光の準粒子を市販の光学素子1枚で発生させることに成功!~光通信や大容量データストレージに応用できる新しい光の生成に新展開~
千葉大学大学院工学研究院の尾松 孝茂教授、同大学国際高等研究基幹のSrinivasa Rao Allam特任講師、千葉大学分子キラリティー研究センターのJingni Geng技術補佐員(研究当時)と、天津大学のQuan Sheng准教授の研究チームは、光の準粒子である光スキルミオン(注1)を市販の光学素子1枚で発生することに成功しました(図1)。本手法は、従来使われている高価なコンピューター制御のデジタルデバイスや偏光干渉計を必要としないため、費用対効果が高く、高ビーム品質を有し、安定性に優れ、コンパクトな光の準粒子を発生します。
この結果は、光の準粒子を極めて簡便に発生できる新たな技術として、自由空間光通信、超大容量データストレージ、超解像顕微鏡、光科学、物性物理学など、非常に幅広い分野での応用が期待されます。
本研究成果は、2025年11月17日に、学術誌Laser & Photonics Reviewsにオンライン公開されました。

■研究の背景
近年、スマートフォンやデジタルカメラなどに使われるフラッシュメモリといった「不揮発メモリ」のキャリアとして、スキルミオンなどの準粒子が注目されています。例えば磁気スキルミオンは、向きの揃った電子スピンベクトルが渦状に並んだ構造を持っています。電子のスピンは上向きや下向きだけでなく、組み合わさってさまざまな向きのベクトルを創り、この渦構造を形成します。スキルミオンの渦構造は非常に安定した準粒子とみなせるため、物性物理学などの分野でも注目を集めています。
波面や偏光が空間的に制御された光渦(注2)や偏光渦(注3)などが、光トラッピングや量子通信、超解像度顕微鏡などの幅広い分野で活用されていますが、光渦や偏光渦を超えた新しい光として光の準粒子である光スキルミオンが実証されています(参考資料1)。
この光スキルミオンとは、電子のスピンの代わりに、光の偏光(右回りおよび左回りに振動する光の向き)が集まって作る偏光の渦構造です。渦の構造に対応してネール型(Néel-), ブロッホ型(Bloch-), アンチ型(anti-)スキルミオンという種類の光スキルミオンがありますが(図2)、光スキルミオンの渦構造は大気揺らぎなどの擾乱に対して堅牢で自由空間を長距離伝播しても保持されます。そのため自由空間光通信のキャリアとして応用が期待されています。また、スキルミオンと強い類似性を持つ光スキルミオンは、物質中のスキルミオンを生成・消滅・輸送できる物質操作の可能性が示唆されています。しかし、光の準粒子は、これまで高価でかつコンピューター制御が必要な液晶空間変調器などの光学装置を用いて発生させるしかありませんでした。また、ガウスビーム(注4)と光渦の重ね合わせ状態であるため、干渉光学系が必要不可欠でした。
そこで研究チームは、qプレート(注5)と呼ばれる円偏光を入射して、逆向きの円偏光光渦を発生させる市販の光学素子に入射させるだけで、光スキルミオンなどの光の準粒子が発生することが可能か検証しました。

■研究の成果
実験の結果、赤外1064 nmのレーザー光を円偏光にして、市販の光学素子qプレートに入射するだけで光スキルミオンという特殊な光を発生させることに成功しました。さらに、1/4波長板を使用して光を直線偏光に戻すことで、光バイメロン(注6)を発生しました。通常、1064 nmのレーザー光に対しては、1064 nm用のqプレートを用います。しかし、今回あえて数百nmずれた波長で設計・制作されたqプレートを用いました。すると、qプレートに入射した光の一部は逆向きの円偏光光渦に変換され、変換されなかった入射光は円偏光ガウスビームとしてそのまま素子を透過してしまうという性質を利用して、自動的にガウスビームと光渦の重ね合わせた状態を生成しました。光スキルミオンの純度を示すスキルミオン数は0.9(理想値は1)を超え、高品位な光スキルミオンが発生していることがわかりました。
■今後の展望
本研究により、市販の光学素子qプレートに円偏光を入射するだけでの準粒子が簡単に発生できるようになりました。光の準粒子の応用は数多く提案されていますが、光学系の複雑さのため実証実験がほとんど行われていません。本研究の成果は、これまで高度な知識と複雑な光学系を必要していた光スキルミオンなどの準粒子が誰でも簡単に発生できること示すもので、光の準粒子を応用する研究分野を大きく拡大することに位置付けられます。また、自由空間光通信、超大容量データストレージ、レーザー加工、超解像顕微鏡、さらには、物性物理学など応用研究から基礎研究まで大きく貢献することが期待されます。
■用語解説
注1)光スキルミオン:右回り及び左回り円偏光を北極と南極に配置した、ポアンカレ球上の球面座標で表現できるすべての偏光状態を2次元に投影した光。光断面には偏光の渦構造を有する。
注2)光渦(ひかりうず):光の波面(波の進行方向に対して垂直な等位相面)が、螺旋階段のようにねじれた光のこと。波面の中心部に光が全くない暗点(位相特異点と呼ばれる波面の渦)があり、ドーナツ型の光強度分布を持っている。また、螺旋波面のねじれに由来して「軌道角運動量」という物理量を持つことが知られている。
注3)偏光渦:レーザービームの断面内で偏光が光軸に対して半径方向または周回方向に軸対称に偏光した光。
注4)ガウスビーム:レーザーの基本的な横モードで、ヘルムホルツ方程式の近軸近似解として得られる。ガウス分布状の強度分布を持つ。
注5)qプレート: 円偏光(スピン角運動量)を、「螺旋波面を持つ光渦(軌道角運動量)」 に変えることができる光学素子。qの2倍 が発生する螺旋波面の“ねじれ具合”を表す数字で、これにより作れる光のねじれの強さが決まる。
注6)バイメロン:「渦」と「反渦」の2つが結合して構成される構造。スピントロニクスやトポロジカル磁気構造の研究で注目されている。
■研究プロジェクトについて
本研究は、科学研究費助成事業学術変革領域研究(A)「光の螺旋性が拓くキラル物質科学の変革」(JP22H05131、JP22H05138、JP22H05137)、基盤研究A(JP23H00270)、科学技術振興機構戦略的創造研究CREST (JPMJCR1903)等の支援により行われました。
■論文情報
タイトル:Generation of Optical Quasiparticles with Spin–Orbit Conversion in a Single Q-Plate
著者:Jingni Geng, Srinivasa Rao Allam, Quan Sheng, Takashige Omatsu
雑誌名:Laser and Photonics Reviews
DOI:10.1002/lpor.202502439
■参考資料1)
2025年1月7日発表プレスリリース「4色の光スキルミオンを発生できるファイバーレーザー装置の開発に成功!―自由空間光通信や超解像顕微鏡実現に向けた第一歩―」
■参考資料2)
2024年4月12日発表プレスリリース「アゾポリマーへのスキルミオン構造のダイレクトインプリントに成功! -物質へのトポロジカルな準粒子の生成、消滅、操作への第一歩-」
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