御する。特にセントロメアの機能維持と染色体分配の正確性に重要な役割を果たす。

注3)cGAS-STING経路:細胞質内のDNAを感知する自然免疫応答経路。cGAS(環状GMP-AMP合成酵素)が細胞質DNAを検出すると、STING(インターフェロン遺伝子刺激因子)を活性化し、I型インターフェロンや炎症性サイトカインの産生を誘導する。染色体不安定性や細胞老化と関連している。

注4)セントロメア:染色体の中央部に位置する特殊な領域で、細胞分裂時に染色体を正確に娘細胞に分配するために不可欠な構造。セントロメアの機能不全は染色体不安定性を引き起こす。

注5)Werner症候群:WRN 遺伝子の変異により、DNA 修復不全と細胞老化が加速することで、思春期以降に早期老化症状(白髪、皮膚萎縮、糖尿病、骨粗鬆症など)を示す常染色体劣性遺伝疾患。

注6)RNA-seq解析:RNAの配列を網羅的に解析する手法で、細胞内でどの遺伝子がどれだけ発現しているかを高精度に測定することができる。遺伝子発現の違いや機能の解析に用いられる。

注7)RALB(RAS様癌原遺伝子B):低分子量GTPaseの一種で、細胞の増殖、生存、分化などを制御する。免疫巨核球の発生制御因子であり、炎症性シグナルを増強する。

注8)微小核:正常な核とは別に細胞質内に形成される小さな核様構造。染色体分配異常や染色体断片化により生じ、染色体不安定性の指標となる。

 

■研究プロジェクトについて

本研究は、下記機関より支援を受けて実施されました。

日本医療研究開発機構(AMED): 再生医療実現拠点ネットワークプログラム「体外製造血小板の臨床実装に向けた巨核球の改造産生」

再生・細胞医療・遺伝子治療実現加速化プログラム:次世代医療を目指した再生・細胞医療・遺伝子治療研究開発拠点「自家iPS細胞由来血小板製剤の臨床研究(iPLAT1)の事後検証と製剤改良」

NEDO経済安全保障重要技術育成プログラム

日本学術振興会:基盤研究(S)、萌芽研究、若手研究

iPS細胞研究基金

JST 創発的研究支援事業(FOREST)

■論文情報

タイトル:Aging-dependent reduction of KAT7/HBO1 activity impairs imMKCL-based platelet production by promoting immune properties

著者:Wei-Yin Qiu, Sou Nakamura, Sudip Kumar Paul, Takuya Yamamoto, Naoya Takayama, Naoshi Sugimoto, Si Jing Chen, and Koji Eto

雑誌名:Stem Cell Reports

DOI:10.1016/j.stemcr.2025.102714

 

■参考文献1: 2022年9月30日発表 プレスリリース「血小板減少症に対するiPS細胞由来血小板の自己輸血に関する臨床研究」の成果公表(論文発表)について

■参考文献2: 2024年3月26日発表 プレスリリース「iPS細胞由来血小板造血における免疫巨核球の制御機構の発見 血小板の大量製造に向けた巨核球マスターセルの品質管理に応用可能

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代表者名
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上場
未上場
資本金
-
設立
2004年04月